どんな夢を見ていたんだろう。
「蓮」
確かに、何かに対して泣いている夢だった気はする。けれど、覚醒して目を開くと、それは一気に記憶の中から消えてしまった。
「蓮?」
「……」
「大丈夫か?」
「虎…?」
意識がはっきりすると、虎の心配そうな目が僕を見ているのが分かった。「なにが」と口を開こうとすると虎の手が顔に近づき、僕の頬を優しく撫でた。その瞬間、ああ、泣いていたのだ、と気付いた。
「変な夢?」
「……覚えてない」
「…そうか」
「覚えてない、けど…悲しい夢じゃなかった、と思う」
「そう」
本当にそうか、確証はない。だってもう記憶の中に数秒前までの夢の残像は残っていないのだから。今日は雨だ、なんてことを、気を紛らすように考えた僕を、虎は胸に抱いて背中を擦ってくれた。
雨の朝は寝起きが一段と良くないはずの虎が、僕の涙の音に気付いて目を覚ましたのだろうか。そうだったら申し訳ないと思うのに。なんだか嬉しくて、きっと夢の中でも嬉しくて幸せだったのに。虎に抱きしめられて、その体温に包まれたらどんな夢よりずっと幸せだと思えた。
「とら」
「ん?」
「ふふ…」
「なに」
「ありがとう」
「…なにが」
「ううん」
何の夢だったんだろう。
虎の夢だったのかもしれない。
家族の夢だったのかもしれない。
どんな夢でも、夢から覚めて虎がいたらそれでいい、今はそう思える。
好きでたまらない匂いを胸いっぱいに吸い込みながら体を摺り寄せると、背中を摩ってくれていた手が僕を思い切り抱きしめてくれた。僕は抱きしめられたまま布団の中で素足の先をやんわり絡ませて、こっそり虎の肩口に唇を押し付け、誰にも気づかれないように薄く吸い付き誤魔化すようにすぐ唇で食んで、小さな小さな痕を残した。
「れん」
「ん、」
「おやすみ」
「おやすみ…」
それが深夜だったのか朝方だったのか、もう一度眠って目が覚めたら、虎はいつも通り気だるそうに覚めきらない頭を軽く振ってベッドからおりた。雨の朝でも僕の心は軽くて、弾んでいて、今朝はパンケーキに虎の好きなはちみつとイチゴジャムをたっぷりかけることにした。半熟の目玉焼きとよく焼いたベーコンを添えて、とびきり甘いコーヒーをいれて。
「おはよう」
「……はよ…」
出かける頃には着替えて髪を整えて、完璧で格好いい虎が出来上がるけれど、まだ普段の虎は完成していない。僕は寝癖のついた髪も半分しか開いていない目も、掠れて聞き取りにくい声も好きで、僕しか知らないこんな虎がほかの何よりどんなことより大切で愛おしい。きっとそんな夢を見ていた気がする。
キスをして傘を持って部屋を出ると、雨はやっぱり一日振り続きそうだった。何でもない、ただの雨の日。今日は帰りに学校の近くのケーキ屋さんでプリンを買って帰ろう。雨の日限定の、虹の絵のラベルがまかれるプリンを。
そんな些細な楽しみを毎日見付けるのがとても楽しい。虎がそれを聞いて、隣で頷いてくれることが。
梅雨が明けたら外に出掛けて思い切り汗をかくのもいい。帰ったら、そんな話をしよう。
雨の日の二人
(虹のかかる夕方まで)