五月第三土曜。
虎に連れ出されて海沿いのリゾート地へ足を運んだ。

驚くほどの晴天で、道中の車内は窓を開けても少し暑かった。虎の運転する車で、好きな音楽をかけて、こういうことがあったよと最近の話をしてみたり、そういえばと昔の話をしてみたり、ゆっくり出来る時間の中で僕は風に揺れる虎の黒い髪を眺めていた。整った横顔はたまにこっちを見て、柔らかい声で「もうすぐ」と言って腕にはめた時計で時間を確認する。
そうして到着したのは、地中海沿岸のリゾート地を模した観光施設。赤瓦と一面を白く染める白亜の壁。真っ青な空とのコントラストが息をのむほど綺麗で、数時間車に乗っただけで海外に訪れた気分になってしまうくらい、目の前は異国情緒溢れる空間だった。町ひとつ丸々地中海みたいな、そんな宿泊施設だ。

虎は隣で眩しそうに目を細め、僕の手をとって歩いた。行ってみたいねと言ったのは僕で、それは年末の特番で紹介されているのを見たから。そんな一言を覚えていたことも、連れてきてくれたことも、それをなんでもない顔でしてしまう虎も、全てが嬉しくて繋いだ手に力を込めた。

「ありがとう、虎」

「何もしてないだろ」

虎は呆れたように笑いながら、ホテルのチェックインを済ませて部屋に案内してくれた。メゾネットタイプのアパートみたいなすごく綺麗な部屋で、窓からは濃い青の湾が見渡せた。

「すごい…虎、すごいよほら見て」

「ほんとだな」

「すごい綺麗」

周りより少し高い位置にある部屋からは白く続く建物と、植えられた緑の木々と、青い湾が本当に綺麗に見える。ベッドルームの二階からはもっとよくそれを見渡すことが出来た。僕は慌てて携帯で写真を取りだし、その景色を写真におさめた。
スマホの画面には収まりきらないのが残念で、それでも何枚も同じような写真を撮った。部屋の壁紙も、ベッドシーツの柄も、家具一つ一つのデザインから配置まで全てが新鮮で、この空間を味わえただけでも満足するくらいとにかく楽しくてたまらなかった。

「本当に、海外来たみたいだね」

「そうだな」

「ありがとう」

「もう聞いたから良いって」

「ダメだよ足りない。運転もありがとう。少し休む?」

僕のためにホテルをとって、こうして連れてきてくれて。一つ一つにありがとうを言ったら、虎は面倒臭そうに僕の頬を摘まんでキスをした。

「外行かねぇの?」

「行く」

じゃあ行くぞと、お財布と携帯だけを持って、部屋のキーをしっかりポケットにしまいこんで、僕らは部屋を出た。白い建物はほとんどホテルらしく、その建物と建物の間が道になっていてテーマパークのようにも思えた。
鉢も庭園も抜かりなく地中海を思わせる景観で、暑いと言いながらシャツの袖を捲った虎はそれでも興味深そうに周りを眺めている。

「部屋にキッチンついてたから、夜は何か作ろうか」

「レストランとってある」

「えっ、そうなの?」

「ああ」

この景色の中にレストランがあるのかと、ワクワクしながら石畳の上を進んだ。セレクトショップやカフェに立ち寄り、夕陽が水面に沈む頃レストランに入った。一面ガラス張りの店内からはその夕陽がよく見え、出てきた料理も全部美味しくて少し高いワインまで飲んでしまった。

「暗くなっちゃったね」

「ああ」

「でも綺麗。部屋の電気がランタンみたい」

白い壁を四角く切り取った窓が、海沿いのホテルには続いていて、そこだけじゃなくあちこちで光る四角い光は本当にランタンのようだ。虎はワインを煽りながら緩く微笑んでいる。

「ケーキ食う?」

「あるの?」

「メニューにあるんじゃねぇの」

「あ、ここ…」

コースの最後にデザートは付いていたのだけれど。そう思いながらも開かれたメニューからデザートのページを選ぶと、同時に虎の手も出てきてコツンとぶつかった。そのまま、なんとなく、指が絡んで視線がぶつかる。あ、キスしたいなと、そんなことを思った僕の気持ちが漏れていたのか、虎はメニューで顔を隠してそっと頬にキスをくれた。

「、とら、」

「誰も見てないって」

「……」

「部屋、戻る?」

「…戻る」

じゃあ戻ろうと、虎が支払いを済ませてくれてお店を出た。お店から見えていたままの景色が目の前にはあって。緩やかな下り坂をほろ酔い気分で手を繋いで歩いた。
昼間は子供や犬もたくさん居て賑やかだった道は、穏やかで深い静寂に包まれていてすれ違ったのは数組のカップルと一つの女の子のグループだけだった。昼間の暖かさも、今はなくなって少しひやりとしている。
部屋に入って電気をつけると、日に焼けてほんのり鼻の頭を赤くした虎がお湯を張ってくれた。

「虎先に入りなよ」

「あとでいい」

いいよいいよとお互い譲り合って、結局僕が先に入ることになった。青系のタイルで統一されたバスルームも抜群に可愛くて、バスタブに浮かんだ花びらに口元が緩む。虎が落としていったのだろうかと、低い位置にある窓辺に飾ってあった花を触りながらこっそり思った。
今日の虎は朝からずっと優しくて…いつも優しいけど…僕がこの日を迎える度、おめでとうとありがとう、それから好きだを伝えてくれて、本当に幸せだと思わせてくれる。生まれてきてくれてありがとうなんて、家族みたいなことをずっと言ってくれている虎に、僕がどれだけ救われてきたか。
虎がシャワーを浴び終わる頃にはもう、日付が変わっているかもしれない。なんとなくそう思うと勿体なくて、すぐに湯船からでた。

「お待たせ」

「ああ、早いな」

「そうかな」

「いつもより。紅茶いれたけど飲む?」

「ありがとう。もらうね」

「ん、」

「ポットのところにあったお茶?」

「ああ」

「ん、美味しい」

ティーバックをお湯につけただけだと小さく笑った虎は、既に用意していた着替えを持ってバスルームに消えた。虎が出てくるまで待っていようかとソファーに座ってテレビをつけたものの、なんとなくそういう気分じゃないなと二階に上がった。そういえばこの部屋はどこにも時計がない。充電器に繋げた携帯はベッドの上で、タッチひとつでそれを確認できるのにそれも気分じゃなくて。
部屋の電気もつけず、枕元の小さなランタンと足元を照らすだけの間接照明をつけてベッドに座った。虎のいれてくれた紅茶はほんのりフルーツみたいな匂いがして、その香りだけでも癒されるくらいだった。






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