キスしたい。でも、するのが怖い。
何が怖いのかよく分からないけれど…この部屋でレオくんが虎に告白したこと、一晩一緒に過ごしたこと、ただ遊びにきた、それさえ許せない僕は、きっととても重い。零れる涙もそのままに無理矢理俯いて虎の口から逃れる。

「逃げんな」

「……すき、とら…好きだよ」

「ん」

「で、も…待って……や、」

「嫌がんな」

「っ」

「蓮」

「、ぁ…」

鼻先が擦れ、探り合う様に荒い呼吸を交えて、虎の指先が震えていることにまた、涙が出た。どうしても顎を上げられないで、近づいた分後ろへ顔を引く僕を、虎は壁に追いやって逃げ場をなくした。
「して」と、至近距離で、泣きそうな声で。それに逆らうなんて出来なくて、ほんの少し、唇を突き出した。

「ふ、っ…、ん、」

一秒にも満たないキスだった。キス、とも言えないものかもしれない。まるで初めてのキスみたいで、久しぶりに触れたその唇にまた「好き」と零れた。

「れん、」

「と…んっ、」

「はぁ、ほんと、すげー痩せてんじゃねぇか」

指が食い込んで痛いくらい強く僕を抱き締めた虎は、それから存在を確かめる見たいに肩甲骨からお尻までを撫でた。

「…一人じゃ何も出来ないの、僕の方だった」

「なにが」

「ご飯も食べれないし、部屋も綺麗じゃなかったし、何も…綺麗だとか、」

思えなくて、毎日が長くて苦しくて、と震える声で続けた僕を、虎はもう一度しっかり抱き締めた。

「傷付いた」

「ごめ…ん」

「でも蓮がいない間に俺の事好きだって奴を部屋上げて泊まらせて、勘違いされるようなことした俺が悪かったって思ってる」

「、虎は」

「蓮から連絡が来ないことも、忙しいんだろうなって思ってたし、体調悪いって言ったときも俺のせいとか思わなかったことも、ごめん」

「虎が謝ることじゃない…僕がすぐに」

確かめていれば良かったんだと言えば、虎は「蓮は責めるようなこと言わないだろ」と言い切ってもう一度ごめんなと溢した。

「…そんなに謝らないで。僕が悪いんだから、怒ってくれた方がいい」

「もう怒っただろ。それに、俺はもう蓮のこと傷付けないって決めてる。蓮が怒って、好きだって言ってくれた時から」

「そんなの…ずるい。僕だって、虎の事が好きで、好きで、高校生の頃から今でもずっと、虎が他の誰かに触れたって考えるだけで気が狂いそうになる。そういう嫌な部分を出して、優しくされると…」

また慣れてしまう。
好意の上に胡座をかいて、好きだ好きだと言うだけの関係にはなりたくない。

「けど、実際蓮にしか触ってないし、不可抗力も嫌だって言うならもう他の誰にも近寄られないようにするし、俺の事閉じ込めときたいなら別に監禁されてもいいって思ってる」

何でもないみたいに言った虎に、それもいいかもしれないと思ったことは秘密だ。そのくらいの独占欲は僕だってある。
強く背中を撫でながら、虎は大きなため息をついた。深呼吸だったかもしれない。荒れた部屋の隅っこで、僕はやっと止まった涙を虎の肩で拭った。

「もうキスしていい?」

「、ま、まだ」

体はゆっくり離され、連絡がしたいと呟いた。レオくんに。虎の手を逃れベッド下に放り出されていた充電器を借り、そのまま画面が光るのを待った。画面には不在着信がいくつも入っていて、その中の“松岡レオ”という名前があった。

「レオくんに、謝らないと」

「何を」

「……」

その質問には答えないで、もう深夜二時だというのに発信ボタンを押した。非常識だということは分かっていたけれど、どうしても伝えたかった。
「……もしもし」

「もしもし、蓮…です」

「うん…」

「ごめんね、夜中に。今、平気?」

「はい」

「あの…ごめん、黙ってて」

「何を、?」

「僕の付き合ってる人が、男の人って」

「……」

「レオくんの好きな人…」

「虎さんだよ。蓮くんと仲良くなる前から好きだった。お店で見かけて、一目惚れして、ちょうどバイト募集してたから…それで」

僕が虎の恋人だと言うことを知っていたのかと聞きたかったけれど、レオくんの声も震えていて。

「知りませんでしたよ。告白するまで」

「、え?」

「部屋に入ってすぐ、なんとなく蓮くんの匂いがするなって思ったけど…確信したのは着信を見たとき。園村蓮って、虎さんの携帯が光ったのを見て。蓮くんあの日、見たよね?俺の事」

「……うん」

「だよね…でも、なにも言わないから…仲違いさせたかったわけじゃないけど、それくらいじゃ小割らないって当て付けられた気分で…嘘、つきました」

キスなんてしてないし、家にあがったのはあの日一度きりだし、ましてや二番目でも良いなんて浅はかなことも言っていない。全部嘘で、今日は僕に謝りにアパートまで来たと言う。携帯が繋がらないから。

「ごめんなさい」

「いや、僕も…」

「謝らないで。…俺、嬉しかったんだ。蓮くんが綺麗な目って言ってくれたの。初めて言われて、本当にすごくすごく嬉しかったし、仲良くなれたら良いなって…」

「僕は、仲良くなれて、良かったって思うよ」

「無理して優しいこと言わないで」

「ううん、レオくんが虎を好きな気持ちを僕はちゃんと覚えてるし、今、諦めて欲しいとも言わない。でも、応援はもう出来ないから…ごめん」

「蓮くんて、“お人好し”って言われるでしょ。俺なんか出会って日も浅いし、簡単に切っちゃえるのに…優しすぎるんじゃないの」

「優しくなんかないよ。だって─」

「虎さんにはね、きっぱりフラれたし一ミリも望みないって言われたから。俺だって好きで蓮くんを傷つけたかったわけじゃないんだ。だからもう…」

「レオくん…」

「最低な嘘ついてごめんね」

それじゃあ、と電話は切れてしまった。
僕はもっとほかに、彼に言ってあげれることはなかったんだろうか…そもそもその考え自体が間違っているのかもしれない。それでもレオくんのことを嫌いになれないのは、自分がお人好しとかそういうことじゃなく、単純にそれ以外に嫌いになれる理由がないからだ。充分すぎると言われてしまえばそれまでなのに。
僕の後ろでじっと電話が終わるのを待っていた虎は、やんわりと後ろから僕を抱きしめた。







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