「名前、虎士っていうの?かっけーな」

突然かけられた言葉だった。

高校を卒業して、俺も蓮も志望校に合格。お互いの大学から通える場所に部屋を借りて、二人での生活をスタートさせた。今までも毎日一緒に過ごしていたけれどそれとは違う。おはようと言って、二人分の食器を洗ったり洗濯をしたり、日用品の買い物をして、必ず同じ場所に帰ってくる。こんな贅沢は他にないんじゃないかと思いつつも、大学に行ってしまえば地獄のように寂しい。同じ教室隣の家という環境では気にならなかったはずの、離れている間の時間がひどく苦痛になってしまったのだ。
大学内には当たり前に蓮は居ないし、人は多いし絡まれる。やっと慣れたバイトも今では時間の枷になり、蓮と過ごす時間が著しく減ってしまっている。

今日もバイトだなと、携帯で時間を確認してから鞄にノートを詰め込んだ瞬間だった。

「は?」

「あ、ごめん突然」

声を掛けてきたのは知らない人だった。
間抜けな顔をしていたであろう俺にその人は「あ、俺矢野久人」と、突然自己紹介をして隣の席に座った。いや、俺は帰るんだからそこを退いてくれと目で訴えたけれど伝わらず、満面の笑みを向けられた。

「この後暇?もし空いてたらさ、飯行かない?」

「バイト」

「何時まで?つかどこ?」

「あのさ、」

「あっ、ごめんごめん、普通に仲良くなりたいなって。今日が無理なら全然、他の日でも良いし。結構講義被ってるし昼飯でも良いし」

突然の申し出に口をつぐむ。
この一ヶ月で何人かと言葉は交わしたけれど、特別仲の良い友人が出来たわけではない。サークルもとりあえず入ったものの、歓迎会以降参加していない。自分で言うのも情けないけど、友好関係は狭いし盛り上がる場も苦手で、俺と仲良くしても良いことなんて別にないのになと思った。

「あと、サークル顔出してよ」

「え」

「フットサル!入ってんでしょ?」

「あ、あー…」

「うそ、もしかして適当?」

「勧誘すごくて逃げれなかっただけ」

「ええ、まじかよ…他は?何か入った?」

「軽音」

「まじ?なんか楽器やんの?あ、歌う?」

「いや、フェスのチケットとか取ってくれるって言うから」

普通に会話してるな、と目の前でころころと表情を変える矢野を見つめる。俺が喋らないことや無表情でいることを気にしない、この手のタイプは苦手だ。飽きもせずに関わってくるから。
やんわりと拒絶の意味で腰を上げると、矢野もつられて立ち上がった。

「ごめん、バイトだったよな」

「ああ」

「じゃあ、また明日」

また明日、とその宣言通り彼は翌日もその次の日も当たり前のように話しかけてきた。本当に講義被ってたんだなと、俺はやっと気付いて少し申し訳なさを感じた。でも他人に興味が湧かないのは子供の頃からで、今さらそれを直そうと思っても無理だ。
矢野に加え、必然的にその周りにいた何人かとも話すようになり、あっという間に煩わしい人間関係を築き上げてしまったのが最近のこと。

そして、「折り入って相談があります」と畏まって姿勢を正した矢野からその“相談”とやらをされたのが数秒前。

「は?」

「だから、百戦錬磨の虎くんにデートプランの相談をしてるんだってば」

「はあ…?」

「ため息やめて。俺ほんとデートとか経験乏しいからさ、な、頼む」

顔の前で手を合わせ、ちらりと片目で様子を伺う彼にもう一度ため息を落とす。矢野の隣に居た友人である奥田は、たまらず笑いを漏らしてその背中を叩いた。

「お前この前まで彼女居たじゃん、何、別れてもう切り替え?」

「それは言い方が悪い!俺がフラれたの!そんで傷心の俺に優しくしてくれた子がいて…今度二人で遊びいくことになったんだけど、良く考えてみたら元カノと高一から付き合っててデートっぽいデートってしたことないなって」

「まじ?そんな長かったのに別れたのかよ。なにしたの」

「だから俺じゃないって。向こう!好きな人が出来たからって言われて」

「ふーん。つれえな」

「傷抉んないでくれるかな…」

高一から、というなら俺も同じ。つまり“長く”付き合っているということになるらしい。なるほど、そういう感覚なのかと思う辺り、俺の方がよっぽど経験に乏しいのではないだろうか。

「な、ほら、みんな可哀想な俺の為にロマンチックなデートプラン考えて」

「別に普通で良いんじゃねえの」

「もういい、奥田は黙って。虎は?ここ行ったらいける!みたいなコースとかない?」

「……」

「お前な、こんな男前に聞くなよ。この顔なら何処行ったって何したっていけるから」

「奥田は黙ってて!虎今の彼女長い?」

「……多分」

「多分って何!?いつから?」

「高一?から」

「えっ、まじ?彼女一筋?」

「ばーか、今の彼女と付き合うまでに飽きるほど遊んだパターンだよ」

「イケメンパターン?」

「そうそう」

「くー!どうやって落としたの、その子」

「どうって…」

どうやって…どうやってだろう。
強姦して縛り付けて一方的に好きだと言い続けて逆ギレして自己中に甘えて…あれ、俺って蓮に好かれる要素なくないか、あれ?と、気険しい顔をしていたかもしれない。蓮はずっと好きだったと言ってくれたけど、一体何処をどう切り取ったら俺なんかを好きになれるというのか…
どこが好き?なんて乙女染みたことを聞くなど出来るわけもなく、友達づたいに「恋人の好きなところ」を探ってもらおうにも、共通の友人は今身近に居ない。

「わかんねぇ」

「くそ〜やっぱ見た目か…」

残念なことに教えてやれることなど何もなく、俺もデートというデートはまともにしたことがない。
大学生になった今、バイトも休みも自由にやれて出来ることが増えた。けれどまだ何も出来ておらず、今月は蓮の誕生日だから何処かに連れて行きたいとは思っていて。だからむしろ俺がその相談をしたいくらいだ。

「いいじゃん、とりあえず昼の健全なデートか、軽く夜飯食うかどっちかで」

「だよな〜…一日デートもキツいよな」

お洒落なカフェや人気の映画、ネットで調べた美味しいらしい居酒屋など、矢野はいくつも候補をあげて、一晩考えると言い残して帰っていった。
俺もバイトだからとそのままバイト先に向かい、ぼんやりと蓮の事を考えた。一緒に住んでしまうと適当に外に食べに行ったり買い物に行く以外、二人でわざわざ出掛けることもなく時間が過ぎてしまう。お互いにゆっくり出来る時間が重なるなら部屋で二人きりで過ごしたい。セックスもしたい。
それを言葉にしたら“モテる”人間には見えないだろう。事実、外見で寄ってきても俺の性格を知ってあっさり離れていくのが大半だ。そもそも性格なんて最悪じゃないか。

考えれば考えるほど蓮が俺を好きになる要素はなく、それでも好きだと言ってくれる蓮を信じたい。愛想をつかされる可能性があるとしたらそれは圧倒的に俺の方。妙な焦りみたいなものから、その日の夜「明日バイトのあと予定あるか」なんて本人に問うてしまっていた。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -