整った眉にキリッとした目元、高く通った鼻筋に、薄めの形の良い唇。休みで夜まで予定もないからと寝癖のついたままの前髪に晒された平らな額。細すぎない顎のラインに、耳まで綺麗な輪郭。するすると視線をずらせば、暖かくなってきたからと短く切った襟足から男っぽい首が覗いている。
首筋をなぞるように鎖骨まで視線を下げたところで「なに」と、突き出た喉仏が上下して抑揚のない声が発せられた。低く、少し掠れた声だ。

「なんでもないよ」

「何か付いてるか」

「ううん、虎の顔好きだなあって」

「は、あ?」

がっちりとした肩に、筋の入った腕、大きな手に締まったお腹と背中。立ち上がれば背が高くて足も長い。歩けば行き交う人の目に留まり、振り返られるような容姿。
芸能関係のスカウトは僕が知っているだけでも数えきれないほどされていて、けれど全くもったいない話だけど本人にその気はゼロ。ただ、僕はそれに少しの安心をしている。こんな人が人目に晒されたら、と思うとぞっとしてしまうのだ。
見た目だけで成功する訳じゃないと分かっていても。

「……」

僕の視線に虎の黒目が動き、「気が散る」と怪訝そうに眉を寄せた。眉間に出来たシワを指先で押し潰すと今度こそもうやめた、と手にしていた資料をテーブルに投げ出してソファーに座り直した。
そのまま僕の指先を捕まえて抱き寄せた。部屋着一枚の胸は体温でじんわりと温かく、起き抜けの匂いが鼻の奥を擽った。このままにしておいたら寝てしまうなと、とくん、とくん、と心地よく耳に響く虎の鼓動を数えた。
そうしていると、だんだん自分の鼓動が重なっていくことを知っているから。

ぴたりと重なると、本当に、笑ってしまうほど幸せで、思わず漏らしたため息のような笑いに、虎は体を引いた。

「今度はなんだよ」

「なんでもない」

「体が好きって言うかと思った」

表情の乏しい顔は、けれど僕に微笑んだり呆れたり、欲を孕んだ目を向ける。きっと他の誰も知らない顔を、僕だけが知っていて。顔や体、見た目は確かに格好良くて好きだし羨ましいとも思う。何十年経ってもこの人は変わらず格好良くて、歳を重ねて老いた姿を想像してもやっぱり好きで。

「見た目が好きなだけじゃないよ」

「そうか」

「好きになった人がたまたま格好良かっただけ」

「……」

「あはは、照れた?」

「照れた」

「嘘っぽい」と笑うと、掠れた唸り声が小さく返事をして、ゆっくりと顔が近づいた。深い黒の瞳に自分が映り、すぐに鼻先が擦れて意識が逸れる。
重なった唇がやんわりと僕の下唇を食み、虎は甘い声で溶かすように「れん」と、呟いた。睫毛が揺れる影を追ってまばたきをして、舌先で虎の唇に触れてキスを催促すると焦らしたようなキスが落ちてきた。

「ふ、…ん……」

「れん、」

「はぁ、……ん、」

唇を合わせたままゆっくり押し倒され、気持ちの良い圧迫感に目を細めて虎の両頬を包む。ちゅぅ、とわざと音をならして離れると、虎は小さく笑って僕の鼻をやんわりと噛んだ。
課題の途中だとわかっていながら「ベッドいく?」と小さな声で問うと、また掠れた低い声で唸るような返事。それからもう一度唇を重ね、首に腕を回すとそのまま抱き上げられて不恰好に虎の部屋へ運ばれた。虎も僕も夜からバイトで、僕は明日も朝からバイト。虎は深夜に帰ってきて、明日はバスケの助っ人に行くのだという。バスケ部の公式戦、というわけではなく勝ち負けに拘らない、楽しくバスケをしようの会、というものらしい。人数が集まらないからと友人に誘われ、電話で「無理行かない」を連呼する虎に折れてあげたら、と思わず言ってしまった。
自分も見に行きたいなと思ったのも正直なところで、けれどバイトが入ってしまいそれは叶わなかった。

「んっ、」

「あ、」

「ん?」

「シーツ。せっかく替えてくれたけど」

もう気持ちも体もこの後の行為になっている。少し前にシーツを交換して、今朝のは乾燥機の中。天気が良いから外に干したいけれど花粉がつくのも嫌だなと、今の時期も乾燥機に頼っている。
僕に覆い被さっていた虎は上から退き、隣に寝転んで体を密着させた。

「バイトまで何もないなら、外行く?」

「……」

「桜。今満開だよ」

このままセックスまで雪崩れ込んでシーツを替えるくらい大した労働ではないし、苦でもない。それでも窓から差し込む春の日差しに、今しか見られない満開の桜を見に行くのもいいかなと思えた。
横になったまま向き合い、何度か啄むだけのキスを交わして「はぁ、行く」と見逃しそうなほど僅かに微笑んだ彼に、とびきり嬉しくてわくわくするのと、このままセックスしたいなという気持ちの両方が膨らんだ。

「じゃあ、途中でサンドイッチと飲み物買おう」

「ああ」

「用意してくる」

二人で起き上がり、着替えを済ませて玄関へ。虎は珍しくキャップを被って寝癖をそのまま中に押し込んでいた。天気も良い、花見日和の外へ出る前にもう一度キスをして、手を繋いで部屋を出た。
相変わらず背が高くて目立つけれど、キャップで顔が普段より見えない分視線は感じない。それがなんとなく可笑しくて、ああ、今この人のこと格好良いと思っているのは自分だけなのかと、口元が緩んだ。

「すごいね、満開」

「ん、」

「池も花びらで白くなってるね」

人で賑わう近くの公園、ちょっと小さいレジャーシートに二人で腰をおろし、サンドイッチを食べて満開の桜を写真に納めた。

「んー、美味しいね」

「んん、美味い」

「あ、虎明日の夜帰ってくる?」

「つもり。終わったらすぐ」

「そっか、じゃあバイト終わったら僕もすぐ帰るから、うちでご飯食べよう」

「ああ」

「何が良いかな、何が食べたい?」

「サンドイッチ以外」

「あはは、考えとくね」

明日はもう四月、虎と過ごす一年は本当に早くて、今年も、来年も、と、見たものや食べたものたくさんのことを数えながら今年も一緒に桜を見た。
それぞれ大学に通い、バイトをして、お互いの知らない友人と遊び、それでも同じ部屋に帰ってキスをする。この先、それぞれ仕事に就いて状況が変わっても、この関係は変わらないでいてほしい。一年の終わりとは少し違う節目に、一瞬しか出会えない満開の桜を背に、人目を忍んで手を繋いで。

ああ、幸せだな、と真っ青な空に映える薄いピンクの桜を見上げてそんなことを思った。

3月31日 


(春休みも残り僅か。あとはどこに行こう)









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