「蓮」

「……なに、」

「やっぱりする気分になった」

「えっあ…」

シーツの擦れる音が、まだ若干の気まずさと恥ずかしさを抱いていた僕を誤魔化し、虎は顎にキスをして笑った。

「蓮が嫌ならしない」

レストランで、何となく手が触れた瞬間、正直虎の「部屋戻る」は、そういう意味だと思った。そう捉えたし、自分自身もそういう気持ちが少なからずあって。けれどお互いにシャワーを浴びて話をして、眠そうな虎を見たらこのまま抱き合って寝てしまっても良いと思ったのも事実。

「ゆっくりの、なら、いいかな」

「ああ、いいよ」

キスをしながら今日一日の事を話して、虎は本当にゆっくり僕を抱いた。たくさん時間をかけて、どろどろに溶かして、眠りについたのは窓の外が明るんできた頃だった。


「生徒からたくさんメッセージきてる」

「生徒?」

「うん、部活の子何人かは連絡先知ってるから。おめでとうメール送るねって言われてたんだ」

広いベッドの真ん中で、虎に後ろから抱き締められながらそのメッセージ一つ一つに目を通す。甘い痺れを残している腰さえ愛しいとはさすがに言えなくて、気を紛らすように。

「懐かしいね」

「ん?」

「学生の頃はさ、こういうやりとり多かったなって。社会人になってからこんなに来たの初めてかも」

「良かったな」

「うん。でも、虎が一番なのは特別嬉しいよ」

「あっそう」

「本当にありがとう」

「分かったからもういいって」

「ダメだよ、今日は僕の誕生日だから。聞いてもらわないと」

「王様かよ」

「うん」

鼻で笑った虎は、僕の肩にキスをしてシャワーを浴びに一人下へ降りていった。
僕も体を起こし、正面の窓を眺めた。本当に綺麗な場所だ。朝日で目を覚ます、という想像は叶わなかったけれど、愛しい人の腕の中で目が覚める夢は叶った。そんなロマンチックなことは絶対言えないけれど、虎の無防備な顔を独占していることに優越感みたいなものはあって。それを卑しい人間だなと、他人事のように思っていて、それでも幸せなのだから良いかと、僕は虎の手をとる。

ベッドに座ったままぐしゃぐしゃのシーツを腰元にかけて、ぼんやりと景色を目に焼き付けた。今日も晴天で良かったと思うのと、この景色に溶ける雨も見てみたかったなとその中を虎と肩を寄せて一つの傘で歩くのも楽しそうだなと同じくらい思えた。けれどそれを言い出したらきりがなくて。

どうしてかとても泣きたくなった。

『カシャッ』

「、と…」

「絵みたいだった」

「へ、」

「泣いてんの」

着替えを済ませた虎はまだ下着一枚の僕の横に座って頬を撫でた。泣いてないよと答えたものの、虎の指は確かに濡れていて、慌てて自分で顔を擦った。

「あれ、なんだろ…」

「なに、どうした」

「ううん、何も…外綺麗だなって。あと、虎のこと考えてて」

「俺?」

「うん、」

あ、綺麗だ。
光の当たった虎の顔はいつも通り整っていて、黒い瞳は色を深くして光を宿している。自分の涙で濡れた手でその顔を撫でると、心配そうに寄せられていた眉がピクリと揺れた。まだ整えられていない髪を横に払って顔を寄せ、昨日と同じ石鹸の匂いがすることに妙に安心した。

「チェックアウト、十一時だったよね」

「ああ」

「僕もシャワー浴びてから出ようかな」

「蓮」

「ん、」

「れん」

「うん」

「好きだよ」

「はは、うん、ありがとう」

「どうしたい?」

「え?」

「何が不満」

「……ないよ、不満も不安も」

「…そうか」

「ん、」

じゃあとりあえず風呂いってこいと言いながら、虎は壊れ物でも扱うみたいに僕を抱き締めた。何度も抱き合ってきたのに、この抱擁はセックスとは違うから。幸せで胸が痛くなるこの感覚を僕は好きだし、とても大事だ。泣きたくなるくらい。

「下まで連れてって」

「王様だな」

虎は笑いながら僕を抱き上げてバスルームまでつれていってくれて、ホテルを出たら僕が欲しいと言ったものを買って、二人のマンションまでの道のりを運転してくれた。
お礼に、途中のサービスエリアでアイスクリームを奢り車の中で二人で食べた。その日のキスはずっと甘くて、僕は何度も…



‘ 王 様 の 日 ’
幸せだと言って泣くのだ



白い壁と青い空と濃い青の湾。
大きな窓から差し込む光がそれを見つめる蓮を照らし、まるで天使が舞い込んできたようだった。本当に、息をのむほど綺麗で、そのまま消えてしまうんじゃないかと不安になった。写真の中の蓮は、絵画みたいで。






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