副部長の苦悩


百万打企画
リクエスト : 先輩についての話、モテるけど無自覚な葉月を第三者視点で

***

部活の後輩が俺の友人にひどくなついているのは周知のことだった。後ろをついて歩くのもちろん、多少離れていているくらいなら足音も聞き分けてすぐに名前を呼ぶ、同じ部であるが故に友人に対してとにかく強い忠誠心を持っている。端から見ていたら完全に忠犬で、バスケ部の仲間内では犬とまで言われている。

それは見ていて呆れるほどだったが、俺としては同じくらい友人である孝成の、後輩への言動も目に余るものだった。


先輩についての話

(副部長の苦悩)


うちの高校で“水城孝成”という名前を知らない生徒はおそらく居ないだろう。テストは常に一位、全国模試の順位も一桁が当たり前、廊下を歩けばみんなが避けて道が出来る。本人は至極穏やかで、喋れば頭が良く品も育ちも良いのだろうと容易く分かるほど。もちろん校内では教師からも信頼され、進学校と言えどレベルの違う水城孝成への期待は高い。
その水城孝成が唯一懐に入れているのがたった一人の後輩だ。

「うお、なんだよ急に止まって」

「葉月」

「はあ?どこ」

「あそこ」と、半歩前を歩いていた孝成が、背中にぶつかった俺を振り返って視線を窓の向こうへ向けた。つられて見下ろしたグラウンドには一年生が体育で出ており、一際目立つでかいジャージ姿の“葉月”がすぐ目に入った。一年生の紺色のジャージに半袖の体操着。まだ出来上がっていない、けれどしっかり筋肉がついて締まった腕は到底高校生には見えない。
太りやすい体質だということは本人から聞いているし実際よく食べる。食事は良い、良質なタンパク質とエネルギーを摂る分には。ただ葉月の場合はスポーツ選手にあるまじき、お菓子やアイス類の暴飲暴食が目立つ。
放置していたらそりゃ太る。それをこの孝成が節制…管理?育成?しているのだ。そのどれも当てはまるように思うのは、普段から葉月のボディチェックを怠らず、それはもうミリ単位で細かくチェックしているからだ。

見下ろしたグラウンドで、まだ授業が始まるまで少し時間があるからか葉月はクラスメイトと談笑を始めた。

「ああいうとこは普通だな」

「普通?」

「いや高校生であの体って普通じゃないだろ」

「はは、それは高見もだよ」

「まあ…そうか…」

「うん、でも分かる。ああやって友達と話してる時の顔は可愛い」

「子犬顔だからな」

「始めのこよりは子犬っぽくないよ」

「そりゃ半年経てば成長するだろ、流石に」

「それはそれで寂しい気もするけど」

窓に指先を引っ掻け、秋の温度と匂いを孕んだ空気を混ぜるようにゆっくりまばたきをした孝成は、そのまま緩やかに口元を緩めた。
葉月のなつき方は尋常じゃないけれど、同じ部活の後輩に、尊敬している格好いい憧れると言われて悪い気がしないのは分かる。孝成がそう感じて葉月を可愛がっているのかは分からないし、多分それだけではないのだろうが端から見たら相思相愛なんて陳腐な言葉がしっくりくる。

「寂しいか?」

「高見も葉月のこと可愛いと思わない?」

「可愛くはねぇよ。バスケ抜いたら余計に」

「そうかなあ」

「絆されてんな」

「そんなことないよ」

「どうだか。天下の水城孝成ともあろう者が」

「その呼び方禁止」

「へいへい…あ、葉月に女子が寄ってった」

「……」

孝成はいつもどこかピンと張り詰めた空気を纏っていて、それが穏やかさの中にある鋭さにも思えていた。試合中の、相手を屈服させるような視線や完璧なゲームメイク、圧倒的な支配力を持っていると誰もが感じるそれは、孝成自身でさえ気付かない深いところに根付いているのだろう。
その孝成が葉月のことになると張り詰めていたものを緩ませて、そして、葉月のことでまたそれが切れそうになるほどピンと張る。

数人の男子と戯れていたところに女子が二人近付く、それを捉えた孝成はピクリと下瞼を震わせ、窓枠に触れていた手が落ちた。

「モテてんのかよ葉月のくせに」

「……可愛いしバスケ部のエースだしね」

「だけだろ」

「そんなこと─」

「うわ、腕触られてんじゃねぇか」

「……」

「引っ掻かれんなよ〜」

バスケに関することと、それ以外。
孝成の空気の変化はその二つだけだった。それが、葉月が現れたことで覆ったのを、きっと俺だけが知っている。
葉月の腕に添えられた女子の華奢な指の形は、ここからでは見えない。それでも握り締められた孝成の手が白くなっているのは嫌でも目に入る。それさえ、変えられるのはグラウンドで能天気にこちらを見上げた間抜けな後輩だけ。

「たか─」

「葉月」

孝成の声に…聞こえるわけがないはずの…葉月は飼い主を見つけた犬のように耳をピンと立て、尻尾を思いきり振るように手を大きく左右に揺らした。ばかでかい声で「孝成さん!!」と叫んで。
まるで隣の女子など眼中にない、それでも孝成は葉月に他の誰かが故意に触れたのが気に食わないのだろう。独占欲丸出しの、見たことがないような目を葉月に向けて白くなった手をひらりと翳した。
確かに孝成の言う通り、うちの高校のバスケ部でレギュラーででかい体にそこそこ可愛い顔なのだ、モテない理由がない。あるとしたらそれは近寄りがたいと言うだけで、それは葉月以外の部員にも言えること。事実、あの二人組は完全に葉月を狙っているように見える。

「あの嬉しそうな顔。せっかくモテてんだから女子にも愛想振り撒きゃ良いのにな。ま、アイツ鈍感そうだし今好意寄せられてるとか分かんねぇんだろうな」

「いいよ、分からなくて」

「言うと思った」

「俺だけ見てれば良いよ」

「……」

「葉月は知らないままで」

にこりと笑った顔には不釣り合いな、あまりにも真剣なトーンで言う友人に、頬がひきつった。孝成も無自覚なのだ、だからこんなにも表に出てしまう。なんでも上手く軽々とやれるはずの彼が、自我をコントロールしきれていない。
葉月が鈍いならそのままで良いと言うけれど、だからこそ孝成のこの顔の真意に辿り着けないのではないか。葉月の隣で若干引いている女子に御愁傷様と心の中で呟き、とんでもないやつに惚れた葉月にも同じ事を思った。


「あーあ、なんでそう部長部長ってなるかな」
「は?」
「せっかく連絡先聞かれてたのに」
「いや別に交換したくない」
「はあ?贅沢かよ!」
「孝成さん見つけたしそれどころじゃないだろ」
「まじかよ…」
「何が」
「何がって…はあ、なんなの、俺が葉月だったらお前の人生薔薇色だったぞ」
「はあ?何、キモいんだけど」
「無自覚鈍感にぶちん野郎だな」


「いいんだよ、それで。ね、」と、孝成は形の良い唇を薄くして止めていた足を進めた。








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