災遊記


※我が子四天王で最遊記パロ的な何かです。最遊記の人たちは名前しか出てきませんのでご注意を!


桃源郷。ユートピア。エルドラド。言い方はそれぞれご自由に。
きっとここは、多くの人々が住み暮らし営み、そうして死んでいく場所。妖怪と呼ばれる異種が跋扈し、人間と呼ばれる弱者は滅びの道を辿りつつあった。
それを良しとしない組織があり、それを良しとしない国がある。彼らはいつだって、ヒトを守るために存在している。
「と、いうわけで!弱きを助け強きを挫く!!我輩たちは〜そういう正義の味方になるのだー!」

悟空…否、夢魔サキュバリエスは、意気揚々と如意棒―只の棍棒を掲げた。
「大変申し分無い導入で御座いましたよ、サキュー殿」
控えめに拍手をする猪八戒…死神ラクス。
「でっしょー!?でしょうでしょう!鼻高々〜!どやどやぁ」
皮肉を皮肉と受け取らないサキューは、腰に手を置き胸を張る。
「とにもかくにもまあ、今回はそこまで設定が練られていないということならば…最終目的さえ果たすかもしくは、夢魔が飽きればそれえ終わるというわけだな」
「まー!可愛いねえ可愛いねえっセルは!魔力不足でショートヘアなだけでなく、体もちっこくなっちゃてえ〜!」
サキューが、自分の腰くらいの高さにある頭を撫でまくる。
セルはしかめっ面で、その手を叩き落とした。
「不本意である、かなり不本意だ…」
「ふふふふ、我々の中で一番不本意なのは…三蔵法師様では御座いませんか?」
ラクスの言葉に、先頭を歩いていた<三蔵法師>がぎろりと隻眼を背後に向けた。
「……う゛!」
そして短く、吠える。
「…………ぷっ、ヒーハハハハハ!うーだって!なははははは!うひひひひひ!あーいかんいかん、自分でやっておきながらコレは面白い!」
サキューは腹を抱えて笑いだした。
三蔵法師…菊弘は、咥えていた煙草を噛み潰す。
「があ!うぅうう゛…」
「菊、あまり無理に声を出すな。本当に喉が壊れてしまうぞ?煙草ももっと深く吸い込め、治療にならない」
セルが唸り続ける菊弘を静止した。ラクスが肩をすくめる。
「厄介な<設定>で御座いますねぇ。髪は金に、そうして言霊の力を封じるため喉の、自由が効かないとは…」
全然厄介だとは思っていないようだが?と菊弘は、ラクスを睨みつける。言葉にせずとも視線で分かる。
「いえいえ、菊弘殿が無力となれば我々が必死にならなければいけないということで御座いますから。本当に厄介だと思っております」
「まあまあ!三人寄れば文殊の知恵じゃん?だいじょーぶだいじょーぶ、皆で仲良く天竺までれっつらごーだよ!」

…本当に天竺まで、これを続けなくてはいけないのか。
菊弘は、頭を掻きむしった。

事の発端は単純である。夢魔サキュバリエスのお遊びだ。
西遊記、それに基づいた<物語>があると知った悪魔は、その話に自身も介入し<楽しむ>ために周囲を巻き込んだ。菊弘が金髪で、煙草を吸い続けなければいけないのには、れっきとした意味がある。
本物の三蔵法師、彼に酷似した容姿でいることによって、彼ら三蔵一行に間違われなくてはいけないのだ。そうすることによって、トラブルが勝手に舞い込んでくる。トラブルは、サキューにとって楽しむ要素でしかない。
故に、菊弘は金髪でヘビースモーカーで、無駄なおしゃべりが出来ないよう(言霊の力を使えないよう)になっているのだった。

「サキュー殿、天竺までこの状態なので御座いますか?」
とぼとぼと足取り重く一行は、ひとまずは近場の村を目指していた。この状態では腹も減るし、睡眠も必要なのだ。
「この状態って?今のステータスってことかにゃ?」
「ええ、明らかに弱体化しておりますから…天竺までの道のり、妖怪共の襲撃がありますでしょうに。しかも例の三蔵一行と勘違いされる身の上であれば、それなりに強者も襲撃するでしょう」
「へーんそんな事言ってぇ、我輩分かってるんだからね!セルや菊弘はともかくラクスはその状態でも充分強いってね、それに」
サキューは菊弘の腰を抱いて引き寄せた。頭一個分の身長差、そして体格差。
「我輩は今!か弱くぷりちーな女ではなく、頼りがいのあるマッスルな男なのだから〜ッ!!お前ら全員抱い…違う違う、守ってやるってばよぉ〜!」
無の表情の菊弘の頬に、サキューはぶっちゅーと口づけをする。されるがままの菊弘。目は死んでいる。
「もぉーキクヒロったらぁ意地悪なんだからぁ〜!物語に介入する前の設定の段階で、我輩に手出しするとは…!卑怯!生き汚い!諦めが悪い!!くっそー!我輩の酒池肉林ハーレムの夢があああぁあああ…桃源郷ぞ桃源郷…良い男がわんさかおるに決まってるゥ!」
「…ぐぅう゛」
菊弘は、サキューの尻を蹴った。
「夢魔よ、男の姿でも充分酒池肉林は楽しめると思うがね」
セルの言葉に、サキューは大きなため息をつく。
「………いやさ、楽しめるよ?楽しめるさそりゃあ…ただ我輩はサキュバリエス、サッキュバスだ。下に寝るもの…上に乗るインキュバスは大昔に切り離したし。我輩、男のセックスは楽しめてもなんかこう…?ヤッた気がしないっていうか?」
「なるほどな、精力が得られんと?」
「そうそうそのとーり!そんなんじゃ我輩、抜かずの10も無理だしさぁ」
「おや皆様、楽しい歓談中申し訳ありませんが。お客様で御座いますよ」
ラクスが言い、指し示す先には、妖怪の群れに襲われる人々の姿があった。


「女は攫え!村への案内人に一人は残しておけよお!」
妖怪の群れを統率している親玉らしきあやかしが、声を荒げた。
町へ出稼ぎに出たであろう帰りの荷車。女も乗っている。子供も。男衆は、槍を構えてそれを守っていた。しかし、妖怪相手では人間は到底敵わない。
「…も、もし最後の一人になったのなら自害しろよ!村への入り口は絶対に漏らすな!」
リーダーの震える声に、男たちは息を飲む。
「老人を残せ、若えのは全員始末し………」
あやかしの親玉の声を待つ。しかし、その声は二度と荒野に響くことはなかった。
「…あ?親分?もう襲っちまいますけど…?」
「いいえいいえ、出来ればそのまま立ち止まって頂けると助かります」
振り返ればそこには、親玉の生首を持った銀髪の麗人が立っていた。
血に濡れた両手からは、ぼたぼたと鮮血が滴っている。
「な、な、なんだ貴様ァアア!」
妖怪たちは一斉にラクスへ襲いかかった。ラクスの前に、セルが立ちはだかる。ふうーっと息を吐きかければそこに炎が生まれ、壁を作り出した。怯む妖怪たち。
「魔力不足と言う割には、派手な技を出しますねえ」
「見せかけだけさ。そう言う羅刹天も見劣りしているようには見えんがね」
「わたくしの場合、ただの腕力で御座いますれば」
炎の壁が消え、ラクスはその熱風を浴びながら颯爽と妖怪たちの陣に飛び込んだ。素手で武器を破壊し、体を殴り潰す。捻り千切り叩く。
「はーい人間の皆さんはこちらに〜」
サキューが女性たちを荷車に抱き運ぶ。
「あ、貴方達は…!?一体…!」
「……う゛…ううう゛…」
菊弘は、荷車を引く馬の手綱を半ば強引に奪い取った。仏頂面の盲ろう者の気迫に、馬借は
「大丈夫だよ〜我輩達は妖怪退治のヒトです!」
「よ、妖怪退治!?」
「ざぎゅう゛!」
馬を走らせて、菊弘は吠えた。猛スピードで走り出す荷車、皆が悲鳴を上げる。
「はいはい人助けは我々のお仕事でしょう法師様!さっこのまま村まで逃げましょう!なぁに男衆は大丈夫、我輩の仲間は相当に強いので!」
「ぐうう゛う!」
喋れない菊弘は、唸るばかりであった。


「置いていくとは酷いな」
村へと続く桟橋を下ろし、セルとラクスを迎え入れた。セルは腕組みをしてご立腹というように、口を真一文字に結んでいた。
「戻ってこれると思ったから置いていったんだよぉ」
「ほ、本当に皆帰ってきた…」
村長は愕然と口を開いた。
「だから言ったじゃない!強いので大丈夫、と。さぁさぁ我輩たちに宿と食事を頼むね?村長さん!…あ、あと我輩とよろしくしたい女性が居たら遠慮しないで寄越し…」
「あ゛うう゛…」
「あーもう分かったよ法師様ァ!ここでは遊びません!自分で言った手前、妖怪退治を優先しますう」
サキューは唇を尖らせた。
「……本当に、その…旅の法師様…妖怪たちを追っ払ってくれるのですか?」
村長の問に、菊弘は必死に何かを伝えようとジェスチャーをした。ジェスチャーをしながら、筆と紙を貰えればコミュニケーションが可能だと気付き、それを求めた。しかしサキューが割り込む。
「追い払いますともー!我々はその為に旅をしているのですから」
「…まあ、休める場所があるというのは良いことで御座いますね」
ラクスは血まみれのまま言った。
「着替えも用意されるだろうしね。ただまあ、歓迎ムードではないようだが?」
セルは、ラクスから距離を取る男衆に視線を巡らせながら言った。
妖怪たちと素手でやり合う者、そして人智を凌駕した奇術を使う者。難破で軽口な怪しい男、それらを従える盲ろう者。


「皆、怯えているんです…」
菊弘たちの世話係としてついた娘は、ぽつりと語りだす。
「妖怪たちが増えて、私達人間のすみかまで襲うようになった…それでも私達は必死に生きてきました。あの桟橋は、私達の先祖が作り…そして守ってきたものなんです」
「立派な桟橋とお堀だよねえ、よくあんな深いお堀を掘ったよ」
サキューの言葉に、娘ははっと息を呑む。
「わ、分かるのですか…」
「分かる分かる、ヒトの作るものと自然の作るものでは全く違うからね」
サキューの寝転ぶ干し草のベッド。同じベッドで眠るのはセルだ。魔力の消費が激しく、<悪意>を食らうこともままならないので省エネモードで動くしかない。すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている。
「しかし、あの桟橋と堀があるからと言っても…妖怪たちには何の障害にもならないでしょうねえ」
「…そのとおりです。村の場所を知られないために、私達…出稼ぎに出る者たちはわざわさ危険を犯して遠くの町まで出向くのですが…」
娘は、保存食である乾パンの缶詰を開けた。ラクスは礼を言って、それを受け取る。
「我輩たちが村人を助けた場所から、村まではそう離れてなかったねぇ。もはや村の場所が露見するのも、時間の問題ってわけだ。そりゃあ神経質になるわなぁ!我輩達はただでさえ化物じみているのに」
にんまり、と笑う顔は美しく、娘は思わず見とれてしまう。
咳払いをするラクス。
「歓迎されていないのは分かりますが、妖怪退治を引き受けたのです。もう少し信頼していただいても大丈夫かと…それとも何か他に要因があるので御座いましょうか」
「え、えっと…貴方達のように妖怪退治をしていると言ってこの村にやってきた一行がいたんです」

―その者達は、人間を装った妖怪だった。しかし、その妖怪たちはヒトを襲うことを良しとせず、ヒトとの共存を望む者たちだったのだ。
前の村長はそれを歓迎し、受け入れた。妖怪たちは怪力などを生かして、村のために働いた。しかしそれは、悲劇のためのシナリオでしかなかったのだ。
「私達の信頼を掴み、疑いの目がなくなったところで彼らは動きました…この村はもっと大勢の村人が居たのですが、皆…その妖怪たちに……」
「なるほどねえ」
サキューは乾パンを頬張りながら、伸びをした。そのままベッドに寝転がる。
「妖怪たちを何とか倒して、外に村のことが漏れるのはまぬがれました…しかし、今日の襲撃です。このままではいずれ、村の場所も分かってしまうでしょう。もう、戦える者も少なければ…物資も尽き始めています…。私達はこのまま、ここで静かに滅んでいくしかないのです」
「………よそ者が歓迎されない理由は分かった。我輩たちは明日には出ていくよ?妖怪退治なんて村の外でも出来るからね。それでいいだろう?法師様」
サキューは、窓際で煙草を吹かしている菊弘に言った。
隻眼でそれを見下ろしながら、こくりと一度頷く。
「あ、あの…ところで貴方はさっきから私の…あ、足を撫でているようですが…」
娘は、サキューの手から逃れようと必死で身を捩った。
「え?イヤだった?イヤならやめるよ!我輩無理強いはしないからねぇ、でもイヤじゃないなら…合意とあれば我輩今ここでぶぎゅるみッ!!」

サキューの顔面に、菊弘が投げた植木鉢がヒットした。


「…村長、あんなよそ者入れちゃって大丈夫なんですか!?」

村長の家で、若い男衆が声を潜めていた。
「仕方無いだろう命の恩人だ、しかも妖怪退治を請け負ってくれたのだぞ?無下には出来ない…」
「また前のような…!あんな事になったら、どうするつもりなんだ…!もう戦える男衆は少ないんだぞ!?」
前のような、という言葉で空気が凍った。
「村長、あんたは見てないかもしれないがな…あの銀髪の…!あいつは妖怪に違いないぞ!?あんな、あんな怪力…人間じゃない!」
「それにあの赤髪の子供もだ、妖術を使うんだぞ!?」
「まだ分からんじゃないか!都の方では、あのように妖術を使う徳の高い法師様がいるとも聞く…!」
「落ち着け皆の衆…!明日になれば彼らは出ていくと言っておるのだ!妖怪退治も引き受けてくれる…我々には損害は出ない…」

村長の言葉に、男たちは黙り込んだ。
それでも納得行かないというように、舌打ちが聞こえる。
「奴らの寝ている納屋には見張りをつけるぞ…誰も異論は無いよな?もちろん、村長も」
「……ああ、異論は無い」


菊弘たちの寝る納屋の見張りとは別に、闇に紛れて様子を伺う影がいくつかあった。
「…村の奴らは、あのヘンテコたちに気を取られてる。決行するなら今夜だろう」
「ああ、もう既に連絡はしてある。襲撃はおそらく真夜中…」
「俺たちを見逃してもらえるってのは、本当なんだろうな?信頼していいんだよな?」
「シッ!声がでけえんだよ…ビビってんじゃねえ!大丈夫だ、ちゃんとそれは話がついてる…」

男たちは、桟橋へと向かった。


暗闇の中、小さな灯りがひとつ付いた。
「………眠れないので御座いますか」
寝転んだまま、ラクスは灯りを付けた者に声を掛ける。静かな声だ。
「…い゛い゛や゛」
「では貴女も、闇に紛れて動く不審な影を察しているので?」
「………」
菊弘は、静かに煙を吐いた。微かに開けられた納屋の窓へと、紫煙が吸い込まれていく。夜風は少し強い。
「だいぶ喉の調子も戻ってきたようで御座いますね。これなら、帰還も近日中に果たせそうですねえ…」
ラクスが菊弘の隣に並ぶ。二人で納屋の窓から、空の月を見ていた。
「滾った血の香りがしますね、これはこれは…大惨劇の予感が致します…。おや、何ですその目は?わたくしめは人を食らう鬼で御座いますよ?今更そのように軽蔑されてもなんとも思いませぬ」
「……がみ゛、だろう゛が」
神だろうが。菊弘は吐き捨てた。
「神だから救わねばならぬというものではありませんよ。むしろ神だからこそ、救わぬというものです」
「……フン」
鼻で笑って、菊弘は足元で寝転がっているサキューを蹴飛ばす。
「ぎゃん!?な、な、なに!?我輩まだ悪いことしてないぞ!」
「うるさいなぁ…しっかり眠らせてくれよ…」
むにゃむにゃと、目を擦りながらセルも起きた。不服そうに口角を下げる。
「真夜中ですが、騒ぎになりますのでね。妖怪退治を請け負ったのなら任務を遂行しませんと」
ラクスは大きくて白い布を体に纏った。サキューもその辺に転がしておいた如意棒…否、只の眺めの棒を手に取る。
「おやおやおやおやぁ?村で何か起きちゃう感じ?これはあの女の子の恐れてた事態になっちゃった?」
「それはまだ分からんな。菊。わたしは村人たちを避難させるぞ」
「だの゛む゛」
「…おお、だいぶ声が戻ったか?」
セルは嬉しそうに言った。しかし菊弘は首を横に振る。力はまだ戻らない、という意味らしい。
「ま、菊弘使えなくても武器はあるし。いっちょ妖怪退治といきましょーよ」
サキューは自慢げに腕の筋肉を見せた。ラクスがそれを見て、笑顔のまま「噛み切り難そうな肉で御座いますねえ」と言ったので、サッと自分の腕を抱くサキュー。
「ああ、サキュー殿は別に食べませんからご安心を」
「いやいやいやいや、我輩じゃなくても誰も食べないでよ…何で今回ラクスは血の気が多いの…」
「いつもの事じゃないか?」
セルはきょとんと首を傾げた。

納屋の見張り番が、中が騒がしいのに気がついた。
「…おい、あんたら何をこんな夜中にぎゃあぎゃあと」
「おっと、申し訳御座いません。騒がしくしてしまって」
ラクスが扉を開けて出てきた。
見張り番は、ヒッと声をあげる。
「めんごめんご!でも〜これからもっとうるさくなると思うから…先に謝っとくね!ソーリーソーリー」
次いでサキューが出て来る。
「う、うるさくなる?どいうことだ!?」
「ああ、丁度良かった。今からわたしは村人たちを避難させる。あなたも手伝ってくれ」
セルが見張り番の服の裾を引っ張って、ものすごい力でぐいぐいと村の奥へと進んでいく。
「う、うわああ!?な、何だこのガキ!ばっ…ばかやろう!服がちぎれる!」
「どこか井戸や水場は無いか?そこに村人を集めてくれ」
「な、な、何で井戸?み、水場というか…堀の下の川から水を組み上げる水車なら…」
「じゃあそこだ、そこに集めよう。あっ警鐘は鳴らすなよ?妖怪たちにバレてしまう」
「よ、妖怪!?」

セルと見張り番を見送って、ラクスとサキューは桟橋へと向かった。
後からついてくる菊弘。
「…あれ?キクヒロはやめときなよ、どっか遠くから見てなって。武器も遠距離攻撃なんだからさ」
「そうで御座いますよ、今は何の役にも立たないので御座いますから」
「……む゛。ぞん゛な゛ごど…な゛い゛」
「ダメダメ、我輩キクヒロを守りながら戦うの面倒くさいもん」
「右に同じ」
「ぐぬ゛ぬ…」
菊弘は立ち止まった。煙草を噛んで、そうして踵を返す。
「そうそう、遠くから射撃で我輩たちを援護してちょ!」

サキューから渡された短銃。
菊弘はそれに弾丸を詰めながら、村の見張り台を目指した。


「よし…ゆっくり下げろ。音を立てるんじゃないぞ…!」
男たちは、桟橋を静かに下ろしていた。既に堀の向こうには、大勢の気配がする。
「これを首に下げておけば、妖怪達は見逃してくれるらしい。皆に行き渡ったな?妖怪達が押し寄せてきたら、すぐに身を潜めろ!襲われる村人たちに疑われないようにな」
「…これを首から下げればいいのか?」
桟橋を下ろしていた男の一人が、麻紐で作ったお粗末な首飾りを訝しげに見つめる。何か文字の書かれた木札もぶら下がっているが、その字は妖怪達の言葉らしく読み取ることは出来ない。
「こんなの首から下げてても分からねえんじゃ無ぇか…?」
「いいからお前も首から下げてろって!」
ぶつぶつと文句を言う隣の男に、苛立ちながら首飾りを投げつけた。
「なるほど。そういう目印なので御座いますね?しかし首がなくては、それは付けられますまい」
「………え?」
隣で桟橋を下ろすハンドルを握っていた男を、見た。首が取れていて、そこからは鮮血がぴゅっぴゅっと吹き出している。
「う、う、うわぁああああ!?」
「おやおやお静かに、真夜中で御座いますよ?」
真っ白い布が、視界を覆う。そうして首が思いっきり曲がって、一瞬の痛みのあと、絶命した。
桟橋を下ろすハンドルが、操縦者を失って暴走する。結果、桟橋は大きな音を立てて堀へと道を作ってしまった。
「なーにやってんだようラクス!」
「はははは、これはこれは申し訳御座いません」
桟橋を駆けるサキュー。妖怪達は突然の襲撃者にたじろいだ。進撃が遅れる。
「こ、こいつら例の妖怪退治の…!」
「妖怪なら、あ、あっちだろ!俺たちは人間だ!」
「ええ、ええ。そうで御座います。悪事を働く妖怪や、その他それに関わる者を始末しているので御座いますよ」
ラクスは裏切った村人を屠っている。白布は真っ赤に染まり、血を吸って重くなった。すぐにラクスは、それを堀に向かって捨てる。
長い棍棒で、舞を踊るようにサキューは妖怪達と戦いを繰り広げていた。本気を出さず、遊ぶように。
「いやぁ〜体がなまって仕方が無いねえ!そういえば我輩、まともに戦闘するの久し振りかもしれないっ」
「左様で御座いますか。それは良い運動になりましたねえ」
村人を始末し終えたラクスは、サキューの背後に回った。
演武に合わせて、体術で妖怪たちを再起不能にしていく。
「そして棒術なんてやったことないからメチャクチャ戦いにくい〜……止めだ止めだ!!!いつものでやろう!」
「…いつもの?そんなことが可能なので御座いますか?」
「可能可能〜!だって設定ガバガバなんだから。実は色々と制限掛けるの面倒くさくてね、辻褄とかパワーバランスとか…そこまで厳しく設定してないのよ〜ん」
「ははぁ、左様で御座いましたか。それは良いことを聞きました…」
「そー…っれィ!!」
サキューは、手に持っていた棒を思いっきり、やり投げの要領で上空に飛ばした。遠くに落ちて突き刺さる。
呆気に取られる妖怪達。その間に、サキューが魔法陣を描く。
「我が領地にてその姿を限界せよ、我が武器我が剣我が手足…悪魔も泣き出す苦痛を生み出せ D・M・C…デビル・メイ・クライ!!蹂躙の時間だ!」
赤く魔法陣が光り、そうしてそこから一本の大剣が地面から生えた。
サキューはそれを引き抜くように取り出すと、真ん中からぱかっと剣を割って、大剣を双剣に変えた。

「こ、こいつらは俺たちが食い止める…!お前らは村を襲え!!食料を確保しろぉ!これじゃあ損失しか無ぇ!」
「おう!さっさと攫ってずらかるぜ!」
サキューとラクスの襲撃を避けて、数十名の妖怪が村へと侵入してしまった。
「あっしまった!流石に警鐘鳴らさんとヤバイかもね!」
「サキュー殿、ここはお任せくださいませ。貴殿は村へ行き警鐘を…」
「がってんしょうちのすけ!」
サキューはラクスの言葉に親指を立てると、魔法陣を生み出してそこに入り込んで消えた。夢魔には、距離など関係ないのだ。すぐに村の方から、警鐘の鐘が鳴り響く。見張り台に設置した鐘の元に、サキューは瞬間移動したのだ。

「へ、へへへっ…!いくら怪力で武芸に優れていようとも、この人数対一人きりとなりゃあ…」
「囲め!袋叩きにしてやる!!」
ラクスは、いつものように微笑を称えていた。そうしてクスクスと笑い出す。弧を描いていた口から、歯が覗いた。口の端からは、牙が生える。ばきん…ばきん…と音を立てて額を割り、やがて2本の角が天を差した。
「応、囲うてくれて構わぬよ。そうしてみぃんなそろって死ぬるぞ」
地の底から響くような、低い声だった。
何も無い空間に手を伸ばし、ラクスはけたけたと笑いだした。そうして手を伸ばした場所が歪みだし、おびただしい熱気を生み出しながら何かが現れ手の中に収まった。その瞬間、鼻をつくような硫黄の匂いが広がる。
妖怪達は、一斉に顔を腕で覆った。異臭とともに強い熱が生まれたのだ。その熱から体を庇うように、皆は同じ体勢を取った。
「……あやかしも人も、死ぬれば同じ骨となる、か。いやはや、酷な世界である」
ラクス…羅刹天の手には、金に輝く錫杖が握られていた。
それを地につけ、しゃんと鳴らせば、羅刹天を囲っていた妖怪達は、骨は、その衝撃で崩れ去った。


「ざぎゅう゛…な゛に゛があ゛っだ…」
「どうもこうも!予想通りだよ法師様〜村人の中に裏切り者が居てね、自分たちは助かる計画で桟橋を下ろし、妖怪たちにはイケニエを捧げたと言うわけだ!それを阻止するのは我輩達…」
サキューは、キレイに腰を折って舞台役者のように挨拶をした。
「正義の味方、なのだ。嗚呼なんとも美しきかな善行!これ程までに心打ち震える美徳は無い!素晴らしい!素晴らしいね人間は!」
けっ、と菊弘は吐き捨てた。見張り台の手すりに煙草の火を押し付ける。
隻眼で睨みつければ、すべてを読み取ったサキューが笑う。
男の低い笑い声は、真夜中の空に響いた。その声さえ、魅力的である。しかしそれに支配されないのが、菊弘の特権であった。
「さぁて見せてくれよ三蔵法師様、大義を振りかざして世界を救ってくれ。我輩に見せてくれ、正義のヒーローが奮闘する姿を!今度こそ!今度こそ正義のヒーローで!」
「……誰が、やる゛か…そん゛な、もの…」

しゃがれた声で、菊弘は答えた。
そうして短銃を構える。見張り台を過ぎて村を進めば、セルが陣を張っている水場がある。
「私が、やっでいる゛ことは…!私の…エゴでやってい゛るごと、だ!」
村へ進軍してくる妖怪達めがけて、菊弘は短銃を撃った。
轟音が鳴るが、弾の行方は分からない。妖怪達は一瞬怯んだが、見張り台の菊弘とサキューを見つけると、それを目指し分裂した。
「…はずれ」
サキューは階下を眺めながら言った。
「……」
次を撃つ。轟音が鳴る。しかし誰も倒れる様子は無い。
「…はずれ〜」
「………」
もう一発。
「はずれ」
もう一発。
「はずれ」
「………ぐむぁあ゛!」
菊弘は短銃を足元に叩きつけて、地団駄を踏んだ。
「ポンコツじゃないかー!何だキクヒロ!お前ポンコツか!元陸軍大佐のくせに!射撃はどうしてたんだ!」
「…何故か、当たっでい゛たがら……」
「それ多分…無意識で超能力使ってたんじゃね?卑怯だなー!ずるいなー!」
「う、う゛るざい゛!」
「もぉー役立たずゥ!ほんと今回何もしてないじゃん!」
サキューは唇を尖らせて、見張り台から飛び降りた。
空中を滑空しながら、両手に双剣を出現させる。そうして着地して、そのまま回転した。大きな双剣が、妖怪達の手足を傷付ける。
菊弘は、見張り台からそれを眺めた。
「かかか、本当に役立たずかえ主殿よ」
「……ラク…否、羅刹天か。何故姿が変わっでい゛る?」
羅刹天は、かくかくしかじかと事情を説明した。
それを聞いて、菊弘は隻眼を見開く。
「本当に゛?」
「この姿を見とめよ、まことであろ」
「……裏切り者が、持っていた印を゛私に」
「かっかっかっかっか、何でもお見通しよの。承知」
羅刹天は、めきめきと骨の翼を広げて空へと飛んだ。


「き、来たぞ!?本当にこれで大丈夫なのか!?」
セルの背後に村人たちは固まっている。
堀から水を組み上げる水車のそばに、木の棒で円を描いた。その中にひしめき合う村人たち。子どもたちは恐怖で泣いていた。
「大丈夫だよ、結界を作ることに関しては魔力量はあまり関係無いしね。君たちが息をすることと同じように、わたしは結界を…空間を生み出せる。そんじょそこらの雑魚妖怪に、わたしの<部屋>は壊せない」
セルの言うとおり、妖怪達は円には近づくことが出来ないようで、周囲をうろつくばかりであった。
「ええい怯むな!こんなものどうってことない!かかれー!」
一人が声をあげた。妖怪達は、飛び込むように突撃する。
「う、うわああ!!来た、来たぞ!」
「大丈夫だって」
セルは、円の中であぐらをかいて座っている。
妖怪が円の描かれた境界線を超えた。すると悲鳴を上げる間もなく、妖怪は燃え上がり一瞬で灰になった。
「あ、ちなみにコレ。妖怪にだけ効くとかじゃなくて人間にも効くから絶対に円の中から出ないでね〜」
村人たちはざわついた。外も危険だが、中も危険である。
「さ、騒ぎがおさまれば無事に出れるんでしょうな!?」
村長が、セルの肩を揺さぶった。揺さぶられながら、セルは答える。
「出られる出られる、平気平気、大丈夫。あっほら三蔵法師様が来てくれたよー」
「ほ、法師様!?妖怪達は、妖怪達はどうなりましたか!?」
「…食い止めで、い゛るどころです」
菊弘の声に、村人たちは安堵の声を漏らす。だが、まだ気は抜けない。
ばきばきばき、と乾いた木の枝が何本も折れるような音が、空中を舞っていた。村人たちは一斉に空を見上げる。
「なっ何だあれは!?」
「新しい妖怪たちの仲間か!?」

羅刹天であった。
羽ばたき、そのまま菊弘のそばに降り立つ。
「これだ」
そうして手渡すのは、例のお粗末な首飾り。無言でそれを睨みつけながら、菊弘は困ったように肩をすくめた。その背後の隙を狙って、妖怪が襲い掛かってくるが、羅刹天が錫杖で頭を貫いた。血飛沫と肉片が飛び散り、村人たちは悲鳴をあげる。
「おーいみんなぁ!こっちは片付けてきたよ〜これで妖怪退治の任務は終了だね!」
サキューが小脇に一人の妖怪を抱えて、こちらに笑顔で歩み寄ってきた。気絶させて連れてきたらしい。乱暴に地面に投げ捨てて、どこからともなく取り出した縄でふんじばっている。
「村長…」
菊弘が、円の外で首飾りを持ってぼそりと呟く。
「ヒッ……!」
村長は、セルから離れてそのまま尻もちをついた。
妖怪退治が済んだというので、村人たちはわいわいと声をあげて喜んでいる。しかし、村長だけが青ざめた顔のまま菊弘を見上げていた。
セルが、結界を解除した。一歩、菊弘がそちらに歩み寄る。
村人たちは不安げに二人を見つめていた。羅刹天は、自身に向けられる畏怖の目を感じながらも、気にすることはなかった。サキューがそんな彼らに向かって、声を張り上げる。
「おいおいコチラはかの羅刹天様だよ〜?神様、神様!」
「言うな夢魔」
面倒だ、と顔をしかめる。この世界で<羅刹天>がどのような立ち位置なのかも分からない。下手に地位を明かすのは避けたかった。
「で、村長。ごちら…例の裏切り者の村人たち゛が首から下げていたと思われるも゛のなのですがね。これ゛を下げてる人間は、今回の襲撃で見逃される、という゛確約があったそうなのです」

菊弘は、ずいと首飾りを村長に突きつける。
「村には裏切り者がいた」
喉の調子はすっかり戻っていた。その声は凛と響いて、空気に染み渡るようだ。すべての者の耳に届く。じんわり、じんわりと脳みそに広がっていく。
「ところで。あなたがその…服の下で、大事そうに握っているものは同じものではありませんか?」
「……そ、そんなこと…!」

村長の周りに居た村人たちが、蜘蛛の子を散らすように身を引いた。
「違う!違うぞ!これは言いがかりだ!…わ、わたしは裏切ってなど…!裏切ってなどいない!!」
「違うのならば見せていただきたい。この首飾りは同じ麻の紐で作られたものだ、違うものであるのならあなたのそれとこれでは麻紐の造りが違うでしょうね。セルにはその違いが分かりますし、なんなら他にも調べる手は」
「騙されるな!こいつは妖怪を率いた生臭坊主だ!!何が三蔵法師だ!偽物だ!!」
村長の張り上げる声に、菊弘たちを怪しむ者たちが増える。

「…サキュー、お前がいい加減なことを言うからこうなった」
「えっへへ!ごめんね!」
菊弘の尻を撫でながら、サキューは舌を出す。その顎目掛けて、菊弘は思いっきりアッパーを決めた。舌を噛んだサキューは、奇声をあげながらその場で転がる。
「私が三蔵であろうが西行であろうが関係はない。そもそも神職…神主だ。なんであれ、そこの男が裏切りに加担していたことは確かだ。私はそれをここに居る者に伝えるのみ、あとは何もしない。依頼通り、妖怪は退治した。その後は自分たちでお好きにどうぞ」

菊弘は、さっと踵を返した。それに小走りでついて行くセル。
「そうだねっ帰ろう帰ろう!宿もご飯も貰ったんだから、もうここに用は無い…あっこの妖怪、あとは君たちの好きにしていいから〜村長とのつながりを吐かせるなりなんなりコロ助なり〜!」
サキューも後に続く。羅刹天は無言で、その隣に並んだ。

「お、お待ちくださいませ!三蔵法師様でなくても…貴方達は我々を救ってくださった…!」
「どうか、どうかこれからのお導きを!私達に救いを!」

呆気に取られ、その場に座り込む村長を追い越して、村人たちが一行にすがるように叫んだ。
「この村はもうおしまいです!妖怪たちに立ち向かうすべがありません!」
「是非とも守護神に!我々の守護神に…羅刹天様!!」
「魔女様!お力添えを!」
「騎士様!双剣の騎士様!!」

「ねえ聞いた?我輩のこと騎士様だって!」
サキューが手を振りながら、菊弘に言った。
金髪をがしがしとかきむしりながら、菊弘はため息をつく。
「良いのか主殿、救いを求める人の手をみすみす見捨てると?」
にたにたと笑うのは羅刹天である。
セルは、自分の体に魔力を集中させて、元の体に戻るところだった。同時に、魔力値のパワーバランスも戻ったので、菊弘もいつもの格好に戻った。
「誰が正義のヒーローなどやるものか」

吐き捨てれば、サキューは残念そうにへの字口で肩を落とす。
「もおーいつもそうやって…もういい!飽きた!完璧に飽きた!何にも面白くない!!」
「…では、帰宅でよろしいかな夢魔?」
セルは、異空間の入り口を開く。
「帰宅帰宅!!帰って録画しておいた最遊記見るんだもんね!!ぷんぷん!」

サキューはいの一番に、入り口に姿を消した。次いで羅刹天が。そして菊弘が入って、最後にセルが歪を閉じながら消えた。
四人がこの世界に居た一切の証拠が、記憶が、すべてが、そうして消えいてなくなった。




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