(おまけ)
「とら、」
「ん?」
「も…浴衣、脱ぐ、から…」
「暑い?」
「暑いっていうか…恥ずかしい」
「なにが」
「、そ、やって…えっちな目で見られるの」
「はあ?」
虎は馬鹿にしたみたいに口元を緩めて、はだけた僕の浴衣をやんわりと引っ張った。露になった左の肩に噛みついて浴衣の隙間から胸を撫でる。大きな手が体を這う感覚は今も慣れなくて、気持ち良くて、それから緊張する。
窓もカーテンも閉め切った室内に、さっきまで聞こえていたセミの声はない。出掛けるときにきちんと畳んでいった服が足元で歪んでいる。帯がギリギリ浴衣を体に巻き付けて保っているけれど、もうあまり意味はなくて。
虎はゆっくりゆっくりその帯に手を回して、慣れた手付きでそれを緩めた。きっと、虎はもう自分で浴衣を着れる。着れないふりをしているのだと思いながら、それでも僕は「着付けるから服脱いで」と言うのだ。
高校三年生まで過ごした自分の部屋は、今はもうベッドと机、本棚くらいしかない。それでもここには虎との思い出が詰まっていて、虎の部屋も同じだ。子供の僕らが、子供なりに精一杯恋をして過ごした部屋だ。
「また考え事か」
「……虎のことだよ」
「もういいって」
「あっ、待って、浴衣…」
ぐしゃりと剥ぎ取られた浴衣がベッドから落ちた。下着一枚の僕を、まだ気崩されていない浴衣姿で組み敷く虎は、欲に濡れた目を細めて落ちた浴衣を何となく整えてくれた。
そのまま僕の内腿を撫で、足の間に体を滑り込ませた。それから自分の浴衣にも手をかけ、暑いと言いながら両肩を出した。
「あ」
「今度は何」
「帯ほどかせて」
体を起こして両手を虎の腰に回すと、既に少し緩んでいた帯は簡単に下へ落ちた。同時に、汗と体温でシワの寄ったほとんど無地の濃紺の浴衣が自分の足にかかる。
いけないことをしているみたいだ。
高校生の僕らも同じように肌を重ねていたはずなのに、今、自分達がしようとしていることはとてもいけないことのように感じる。
晒された虎の上半身に抱き付いて、スッキリしている首元に鼻先を擦ると懐かしい匂いがした。
「いい?」
「ん、うん」
しまいこんでいた浴衣と、汗と、りんご飴の匂い。虎の体温に馴染んだそれが、僕を誘うみたいに漂っている。
一年に一度のこの日、交わすセックスは痛いくらい優しいものだ。空が明るむまで僕らは体を繋げて、くしゃくしゃになった浴衣を二人でクリーニングに持っていく。
「ん、…とら、」
「ん」
「い、き……そ、」
「ああ」
「あっ、ぁ…んん」
「れん」
「ん、んんっ、ぅあ…」
「はー…俺も、」
「イ、く?」
「ああ」
「っ、んあ、」
「あんまり締めるな…ほんとに、出るから」
0.02ミリの避妊具越しに、虎のものが更に質量を増すのが分かった。
「と、ら…」
「あ、ゴム、一つしかなかったけど、」
「あ、ごめ…」
「なんで謝るんだよ」
「ぁ、や…」
「出していいの」
「、だ…」
「ダメ?」
汗で濡れた額にキスをしながら、腰はゆっくりと揺れている。もうイきそうだと嘆いた僕をしっかり掴んで。最後にこの部屋でしたのはいつだったか…年末年始だろうか、そのとき箱の中身を確認しなかったのは確かで、次来るときに買ってこないとなと考えを巡らせた。けれどその下心丸出しの考えが滑稽で、自分も随分スケベになってしまったことに気付いた。
「あ、とら…」
「んん」
「とま、って」
「止まんの?」
「ん、ゆっくり、」
「ああ、ゆっくり、な」
「……っひ、ぅ…」
「ゆっくりする」
「ん、ん…あ、」
狭いベッドで、ゆっくりとその軋みを誤魔化すみたいに虎は奥を突いて、舌も唇もふやけてしまうんじゃないかと心配になるほどキスをして、ジリジリと僕を追い詰めた。イきたくてもイけない、そう思っていたはずなのに、ずっと達したままのような感覚もある。このまま頭も体もおかしくなりそうなくらい気持ち良い。
その快楽と不安に気持ちが揺れる度、絡めた指先が強く僕の手を握ってくれる、鼻先が目を開けろと催促してくる。
「あっ、あ…とら、と、ぁ」
僕は虎の整った顔に刻まれた眉間のシワさえ愛しくて、何度も何度も名前を呼んだ。快楽に顔を歪めさせているのが自分だと思うと、情けないことに嬉しくて。
「蓮、」
「イ、っぁ…ふ、んん」
「はぁ、」
「はー…はぁ、あっ、は…」
口の端から溢れた涎を舐めとられ、ゆっくり瞬きをして虎を見る。中で、虎が射精した。ひくひくと揺れているのが分かる。呼吸を乱して、汗で濡れた髪を後ろに撫で付けて、眉を寄せて目を細めて、それでも僕を見下ろす彼にくらりと脳みそが溶ける。
薄れそうな意識のなか目を伏せると、花火の残像と虎の涙が浮かんだ。