結局、映画館を出たすぐ隣のビルに入っている居酒屋に足を運んだ。カウンター席しかないと言われたけれど、推されるまま注文した串ものと刺身は文句無しに美味かった。美味しい美味しいと何を食べても朗らかな蓮にまた「可愛い」などと思う俺は末期かもしれない。たかが飯を食って美味いと言っているだけなのに…
ただ、それは一緒に食べる側としてはこの上なく気分がいいし、三割増しくらい満足度も変わる。
「うん、これも美味しいよ」
「…ほんとだ」
「映画も面白かったね」
「ああ」
「最後の…」
ああとかうんとか、そんな短い返事ばかり。俺と話していて楽しいのか、今さら疑問に思っても聞けるわけはなく。それでも楽しそうに話す蓮を見ているとどうしようもなく不安になる。愛想を尽かされそうで。愛想を尽かしていながらなかなか言い出せない蓮を目の当たりにしそうで。
蓮は何かに文句を言ったり批判したりしない。だからどんなものを見ても何処に行っても何を食べても必ず先に良いところを見つけて言葉にする。俺はそれを「なるほど確かに」と飲み込んで、自分だけじゃ絶対知ることのない世界を見ている。俺は蓮にもらってばかりで、何も返せていない、のだ。
「虎?どうしたの」
「あ…何でもない」
「疲れた?」
「いや、別に疲れてはない」
「そっか。久しぶりに二人で出掛けれて楽しかったな。ありがとう、誘ってくれて」
にこりと微笑み、「学校とバイトの往復で結構バタバタしてたもんな〜…」と目尻にシワを寄せた蓮はグラスを空にして上着を掴んだ。
「そろそろ帰ろっか」
「…ああ」
大学生が遊ぶにはまだ遅い時間ではない。それでも腕時計をちらりと見た彼に俺は大人しく頷いて腰をあげる。流石にそこでの支払いは妥協の割り勘だった。
電車に乗って駅からアパートまで歩く途中、手を繋ぎたくなって足を止めると蓮はすぐに「どうしたの」と気付いて立ち止まってくれた。
「何かあった?」
「え、?」
「昨日から、なんか様子が違う気がする、けど」
「あー…いや、別に、大したことじゃない」
「…そっか」
「蓮、」
「うん?」
「手」
「て?」
足を止めれば立ち止まって、手を差し出せば握ってくれる。蓮は迷うこと無く俺の手をとり、指を絡めて「正解?」と笑った。ああ、好きだ。俺に対して、蓮もこんな気持ちになることがあるのだろうか。せっかくのデートだったのにそんなことばかり考えて勿体なかったと、少し後悔した。
重ね合わせた手をやんわりひいて暗い道で体を寄り添わせると、馴染んだ蓮の匂いに目の奥が熱くなった。
「大丈夫?」
「……ん」
「気分悪い?」
「全然、むしろすげー良い気分」
「ふふ、なにそれ」
「勃ちそう」
「えっ、い、今?」
「さっきからずっと…でも、こっち来てから二人でどっか行くとかしてないよなって思ったら、なんか…」
「それで誘ってくれたの?」
「……」
「ありがとう。嬉しい」
「いやでも、俺こんなだし、もう少し考えとけば良かった」
「楽しかったよ」
「……」
「信じてない?」
「信じてないっていうか…つまんねぇだろ、俺と居ても」
「何言ってるの」
す、と声のトーンが下がるのが分かった。
困惑した目で俺を見上げた蓮は半歩下がって僅かに体を離した。それから「好きな人と居るのにそんなこと思うわけない」と、子供を諭すような優しい声を落とした。
「好きだよ、虎」
「……俺も好き」
「じゃあ、そんなこと言わないで」
「何だろうな、わかんねぇけど…付き合ってるっぽいことほとんどしてないだろ、だから、したい、と思っただけ」
「そうなの?」
頷いて、蓮の首元に鼻先を擦り付ける。
情けない。こんな女々しいことを言ってしまうなんて…いや、言わせる蓮には勝てないということだ。俺が黙ればそれ以上追求はしないだろう。でも、気にされないことに不安を抱くのは俺の方だから。
蓮の体温と匂いを感じるだけで体は蓮を求めていて、勃ちそう、ではなく既に硬くなりはじめている。
「あの、とら、」
「ん?」
そんな俺の背中を片手で撫で、繋いだままの手に一度視線を落とした蓮はすぐにまた俺を見上げて「帰ろっか」と、目を細めた。欲を孕んだ目だ。形よく緩められた口元に、思わず一つキスをして足早に道を進んだ。