菜の花の黄色、葉桜の緑、花弁の淡い桃色。春のやわらかな日差しと、心地の良い風。甘い匂い。春の音。春。

「薄力粉と、砂糖…塩」

「薄力粉、塩、砂糖…」

「振るいにかける」

「ん」

不要不急の外出は控えるように。
出来るだけ部屋から出ないで過ごそうとあれこれ考えたこの数週間。料理に掃除に模様替え、断捨離、映画鑑賞に読書。いろいろしすぎてしまったおかげで、そろそろネタ切れ。
それでも必要なものは買いに行かなければならず。今朝食料品の買い出しの時に見つけた真っ赤なりんごに心を惹かれ、そのまま食べてもヨーグルトに混ぜても良い、日持ちもするからと購入してしまった。そのりんごでタルトタタンを焼こうと思い立ったのはついさっきのこと。
材料はある、時間もある、タルト生地から作ろうと二人でキッチンにたち、調べた作り方をタブレットの画面に映し出したままじゃあ作ろうとシャツの袖をまくる。虎のそこも同じようにめくってあげると、ありがとうのキスが落ちてきた。

「はい、じゃあ、バター入れます」

「ん、」

「70g…」

「70」

「あ、うーん…ちょっと多い、かも」

「大丈夫だろ」

「かな、じゃあ入れます」

「ん」

「はい、混ぜて」

先にお鍋にバターを溶かして煮詰めていたりんごが、たまらなく甘い、良い匂いを部屋中に漂わせ始めている。焦げないよう時折混ぜながら、じっくりじっくり。出てきた水分が綺麗な飴色になるまで。

「もういいかな、ここに、水と卵…」

「これ?」

「うん、少しずつ」

「ん」

「まとまったらオッケー」

「もう良さそう」

「だね、じゃあ…」

少し冷やして、その間に煮詰まったりんごをケーキ型に移そう。綺麗に色づいた水分を流し込み、りんごが崩れないよう、でもしっかりときつくそれを敷き詰めて。
オーブンの余熱が完了する頃、タルト生地を冷蔵庫から取り出し、ケーキ型に合わせて生地を伸ばしてからフォークで穴を。あとはオーブンで焼くだけだ。

「良い匂いだね」

「ああ」

「残ったりんごどうしようか」

切ってしまったものの、少し残ったそれ。変色してしまう前に食べたいな、とタブレットで他のりんごレシピを探してみると簡単にできそうなケーキが出てきた。
材料を混ぜて、トースターで焼くだけ。半分量で作れそうなそれをチョイスし、タルトが焼けるまでの間、りんごケーキを作ることにした。
お菓子作りは普段ほとんどしないから、こうしてレシピを見ながら忠実に…少し雑な部分あるけれど…作業して作り上げていくのは新鮮で、そして、楽しい。何より虎も楽しそうに作ってくれる。そして出来上がるまでの時間さえ、この漂う匂いが幸福な気持ちにさせてくれる。
キッチンに広がる甘くて香ばしいキャラメリゼの匂いにお腹がぐう、と音をたてた。オーブンの中で綺麗に焼き上がったタルトタタンが冷めるまで、洗い物を済ませて待つ時間も。今日はコーヒーじゃなくて紅茶をいれようと、貰っただけで棚で眠っていたアッサムティーを引っ張り出す。調べてみるとミルクをたっぷり入れるのが美味しいらしく、これなら虎も飲めそうだなとカップを用意した。

「ひっくり返します」

「ああ」

「ん、あ…」

「うわ、完璧…」

「美味しそう…結構大きかったね」

「食えるよ」

「ふふ、切ろっか」

たっぷりのミルクを注いだ紅茶と、こんがり焼けたタルトタタン。気持ちばかりの小さめりんごケーキ…カップケーキ?…も添えて。
いただきます、と欲張って少し大きめにカットしたそれを口一杯に頬張ると、匂いよりもずっとずっと美味しくて、りんごもタルトもこんなに美味しかったんだ、と頬が緩んだ。ミルクティーもよく合う、虎も、それはもう幸せそうにフォークを口へ。
一緒に作ったから、時間をかけて。じっくりじっくり煮詰まるりんごと、綺麗な焼き色つける為に長くオーブンの中で過ごす生地と、同じように。たっぷりの時間をかけて出来上がった幸福の味。

「美味しいね」

「ああ」

「ふふ」

「ん?」

「ううん、幸せだなあって」

「なんだそれ」

「思ったの」

「そうか」

「うん」

「明日は、何しようね」

「明日決めればいいだろ」

「そっか、そうだね」

甘い時間を、甘い匂いの漂う部屋で過ごす、特別甘い春の日。
今日も美味しいものを美味しいと、虎と一緒に笑い合って食べる、幸せな春の日。明日は、何をしようね。明日の朝が来たら、また、一緒に考えよう。



- お う ち 時 間 -
タ ル ト タ タ ン と
たっぷりミルクのアッサムティー









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