何となく嫌な予感はしていたけれど、僕のそれは的中した。虎と生活の時間が合わない日が続き、ついに三週間の実習が始まってしまったのだ。荷物をまとめ、リビングのテーブルに「実習いってきます」とメモを置いて部屋を出たのは、僕の自己満足だ。本当はメールでも良かったのに。返信がなかったら寂しいなという、自分のエゴ。

時間が合えば虎が実家まで車で送ってくれると言っていたけれど、さすがに頼めなかった。家出でもするみたいに大きな荷物を持ち、電車に乗って実家に帰った。

『ヴーヴー…』

「、…もしもし」

「あ、レオです」

「うん、どうしたの」

「あの、蓮くん…」

「ん?」

「もう、実家?」

「うん、今着いたところ。何かあった?」

「…いえ、あの、ちょっと相談したいことがあって」

「そうなんだ…ごめんね、電話でよければこのまま聞くよ」

「ありがとうございます」

一瞬、虎からかと思ってしまった。時間は五時。きっとバイトのはしごをしている彼が、この時間に連絡をするのは無理だ。それなのに少し落ち込んでいる自分に気付いて、これじゃいけないなと電話に集中した。
レオくんとはあれから何度かご飯に行き、自分でも驚くほど仲良くなっていた。

「あの…」

「うん」

「俺、好きな人いるって、話したじゃないですか…」

「うん、」

言っていた。同じバイト先の人だ、確か。
綺麗な人だと言っていて、僕からしてみればレオくんみたいにずば抜けて格好よくて、性格も格好良い人に好意を寄せられて嫌な気はしない気がするなと思ったんだ。もちろん、だからと言って無責任に「大丈夫だよ」とは言えなかった。言わなくて良かったと、思わせることをレオくんは続けた。

「実はその人、付き合ってる人、いるみたいで…」

悲しげに話す彼は、それでもどこか吹っ切れたみたいな喋り方で「元々相手にされてなかったから、ダメだったことは想定内なんですけど」と小さく笑い、その諦めたみたいな笑いに胸が痛んだ。

「今ならまだ諦められるって思って、でもやっぱりダメで…見てるだけで満足って言い聞かせても辛くて…でも気持ちを伝えることも迷惑になるなら、黙ってようって…どうしたらいいか、分からなくなって…ごめんなさい、こんなこと」

「ううん、僕こそごめんね、直接聞けなくて」

それは仕方ないですよと、少し震えた声で答えた彼は「前から思ってたけど、蓮くんって真っ直ぐな人ですよね」と小さく溢した。全然、そんなことはないのに。

「蓮くんと仲良くなれて良かった」

お店で気分が悪くなって本当に申し訳ないと思っているけれど、そのおかげで僕に声を掛けることが出来たのだと思うと、それはそれで良かったのかもしれない。彼はそう呟いて、心なしか少し声のトーンを上げた。

「蓮くんの恋人が羨ましいです。幸せなんだろうなって…俺も、蓮くんみたいな人になりたいなって、ほんとに思います」

「…そんなことないよ」

「でも、長いんですよね、彼女さんと」

「そう、だね。でも、僕もたくさん傷つけたし、嫌な思いもさせたと思うんだ。どんなに大切でも、言えなくて、苦しくて。だから今、恋人になれて本当に大事なんだ。一緒に居られる時間ごと全部、大切にしたいと思ってる」

「蓮くんにそんな風に想ってもらえる人ってどんな人なんだろう。きっと、すごく素敵な人なんだろうね」

「…僕もレオくんと同じだよ」

「え?」

「相手の事を考えて気持ちを言わない方がいいって思うのと、同じ。僕も臆病だから傷つけちゃったんだ。でもね、相手を傷つけてでも、自分が傷ついてでも、その人のことが好きだったから」

だから簡単に諦めないでと言いたい気持ちと、そうやって恋人になった人たちを揺るがさないでと思う気持ちが混ざりあって、上手く伝えることが出来ない。それでもレオくんは少し考えて、「そうだな、簡単に諦めることは出来ないです」と笑った。

「すっげー、ほんとに綺麗なんです。一目惚れだったんですけど、一緒に働くうちにもっと好きになって」と、レオくんがその人のことを嬉しそうに話してくれた時の事が過った。ああ、純粋にその人の事が好きなんだ、すごく真っ直ぐに。そう考えたら無性に虎に会いたくなって、けれど、その日虎からの連絡はなかった。
日曜の夜だ、忙しいと分かっていても何となくショックで、翌日携帯を見るのが怖かった。返事がなくても気にしないようにメモを置いてきたのに、全然意味はなかった。


「園村蓮です。三週間よろしくお願いします」

実習は滞りなく始まった。卒業して、そんなに時間は経っていないと思っていたけれどいろんなことが変わっていた。僕がいた頃の先生が当たり前だけど減っていて、なかった活動が始まっていたり、僕らのときはなかった授業が増えていたり。ほんの数年で変わるのだなと実感した。そのせいか、卒業したのは随分前だったようにも思えた。

教室の一つ一つ、校舎の裏、屋上へ続く階段、どこを見ても虎がそこに居るみたいだった。つまらなさそうに、眠そうに、ヘッドホンをして、それでも僕を見つけて隣に来てくれる虎が。何より懐かしかったのは制服で、今思うと虎はもっとモテても良かったんじゃないかと思えた。圧倒的に大人びていて、同い年の男子を子供っぽいと思っていそうな女の子にしてみたらとても魅力的に見えそうだから。そんなことを考えては、高校時代の虎を思い浮かべては、寂しい気持ちになってしまった。

それでも実習は三週間続く。その期間で学ぶことはたくさんあって、そんな貴重な時間なのだから大事にしないといけないなと気持ちを切り替えて実習に挑んだ。








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