「うわ、暑い」
「……」
大学の友達にもらった岩盤浴の割引券を持って、スーパー銭湯なるものにやってきた。譲ってくれた友人は施設内のレストランでバイトをしているらしく、一度覗きに行ってから着替えをして岩盤浴ルームに向かった。
いくつか並ぶドアの窓から中を覗き、一番暑くなさそうな部屋を選んだつもりだった。
「汗かいてきた」
外はまだまだ冷え込んでいて、時おり雪がちらつくほどだ。それでも天気は良いからキラキラと一面が輝いていてすごく綺麗で、そんな景色も雪が溶けてしまえばまた降るまで見られない。
虎は隣で座ったまま動かず、汗ばんできた額を晒すように前髪を後ろに撫で付ける動作がやたら大きく感じるほどだった。寒いから、とあまり外には出たがらない虎がここまでついてきてくれただけでも嬉しい僕は、その額の汗を自分の手の甲で拭った。
「やめろって」
「虎が汗かいてる」
「かくだろ、普通に暑いし」
「久しぶりに見たなーって」
「蓮もかいてるぞ。前髪濡れてる」
「うん、ほら、掌とかすごいよ」
「びっしょびしょじゃねぇか」
「気持ち良いね、汗かくの」
何度か休憩と水分補給をして、最後に一番暑そうなところに入った。夏でも普通に生活してるだけではかかないくらいの汗をかいた。冗談抜きで、シャワーを浴びたくらい全身濡れている。
ちらりと虎を見ると、相変わらず無表情で、それでも「あっちー」とたまに呟いてくれる。ぽたぽたと汗が整った輪郭をなぞり、座るために敷いたタオルへ落ちていく。
「そろそろでよっか」
「ん、」
「本当にすごい汗」
「うわ、やベーな…」
「……あ、」
濡れて束になった髪を全部後ろにやり、専用の服を纏った肩が顎から頬を拭く。その仕草になんとなく思い浮かんだのは、半年前の夏だった。
「なに」
「、ううん、なんでもない」
「……」
夏休みの部屋、ベッドで汗だくになってセックスをするシーンだ。省エネの虎が、汗で髪を濡らして肩を荒く揺らして息を切らす。
なんてことを思い出してしまったんだ、自分、と目を伏せてひとつ深呼吸をする。この暑さの中では冷静な思考も続かず、「出ねぇの」と絡めとられた指に一気に引き戻された。
「っ、うん、出る」
「無理しすぎだろ、顔真っ赤」
「えっ、うそ、」
「うそ」
「……」
「なんか、やらしいことでも考えてんだろ」
む、と僕の唇を指先で摘まみ、虎は僕ら以外誰も居ない事を確認してからちゅ、と音をたててキスをした。
「そういう顔してる」
「……虎もしてるよ」
「蓮がすけべな顔してるからだろ」
「す、け…」
「出よ」
「……うん」
びっしょり濡れた手を繋ぎ、休憩スペースで少し涼んでからお風呂場にいき、「おー!つやつやじゃん」とそばを運んでくれた友人と少し話をしてからアパートに帰った。
部屋に入る頃には体の芯まで熱くてじんじんしていたものが少し冷め、頭は冷静になっていた。それでも、玄関を閉めるなり壁に追いやられて激しくキスをされてしまうと、もうだめで。
「ん、っ、あ…ぅん」
「はは、ちょっと冷えてる」
「うっ、んん…虎、温かいよ」
「俺?手、冷たくなってるだろ」
「…舌」
「いつもと違う?」
「ん、」
ひやりとした指先がゆっくりと頬を滑り、そのまま抱き締められてお尻を持ち上げるように揉まれる。
色っぽい目元に見つめられ、胸がきゅっと苦しくなった。濡れた髪をあげるのも、それで露になる額も、濡れて艶やかな肌も、光ってぼやける輪郭も、汗の匂いも全てが情欲的で目眩がする。それが暑さの中で意識が曖昧になるのと少し似た感覚に思え、一夏の恋と呼ばれるだけの理由がちゃんとあるのだと、この真冬に実感した。
「舌」
「?」
「出して」
「え?あ、ん…?」
つんつんされるのだろうかと出してから少し引っ込めると、その隙も許さないというように虎の舌に舐められてしまい、情けない声が漏れた。自分の舌より温度が低い、それをキスする度感じていて、僕はそれが気持ち良いと思っている。今は虎の方が熱いだろう…「ちゅ、ちゅる、」と、舌と舌が擦れて唾液が垂れ、呼吸のタイミングで卑猥な音が響いた。
「んぅ、とら、待って」
「待ってるけど」
「待って、僕まだ靴脱いでない」
「……」
もぞもぞと靴から足を引っこ抜くと、すっと腰を曲げて二人分の靴を揃えた虎はそのまま起き上がるついでに僕を抱き上げて部屋に入った。
「っ、とら、待ってって…」
「待てねぇって」
「でも、」
「冷めないうちにする」
「…え?」
「ベロの…温度?」
服を脱いで抱き合ったら、少し前までの温度も汗の質感もなく、「冬だね」と笑ってしまった。けれどそのあとしばらくいつもより熱いキスは出来た。冬に汗をかくのもいいなと、虎も思ってくれていたら嬉しい。