-出会い- (ふーん、あれが天使か) 頬杖をついてつまらなそうに視線を投げる悪魔の少年、キルア。 彼の頭には、猫の耳のような形状をした角がある。背中には、鋭く尖った牙が先端に付いている堅い漆黒の羽。臀部には自由自在に操れる細長い尻尾が。光を浴びて輝きを帯びる彼の銀色の髪とは、どちらも対照的な色合いをしている。 この3つの特徴が、キルアが悪魔だということを証明させていた。 キルアが離れて見つめている先には、川に足を浸かしている天使の少年。まだあどけない顔立ちからキルアと同い年か年下だとうかがえる。 彼の背中には鳥の翼のような形をした純白の羽。頭上には金色の環状のものが浮かんでいる。キルアと異なるこの特徴が、彼を天使だと如実に表している。 キルアは天使を直に見たのは初めてだった。悪魔には一定の歳になるまで区域から出てはいけない規則がある。それを破ったら絶望的な苦痛が伴う罰が下されるのだ。キルアも好奇心を押し付けてその決まりを厳守していた。だから生まれてこのかた、仲間以外の種族を見たことがなかった。 そして一定の年齢にまで達したキルアは、外に出ることを許されたのだ。 それと共に、悪魔を束ねる長であり父親でもあるシルバから命令が下された。 『天使を喰え』 天使には悪魔の力を上回るほどの能力が生まれつき備わっている。争いが勃発すれば自分らに勝ち目が無い。そこで悪魔たちは天使を体内に入れたら、彼らの力を得られることを発見した。そうすれば潜在的な悪魔の能力、プラス手に入れた天使の能力、2つの力が手に入る。 外に出るのが許された悪魔は必ず通る道なのだ。 天使の数と比べて、悪魔は少ない。こうすることで天使に牽制ができ、彼らは行き長らえていると言っても過言ではなかった。 天使らも多数の中の僅かが居なくなったとしても気にも留めない。この悪魔の風習と呼べる悪行を知ってはいるが、あえて目を瞑っている。恐れるのは、それがきっかけで戦争が起きること。今や、天使の力を得ている悪魔と戦ったら、多数の犠牲を負うのは確実。ならばこの問題は黙殺すればいいと考えに至ったのだ。 キルアは戦争だとか、悪魔の血だとか心底どうでもよかった。 天使を喰って、力を得られるのならそれに越したことはない。その程度の認識だった。 拍子抜けしたのは見つけた天使の、なんとまぁ普通なこと。 彼が想像していたのは、高貴なオーラを全身から放っているような美少年(同い年だったらそう表現するのが適当かと)。自分たちとは天と地の差を感じざるをえないような成りかたちをしているのだとそう信じて疑わなかった。 しかし実際目にしているのはどこにでもいるような平凡な少年。その羽根と頭のわっかがただの飾りにしか見えなかった。 こんな奴が自分より強いだなんて、キルアは到底思えなかった。 だが、油断は禁物。 天使に自分の正体がバレたら殺されるのは確か。あんな少年でも力は自分より強いはずなのだから。 だからまずは正体を隠して油断をさせてからガブッといこう。そう頭の中で計画を立てた。 早速、キルアは尻尾、角、羽根を隠して天使の少年に近づく。 少年もキルアに気がついて、目線を送る。 「やぁ、何してんの?」 そう笑顔でキルアが挨拶をした。猫をかぶるのが得意なキルアは、見事に愛想のいい男の子を演じていた。 天使の少年も彼と同じように、にこりと笑みを見せて口を開く。 「こんにちは! 今日は天気がいいから、今から水浴びしようかなって思ってたところ!」 君もよかったらどう? と誘われたが、首を振って遠慮しとくよと相手の気分を損ねないように断る。 「隣、座っていい?」 「うん、どうぞ!」 許しをもらい、キルアは彼の隣に腰を掛ける。 近くで見れば見るほど、普通の少年。羽やわっかがある以外は自分となりひとつ変わらない。 「君、ここらへんじゃ見かけない顔だね。羽根もないし、どこの子?」 まじまじと彼を見つめていたら不意にそう問いかけられて、キルアはと胸をつかれる。 怪しまれたか? と疑うも口角を上げて自分を見つめる少年の表情からはなんの疑念も感じられない。あるのは単なる好奇心からだと少年の無邪気な顔が語っている。 あらかじめ考えておいた嘘をキルアは話し始めた。 「……俺、人間と天使のハーフなんだ」 「え?」 うつむいてそう打ち明けるキルアに、少年は驚きの声を上げる。 「話だけなら聞いたことあるだろ? 天使が地上に足を運んだときに人間に恋をしたっていう」 「うん……」 「その天使と人間、俺の父さんと母さんだな。その間にできた子供が俺でさ。まぁ、神様がそんなの許すわけないだろ? 勿論天使の父さんは天界から追放、人間の母さんは殺されたよ。俺が8歳ぐらいのときかな。俺は神様に連れられて、そのままここに放置。羽根もわっかもないのは、ハーフだから。ずっと独りぼっちだったんだ……」 だから君を見つけて嬉しくなって声をかけたんだよ……と両膝に顔をうずめ、声を震わせて話し終える。 我ながら名演技だとキルアは笑いそうになるが、ぐっと堪える。 さぁ、この少年はどんな反応するか。同情するか、もらい泣くか。どんな反応にしろ、正体を見破られない自信はあった。 「はは、ごめんな。辛気くさく……!?」 突然感じられた温かい一肌にキルアは驚愕する。 な、なんだ!? 俺は今何をされてるんだ? 冷静になって状況を判断しようと試みるも、ようやくそれを把握できたのは背中をぽんぽんと叩かれたときだった。 今、自分は目の前の天使に抱き締められている……。それだけでも吹驚ものなのに、それ以上に彼が発した言葉がキルアを動揺させる。 「そうだったんだ。1人で寂しかったんだよね。大丈夫! もう俺たちは友達だよ!」 「は、はぁ!?」 い、意味が分からない。 友達になりたいために、さっき嘘を吐いたわけじゃない。 いや、ちょっと待てよ……。これはチャンスじゃないか。 キルアは目の前にある少年のうなじを見つめながら、冷静に考えた。 彼は今、確実に油断している。それを狙って食べてしまえばいい。これはまたとないチャンスだ。 キルアはにやりと笑みを浮かべて、少年の首筋に牙を立てようとした。しかし、また彼が話し始めたので噛み付こうとした口を一端止める。 「俺ね、年が近い友達が居ないんだ。みんないなくなっちゃった。元から少なかったんだけどね」 暗い話題のわりには、明朗な口調で話す彼を訝しく思って、キルアは口を閉じる。 自分が言ったようなでまかせをこいつも吐くつもりなのか、と思いながら彼の話に耳を傾ける。 何でだろう。早く食べてしまえばいいのに。そうすれば力が手に入るのに。 それはしてはいけないように感じた。理由は分からないが。 少年はキルアから体を離して、遠くを見つめた。 彼の大人びた横顔から目を離さないようにして、キルアは尋ねる。 「……なんでいなくなったんだ?」 「悪魔に食べられちゃったんだって……」 悪魔、自分たちのことだ。 そうみんなが天使を食べて力を得るなか、大抵狙うのは未熟な子どもの天使だ。 力を使われたら殺されるのは確かだが、大人の天使と比べると戦闘能力が格段に低い。なのに食べたら得られる力は大人のものとさして変わらない。 だから悪魔が子供をターゲットするのは必然。だから天使たちは子供はなるべく1人で外出させないようにするのだ。 けれど、何故この少年は辺鄙で人気のないこんな場所で1人佇んでいたのだろうか。 寂しそうな表情から一転して、少年は笑顔をキルアに向ける。 「だから君と友達になれてすごく嬉しい! あ、名前を言ってなかったね。俺はゴンって言うんだ! 君は?」 「……キルア」 「へへ、キルアー」 嬉しそうに自分の名前を呼ぶゴンに、キルアの胸は暖かい温もりに包まれていくような心地よさを感じた。動悸も早い。心臓がばくばくと鳴っている。顔も暑い。 なんだ、この現象は。これも天使の能力なのか。 そう困惑しながらも、キルアの口はおもむろに開く。自分の意思で動かしているのか、もう分からなくなってしまった。 「ゴン……」 「なーに、キルア?」 別に用があって呼んだわけじゃない。 ただ彼の名を呼べば、自分の体を支配している高揚が止まるかと思ったのだ。 しかし、止まるどころかより悪化するだけだった。 (この気持ちは一体何なんだ?) |