君を想うこの音が、
音色に乗って、届いた感情。
彼女の眼が何時も、『誰か』を追っているのを知っている。
部活の一環だし、必要な事だ。それに彼女の夢に向かう姿には憧れもしている。
だからこそ取材の間は、仕事を妨げないように離れていたけれど。
「天羽先輩、」
何時の頃からか。かわいい後輩が彼女の後を追い始めた。
慕ってバイト先にも顔を出すらしいし、この間は部室にだっていた。
そうだ、二人はもっと早く出会っていたのだ。
(それは私より、先に)
その事が、やけにちりちりと、胸の奥を焦がす。
奏でる音すらも、乱れて行くのは、今の心の中が穢れているからだ。
正門前でヴァイオリンを弾いているのに、誰も寄付かない。所か離れて行く。距離を十二分に取って。
だってだって、繁みの向こうに天羽菜美が居るというのに。隣りに居るのは報道部の後輩達とクラリネット吹きの冬海笙子で。
演奏中の私はじりじりとしか近寄れない。
それが焦れったくて、余計に手に汗をかいた。ほらまた、音が飛ぶ。
弾き始めたからにはきちんと全部。その方が練習にもなると思う。けれど、集中は、出来ていない。
月森辺りが聴いていたら気絶してしまいそうな音色だった。
「香穂、調子悪いの?」
「菜美ー!会いたかった!」
「わ、ちょ、落ち着いてよ。お昼も会ったでしょ」
愛のあいさつだったはずの狂騒曲を終えて一息吐いていたら。音色が届いたのか心配そうに菜美が言った。
大袈裟過ぎる程に悲観して彼女に抱き付く。
刺さる視線は気にしない。
「よしよし。何かあった?」
「ううん、菜美に会いたかっただけ」
「それであの音色は罪悪感あるんだけど」
「あー、そうだよね。じゃあ、お詫びも兼ねて景気づけにもう一曲」
ふわりと撫でた掌が心地良くて、本当はそのまま離れたくなんかなかったけれど。一帯に流してしまった公害に頭を抱える生徒達があまりにも多いので、宥めるように、子守歌を。
これが終わったら眼を白黒させている後輩達に散々見せ付けてやろうと目論む。
音色は再び曲がって行った。
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