コラボ2 | ナノ




-敵同士-




キルアがゴンと友達になってから、2週間が経った。
友達。それは閉鎖的な環境で育ったキルアにとって初めて体験した関係だった。流されてそんな関係になったわけだけれど、ゴンと過ごすたびに心地よくなってきている自分にキルアは驚いている。いつのまにか猫をかぶるのもやめていた。

そして気が付いたときには、ゴンに依存していた。
彼が傍に居るだけで、心が和やかになる。話していて楽しいし、素の自分でいられる。

自分の知らない話、心底楽しそうなゴンの笑い声。それらが耳に触れると、自分が悪魔で、彼を騙している罪悪感を忘れられる。
だが、そんなのは一時的なもの。いつもゴンと別れたあとに、背徳感が自分を責めるのだ。
その苦痛から開放されたい。しかし、そのためには自分の正体を暴露しなければならない。そんなことをすればゴンに嫌われる。友達で居られなくなる。
それだけは絶対に避けたかった。そう強く願うほど、キルアはゴンに執着していた。

毎日ここで会おうと約束した場所にキルアは羽根を羽ばたかせて向かっていた。
落ち合う場所は2人が初めて出会った湖。ここは人気が全くなく、聞こえるのは鳥の囀ずりと、小動物たちの鳴き声、風で葉が揺れる音だけ。2人だけの空間といっても過言ではなかった。

キルアは湖の近くの木の枝に飛び乗り、羽根を休ませる。ゴンはすでに到着していて、水辺に腰を掛けていた。
尻尾、角、羽根を隠して、キルアはゴンの元へ向かう。


「キルア!」


キルアの存在に気が付いたゴンは、彼に眩いほどの笑顔を向ける。





その笑みに、キルアも笑って答える。自分はちゃんと笑えているだろうか、と不安になりながら。

キルアはゴンの隣に腰をかける。彼の緩慢で自然な動作をゴンは見つめながら、足をゆらゆら動かしている。

そして、今日はこんなことがあってねーとゴンが話し始める。
彼の日常に溢れた平凡な話を聞くのが、キルアは好きだった。
本当に、何の変哲もない話題なのだ。ゴンの育ての親のミトさんに褒められたとか、天界に居る動物たちと遊んだとか、そんなのばっかり。
でも楽しそうにゴンが話すものだから、聞いているこっちも幸せな気分になるのだ。

大袈裟な手振りで、夢中になって話す友人の姿を、キルアは微笑ましく見つめていると不意にある疑問が浮かんだ。


(そういえばこいつと初めて会ったとき1人でここに居たよな。こんな人気のない場所になんで1人で居たんだ?)


唐突な疑問だが、考えると不思議でならなかった。
天使の子供は、滅多に1人では出歩かない。多くは大人と共に行動する。
なぜなら、力の弱い子供は悪魔に狙われやすいから。当然ゴンもそれを痛いほど身に沁みているはず。彼の同い年の友人が被害に遭っているのだから。
それを分かっていて、なぜこんな場所に1人で居たのだろうか。今だって自分と会うために1人で外出している。ミトはこのことを知っているのだろうか。

考えてもきりがない。丁度ゴンが話に一区切りをつけたので、尋ねてみた。


「なぁ、お前ここに1人で来て危なくねぇの? つか、俺と初めて会ったとき何で1人だったんだよ」

「あー」


キルアの問いかけに、ゴンは後ろ髪をぽりぽり掻いて困ったように笑う。


「実は俺、悪魔と話がしたかったんだ」

「はぁ、なんで!?」


ゴンがその行動に至った意図が分からず、キルアは声を荒げる。悪魔と話がしたかっただと……? 命を落としかねないのに。自分だって、最初はゴンの命を狙って近づいたわけなのだし。

異常な発言をしたゴンを、キルアは胡乱な目で見つめる。
ゴンはそんな視線には慣れていると言うように笑う。


「俺、分かり合いたいんだ」

「……分かり合う?」

「天使と悪魔って言っても何も変わらないじゃないか。だから話をすれば分かり合えないことはないと思って、悪魔に会うために1人で居たんだ。今も悪魔を探しながら、ここに来てるんだ」


実直で意志が強いゴンの瞳を見つめながら、キルアは思った。

こいつは何も分かってない。

ゴンが思っているほど、悪魔は甘くない。自分より弱くて気にくわないものは、たとえ仲間であっても殺して自分の栄養とする残虐な種族だ。悪魔は天使と比べて数が少ないのも、これが理由の1つだ。
自分だから良かったものの、他の悪魔と遭遇していたら確実にゴンは殺されていた。
キルアは思わず身震いする。

キルアは立ち上がって、ゴンを叱咤する。


「やめろよ! そんなこと出来るわけないだろ! お前の友達を食った奴らだぞ!?」

「分かってる。でも……」

「分かってねーよ! 奴らはお前が思うほど……」


キルアははっと我に返る。自分が隠していたはずのしっぽ、角、羽根が出始めているのに気がついたのだ。
それらを隠せるのは、キルアの正常な精神が働きかけてコントロールしているからだ。今、ゴンの発言によって精神が乱れてそれが上手く操作出来なくなってしまった。
キルアが慌てれば慌てるほどコントロールが効かなくなり、悪魔の特徴が露になる速度が増すばかり。


ゴンの表情がみるみる変わっていく。大きく目を見開き、口は開いたまま。しかし視線はキルアから反らさなかった。いや、反らせなかった。



角、羽根、尻尾が完全に姿を現した。
初めて見た悪魔の全貌に、ゴンは息を呑んだ。

一陣の風が2人の間を通り過ぎた。


「はは、あはははは!!」


しばしの沈黙のあと、キルアは大声を上げて笑う。





キルアの異常な様子を怪訝に思って、ゴンは恐る恐る彼の名を呼ぶ。しかし彼の声は、キルアの哄笑によってかき消されてしまった。

一頻り笑い終えると、キルアはゴンに言葉を投げつける。


「……分かっただろ? 俺はお前をずっと騙してたんだよっ。まさかこんな形でバレる羽目になるなんて思わなかったぜ……」

「キルア……」

「触んなっ!!」


ゴンはキルアに手を伸ばすが、無惨にも振り払われた。
ゴンは訳が分からないと言わんばかりにキルアを見つめる。彼の目は黒く澱んでいた。


「俺たちは友達じゃない。敵同士だ」


キルアはゴンから視線を外して、冷たく言い放つ。
そして羽根を広げて、飛び去ってしまう。


「キルア!!」


ゴンはキルアの後を追うべく高翔する。しかし、すでに彼の姿は無かった。



何度もキルアの名を呼びながらゴンは周辺を探すも、彼を見つけることは出来なかった。