エマージェンシー



 突き付けられた銃口から覗く闇に終わりを見出せず、その小さな筒口に引きずり込まれるような錯覚に気管が細くなるのを感じた。息苦しさに喘ぐように薄く唇を開く。生じた隙間から侵入した空気がやがて肺に落ちるまでの、そのほんの僅かな時間が永遠を思わせた。それほどまでに緩慢に、おとこは口角を吊り上げる。空気の冷たさが肺を擽ると同時におとこは笑った。愉快げに歪んだ口許。細めた双眸は銃口から覗く闇よりも尚暗く、背筋に冷たいものが走る。おとこの指先がゆっくりと引き金を絞る。口内が渇く。動悸が止まない。

 ―――――ぱんっ!

 耳を劈く破裂音―――と共に多彩な紙吹雪が舞う。火薬の臭いが鼻腔を擽った。
「―――っ、?」
 耳鳴りが止まない中、ひらひらとその身をそよがせる幾本もの紙テープが、遅れて紙吹雪が落ちる。目に騒がしい色彩が床を飾り、それを茫然と見詰めた。上手く働かない思考を笑声が撫でる。その音を辿り、徐に視線を持ち上げれば、黒い鉄の塊を手中に収めて破顔するおとこと視線がかち合った。
「け、ろ」
「ギロロってば間抜け面」
 徐々に冴え渡る聴覚がからかいを含ませた声色を拾い上げ、薄く膜を張っていた思考を覚醒へと導く。おとこ―――幼馴染みの手中に収まっている黒い鉄の塊が照明灯を鈍く反射し、床の惨状とのミスマッチさを物語った。
「そんなにびっくりした?」
 幼馴染みは身を屈めて紙吹雪を一片摘み上げ、指先で弄ぶ。薄紅色のそれはまるで春先に綻ぶ桜を思わせた。唇を軽く尖らせ、息を吹きかける。花びらは幼馴染みの指先から離れ、再び床に落ちた。
「…趣味が、悪い」
 渇いた喉から素直な感想を零す。その掠れた声色に幼馴染みは僅かに眉尻を下げた。ばつが悪そうに笑う。
「ちょっとおふざけが過ぎたであります」
 手を取られ、黒い鉄の塊を手渡される。手のひらに微かな熱が伝い、知らず眉を顰めると、謝罪と共に頭を軽く撫でられた。



 照明灯もろくに機能させない薄暗い室内。ディスプレイの照明に縁取られたおとこの後頭部に銃口を押し当てれば、キーボードの上を踊っていた両手がゆっくりと掲げられた。
「わお、先輩ってば過激だねぇ」
「そうか?大人しくしろ、とでも言えばそれらしくもなったのかもな」
 飄々とした軽口は崩れることなく、後輩は肩を微かに揺らして笑う。後頭部から銃口を離すと、回転椅子が軋みを上げて半回転し、掲げられていた両手が白衣のポケットへと潜り込んだ。
「それ、良く出来てるだろ?玩具だとアンタは直ぐ見破っちまうからって、隊長と随分苦心したんだぜ」
「貴様等は才能を無下にし過ぎだ」
 幼馴染みは無駄に手先が器用な癖に、それをほぼ趣味にのみ行使する。眼前の後輩の類い希なる頭脳もまた、悪巧みの類にばかり活かされている。銃身を撫でながら嘆息すれば、何を今更、と後輩は肩を竦めた。白衣のポケットから這い出た一方の手に手中の黒い鉄の塊を攫われ、天井を突くように掲げられたそれが弾かれる。
「アンタの才能が鈍らないようにって言う親切心だよ、先輩」
「余計なお世話だ、馬鹿者」
 そよぐ紙テープも舞う紙吹雪もなく、耳鳴りと鼻腔を擽る火薬の臭いだけが、ただ煩わしかった。

(平穏と言う名の毒を撃ち抜いて)



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