「蓮くんお預かりしまーす」

日曜日の午後、上司の高牧さんからメールが届いた。一体何のつもりかと思ったけれど、返信するのも面倒でそのまま携帯をテーブルに置いた。蓮は朝から大学時代の友人と出掛けているはずで、またしょうもない嫌がらせの類いだろうと一人分のコーヒーをいれたのが三時間前。
晩御飯までには帰ると言っていて、何時頃になりそうか電話を掛けた。そのまま友人と済ませてきたらとか、時間があれば外で待ち合わせて一緒に食べてもいい、予定通り帰ってくるなら何か作ろるよ、そういう旨の電話をしたかったのだ。けれど残念なことに電話は繋がることもなく「現在電源が入っていないか電波の…」と、無機質な女の人の声が聞こえた。

「……」

子供でもあるまいし、まあいいかととりあえず米を炊いて味噌汁を作り、メインは何にしようかと冷蔵庫を開く。買い物は昨日蓮が済ませていて、まあ感心するほど綺麗に食材が陳列されている。冷凍室には作り置きが小分けして常備されていて、それを食べようかと迷い、時間はあるのだから何か作ろうと冷凍室を閉めた。
ちょうどその時高牧さんから「今夜は帰さないよ〜」と、また意味の分からないメールが来た。まさか一緒に居るのだろうかと、少しだけ思ったものの、そんなわけないよなと調理を始めた。
蓮が食べてきたと言えば明日の朝食べればいいかと二人分のチキン南蛮とタルタルソースを作り、まだ帰ってくる気配がなかったから先に風呂もお湯をはり、洗濯物を畳んでシーツと枕カバーを替えて時計を見ると八時を回っていた。もう一度だけ電話を掛けて、繋がらなければ先に食べようと携帯を持つと今度は写真付きのメールが入った。

「……は?」

「蓮くん可愛いよな〜」と、相変わらずの馬鹿っぽい文面に添えられていたのは蓮がコーヒーカップを両手で持って微笑んでいる写真だった。
かと思えばもう一通届き、それには見たことのあるような居酒屋の内装を背に、焼き鳥を食べようとしている写真が添付されていた。ああ、一緒にいるのかと、やっと認めるしかないそれにため息が漏れた。
高牧さんに返信するより蓮本人に電話した方がよっぽど良いよなと、発信ボタンを押したけれど、やっぱり繋がらない。充電切れかもしれない。

仕方なく高牧さんに電話を掛けると、「もしもーし」と間延びした声がすぐに聞こえた。

「蓮は?」

「おいおいまずお疲れ様です、だろ」

「お疲れ様です」

「ほんと可愛くないな。蓮くんなら少し前に帰したよ」

「……」

「虎とご飯食べるって言うから、一杯付き合ってもらっただけだし。なに、怒った?妬いた?」

「お疲れ様でした」

「あっ、こら!」

少し前に何処で別れたのかしらないけれどなかなか帰ってこない。もしかしてまだ一緒にいるのかもしれないなんて馬鹿げたことを思いつつ、送られてきた写真を見返す。いつもの、穏やかで綺麗な微笑みだ。CGみたいな左右対称の笑顔にひゅっと喉が鳴りそうになる。整っている、とは少し違うのかもしれないけれど、俺にとってこんなに綺麗な顔は他にない。
それを、易々と、よく知りもしない人間にあっさり晒してしまう人の良すぎるところが嫌いなくせに、蓮が俺にだけもっと綻んだ顔を見せてくれるだけで帳消しになるのだから安いものだ。自分でも笑えるくらいに。

画面の右上に表示されている時間にはっとして、さすがに遅いよなと不安が過り玄関へ向かうと足元に鍵が忘れられていた。靴を履くときに座り、そのまま落としていったらしい。今日はここまで友人が迎えに来ていたし、帰りは電車で帰ると言っていたはず…車のキーも付いているそれを拾い上げ、探しに出て入れ違いになったら困るなと気付く。

連絡もとれず、探しにも行けず、ただ待つってこういう感覚なのか…いい大人が玄関で恋人の帰りを、なんて。

「……、」

冷えたそこでしばらくしゃがみこんでいると、人の通る気配がなんとなく分かった。いくつかの足音を聞き流し、一つ、気配がこの部屋の前で止まる。ガサリとビニール袋が擦れる音。俺は腰を上げて確認もしないでドアを開けた。

「っ、あ、とら?」

「おかえり」

「ただいま…出掛けるとこだった?」

「いや、鍵、忘れてただろ」

「えっ、中にあった?良かった〜今探してたんだ」

下では出てくる人と重なったからエントランス入るときには気付かなかったと続けた蓮の手には、ビニール袋がぶら下がっていた。

「飯、温める」

「まだ食べてなかった?」

「ああ」

「ごめんね、携帯壊れちゃって」

「は?」

「え?」

「……」

「高牧さんから連絡来なかった?」

「…来た、けど」

「友達とはお昼食べて別れたんだけど、そのあと駅で携帯落として電源入らなくなって…携帯ショップ寄ったら高牧さんと偶然会ってね」

「は、あ…」

「それで、見てもらおうと思ったんだけど…すごく混んでて時間もかかっちゃって。高牧さんが虎に連絡入れとくよって言ってくれて。携帯壊れたことと遅くなりそうってこと、あと預けてきたから電話もできないって言ってくれたんだと思ってたけど…」

「あー、」

どうやらその待ち時間にコーヒーを飲み、携帯を預けたあとで一杯付き合い、買い物をして帰ってきた、ということだった。

「わ、チキン南蛮?良い匂い〜」

何がお預かりしまーす、だ。
肝心なことは何一つとして伝わっていないし、むしろ無駄に足止めを食らわせただけじゃないか。心底うんざりする。けれど、当の蓮は「高牧さんにばったり会えて助かったよ」などと言うから俺の情けない言葉は飲み込むしかなかった。

「蓮、」

「ん?」

コンビニのお菓子が入った袋をテーブルに置き、洗面所で手を洗った蓮を捕まえて顎を親指と人差し指で挟んで「何もされてねぇ?」と問うときょとんと目を丸くされた。

「あの人に」

「高牧さん?」

「ああ」

「一緒にコーヒー飲んでお喋りしただけだよ。虎のこととか」

にこりと、写真と同じ笑みを浮かべた蓮は携帯は明日の夕方取りに行くと、このタイミングで言った。

「……飯食う」

「僕も一緒に食べて良い?」

「食えんの」

「うん」

「焼き鳥食ってなかったか」

「えっ!もしかして高牧さん写真撮ってた?」

「……」

「撮ってないよって笑ってたのに…一本だけだよ。遅くなるって伝えてもらったけど、僕もうちで食べたかったし」

「温めるから、ちょっと待ってろ」

「ごめんね、遅くなって」

「怒ってない。心配はしたけど」

「ふふ、ごめんなさい」

「なんで笑ってんの」

「ううん、ごめん」

「……余計なこと聞いた?」

「ん〜…余計じゃないことは聞いたよ」

それはつまり“余計”なことだ。
いつもより遅い夕食の間、蓮は終始にこにこしていて、普段頻繁に連絡してるわけじゃないけどこうやって連絡とれないのって寂しいねと、また笑った。

「食後のデザートはロールケーキだよ」

「この時間に食うわけ?」

「今夜は特別」

「ああそう」

「ふふ」

その夜、蓮は俺の寝室で眠った。
高牧さんから聞いた話を、少しだけ話してすぐに寝てしまったけれど。明日の朝また聞こう。出勤したら文句の一つでも言ってやる。そう思いながら、俺もすぐに寝てしまった。


虎ちゃんて仕事に関しては器用っていうか…大事なポイントは押さえて、必要なマナーとか礼儀はきちんと覚えてて…でも俺と移動とかご飯食べてるときはこんな顔してんの。こうやって眉間に皺寄せて、俺が何か言ったらため息ついてはいはいってあしらうんだよ。上司なのにね。でも、いつもシャツにはアイロンがかかってて、靴も靴下も綺麗で、ネクタイだって無駄に形良く締めてあるし、そういうところは偉いなって思う。何より顔が良いから特だよね。蓮くんが全部やってるって訳じゃないんでしょ?身の回りのこととか。あの無愛想無関心無駄男前の虎ちゃんが普通に人間やってられるのって蓮くんのおかげだと思うよ、ほんとに。俺の恋人があんなんだったら愛想尽かすもんなー…でも顔は良いから勿体無いか…いやでも、長期戦はやっぱり無理かもな。蓮くんも甘やかしすぎちゃダメだよ、ダメ男になるから!



高牧さんはとても楽しそうに、嬉しそうに、虎の事を話してくれた。何となく苦手かもしれないと感じた初対面の時とは、すっかり印象も変わっていて、僕は僕以外の前での虎の事を想像して、自然と顔を綻ばせていた。





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