挽きたてのコーヒーの匂い、こんがり焼けたクロワッサンに、スクランブルエッグとカリカリに焼いたベーコン、気持ちばかりのレタスを添えて。部下の恋人からおすそわけしてもらったタルトタタンも1カット。なんとも優雅な朝。テレビはつけない、代わりにスピーカーから音量を下げたジャズを。立ち上げたPCはその画面に8:40の数字を並べている。いつもなら既に会社にいる時間、そのディスプレイの前にコーヒーと朝食の乗ったプレートを持って腰掛け、カップに口をつける。九時5分前、予めセットしておいたアラームが鳴り、ウェブ会議のための接続をして資料を広げる。タルトタタンを他の小皿に移し、朝食のプレートを洗う。それからコーヒーを追加し、再びパソコンの前へ。画面上にはいくつかの枠、九時ぴったりには全ての枠が埋まり、「では」と、いつもははっきりと聞き取ることのできる部長の声が、イヤホン越しのがさついた音で鼓膜を揺らした。

「高牧です、おはようございます」

「画面越しでも男前だな〜」

「すみません、無駄に男前で」

軽い冗談混じりの挨拶、スーツはさすがに着ないものの、身なりは整えた。いつも通り、顔を洗って歯を磨き、髪を整えて、少しカジュアルではあるけれど、ちゃんとした服に着替えて。ただ、腰から下は起きたまま。緩い部屋着に素足、スリッパはテーブルの下で脱いだり履いたり。たまに爪先でくるぶしを掻いたり。
直接の会議とは勝手が違いながらも、滞りなく話は進み、時間通り「じゃあ、会議はこれで」と、終わりの合図。俺にタルトタタンをくれた恋人を持つ部下も、眠たげな顔で無愛想に「お疲れ様でした」と低い声を発する。真面目に会議に参加している風に、一応上司の接続が切れるのを待っている。他の数人の部下は俺が切るより先に枠を黒くした。

「虎ちゃん起きてる?」

「はい?」

「あはは、起きてた」

「……」

「真っ先に接続切りそうなのに、切らないからさあ」

「……」

「いいね、なんか二人でスカイプしてるみたい」

「お疲れ様でした」

「ちょっと!あ、タルトタタン!」

「……」

「じゃーん、今から食べるよ」

「……」

「蓮くんお気に入りのコーヒーも挽きたてで」

「勝手にしてください」

「はーい、勝手に食べまーす」

用意していたフォークの先に、一口で入るだろうかと思うくらいの量をとる。甘さと香ばしさが混じりあったキャラメリゼのたまらない匂い、りんごの優しい食感と懐かしいようなその味。

「うーわ、うっま…」

タルト生地から作ったというそれは、洋菓子店やレストランで並べられてもひけをとらないレベル。それにおまけだと言って添えられていた手のひらに収まるサイズのりんごケーキへの期待がさらに高まった。

「蓮くんそこにいるの?」

「仕事」

「えっ、出勤?」

「出勤」

「あらら、残念。お礼のメッセージは入れたけど…仕方ないね、あとで感想送るよ」

「別に、いらないだろ」

「あー!敬語!」

「……」

「ま、いいけど、もうみんな見てないし」
「お疲れ様でした」

「えー、もう切るの?虎ちゃんこの後なにするの」
「仕事」

「するんだ〜偉い、よしよし」

「……」

「ひきすぎ。じゃあ俺も作業しないとな〜」
そうしてくださいと心底面倒くさそうに言い放った彼にひどい言い方と笑い、俺もお疲れ様を残して接続を絶った。

「んー、まじでうまい」

本当は、もうやるべき仕事は終えてしまっているのだけれど。部屋に一人、籠っていると他にすることもなく昨夜のうちに済ませてしまった。作業が捗る、と言えば聞こえは良いけれど。どちらかというと本当に他にやることやしたいことがない、寂しい人間なのだ。休校で、バイトもシフトが減り、時間をもて余している恋人に会いたいけれど、こんなときに俺の方からリスクを犯させるわけにはいかない。この部屋にこもってくれれば良いのだけれど、お互いにずっとそうしているわけにもいかない。
ちょっと美味しすぎるタルトタタンを食べ終えた、あと二口ほどのコーヒーにほんの少しアーモンドミルクを足す。
温めれば良かったか、まあ、次からで良いか。
一人、優雅、悠々自適。
イメージ通り素敵な部屋でおしゃれな時間を過ごしているんだと思わせるのは、わりと得意で。でも、得意だから、退屈で。

「はぁ…」

没頭するような趣味もないから、ひたすら映画を見たり、音楽を漁ったり。
早く夏は来ないだろうか、恋人をつれてひまわり畑に行くのも、浴衣なんて着て花火を見に行くのも、汗をかきながらバーベキューをするのも、肌を赤くして後悔するような海水浴も、待ち遠しい。あんなに待ち望んだ春が今ここにあるのに。もう夏に焦がれている。醤油とバターを塗った丸々一本の焼きとうもろこしに豪快にかぶりついて、よく冷やしたスイカの早食い対決なんかして、クーラーを効かせた部屋でセックスをする。夏まで、まだ、もう少し。ああ、長いな…穏やかな春に目蓋を伏せ、会いたい恋人の顔を浮かべる。悶々と。これのどこが優雅なものか。誰か教えてほしい。

「連絡もこないし、はーあ、夏まだかな」

つまり、退屈な朝。



おうち時間

 - 夏 を 待 つ - 







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