プリーズギブミー



「これ、ちょうだい」
 耳を疑う。
 ガルルの直属の上司は、年相応の可愛げと言うものを欠片も持ち合わせていない子供だ。彼はついぞ耳にしたことのない子供らしい口調を披露してみせ、白衣の袖口から覗く日に当たることを知らない不健康な肌色が、これ、と指差した先には覚えの有り過ぎる色が存在した。
 情熱を、激情を、警告を、生を、死を、愛を、彷彿させ、駆り立てる。熟した果実、或いは滴る鮮血の、苛烈なまでの赤。
 過去にそれを燃えるような夕日になぞった記憶が昨日のことのようにありありと思い浮かぶ。見紛う筈がない。彼がモニター越しに指し示したのは、血を分けたガルルの実弟だった。
 凝視。熟視。魅入られたかのように視線がただ一点に注がれ、双眸には視線の先の対象に対する爛々とした興味が窺える。彼はモニターの表面に指の腹を這わせ、色を拭うようになぞった。次いで爪先が色を掻くと、かつりと硬質な音が響く。執着を匂わせる仕草に、戸惑う。
「これ、あんたのだろ?」
 これ、は弟を、あんた、はガルルを指す。そこまで良い。問題なのは、彼の言葉のニュアンスから察するに、彼は弟をガルルの所有物だと思っている節が窺えることだ。言わずもがな、答えは否である。
 血を分けた実弟であっても、弟はガルルの所有物ではない。まるで幼子が菓子か何かを強請るように「ちょうだい」と求められたところで、はいどうぞ、と差し出せる権限はガルルにはない。
 その旨を伝えると、ふうん、と感嘆句にも似た相槌が返る。理解を得たかどうか実に微妙なラインだ。
「あんたのじゃないんだ」
「ええ、弟ではありますが、ね」
「そっか、あんたのじゃないのか」
 独り言めいた呟きと共に、彼の口角が緩慢と吊り上がるのを受け止める。ああ、とガルルは内心で嘆息し、己を呪った。
「じゃあ、」
 これは失態だ。しかも、かなり重度な失態と言える。彼に伝えるべきことはもっと基本的なことでなくてはいけなかった。ガルルの所有物でない以前に、
「これ、おれのにしてももんだいないよな?」
 弟は「物」ではないのだ、と。




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