悔い改めなさい、
然れば救われる




燃えるような赤い髪を絡め取る、その指先は俺のものじゃない
その儘指で髪を梳き、くしゃりと頭を撫でる手のひらは俺のものじゃない
少し癖のある髪の感触を知る指先が疼いて、誤魔化すように拳を握る
手のひらに食い込む指先と爪とが生む痛みで戒めたところで、ひくつく口許はどうしようもない

黒と見紛うほどの深い紫色の髪を縁取る室内の明かりさえも煩わしいとクルルは目を細めた。
メインスクリーンを背に腰かけた座席は妙に座り心地が悪く、何度も足を組み直す様は落ち着きに欠ける。
レンズ越しに映るのは、片や悪夢、片や悪魔と称される兄弟ふたり。
遠征中の弟を気遣い、休暇を利用して遠路遥々いらっしゃいませお兄様な現状を前にして、睦まじい兄弟仲を微笑ましいと思えるような性格ではない。
元よりそう言う類の感情とは縁が薄く、増してや片方が想いびととなると、もう一方なんぞ邪魔で仕方ない。
自分がそんな狭量なおとこだと、クルルは嫌と言うほど理解していたが、理解したところで改められるものでもないのだ。
イライラだかムカムカだか、取り敢えずはただ腹立たしいの一言に尽きる。
ふつふつと沸き上がる苛立ちと独占欲。
私物扱いなどしようものなら拳どころか弾丸が飛んで来そうだが、敢えて言わせて頂きたい。
(俺のもんに気安く触ってんじゃねぇぞ、このブラコン野郎ッ!)
―と。
元部下を称するにそれはあんまりだ、とクルルを責める者もない。
暴言を胸の中だけに留めた自分を褒めてやりたいくらいだ。
行き場のない感情は燻るばかりで、いっそ全て喰らい尽くすような獰猛さを曝してくれればいいのにと眼鏡のブリッジを指先で苛立たしげに押し上げる。
しかし、それが幼稚な嫉妬心と自覚しているだけに踏み込めない。
なんで、どうして、と自分の思い通りにならない事態に不満を募らせて膨れっ面を晒す気は微塵もない。
それでも舌打ちくらいは許される筈だ。
想いびとに触れているのは自分でなく他のおとこで、それが喩え血の繋がった兄だとしても気に食わない。
触れていること自体もそうだが、それに拍車をかけてるのは、頭を撫でられているそのひとの表情だ。
クルルにはけして向けられない、少なくとも今までに向けられたことのない柔らかな表情がそこにある。
微笑むでもない、が目元が優しく緩み、それは安堵を滲ませていた。
赤い髪を弄る指も、頭を撫でる手のひらも、ギロロは拒まない。
やめろ、もう子供じゃない、など口ばかりで、悪魔と畏怖を抱かれているとは思えない表情を兄であるガルルに向けるのだ。
ガルルの気に障るほど涼やかな微笑も相俟って、クルルは眉間に深く皺を刻む。
(…っ、クソッたれっ)
内心で毒づくのと同時に床を蹴るように座席から腰を上げ、荒々しい足取りで白衣を翻す。
ずかずかと無遠慮に領域を侵し、クルルはギロロの腕を掴んだ。
ガルルから引き剥がすように胸元に引き寄せれば、眼前で揺れる赤い髪と鼻腔を掠めた陽の匂いが幾分か苛立ちを宥める。
「っ、クルル、いきなりなん…」
「うっせー、ちょっと来い」
「は?ちょっ、おい!」
「失礼します、中尉殿」
深い紫色を一瞥して背を向けると、掴んだ腕をその儘に司令室を後にした。
そんなふたりの背中を見送り、ガルルは吐息を零すように笑う。
「随分と感情豊かになられましたね、少佐殿」
元と付属しない辺りが嫌味なのだ、とガルルを責める者はなかった。

司令室を出てから無言を貫き、自分の腕を掴んだ儘前を行く背中をギロロは必死になって追う。
腕を掴まれた体勢ではバランスが崩れ、転けないようにするのが精一杯だ。
振り解こうにも、手の型が残りそうなほど強く掴まれる理由が見えず躊躇われた。
「クル…、ちょっと止ま…れっ…おいっ、クルル!」
先ほどから白い背中に呼びかけても長い廊下に虚しく響くだけで、クルルが立ち止まる気配はない。
「っ、クルル…せめて力を緩めろっ、指が食い込んで痛…」
い、と続く筈の言葉が、次の瞬間小さな呻きに変わる。
立ち止まるのと同時にクルルが振り向き、掴んだ腕を壁に押し付けたのだ。
腕、そして続けざまに背中に痛みが走る。
ギロロは眉を顰め、自身の置かれた理不尽な状況に声を荒げた。
「貴様は一体何がしたいんだっ」
掴まれた腕の痛みも、無言を貫くクルルの態度も、壁に押し付けられた現状も、それが何を示すものなのかギロロには判らない。
察しろ、など言おうものなら殴り飛ばす意気込みでクルルを睨み付ければ、返ったのは言葉ではなく、腕を掴むのとは逆の手が顔の真横の壁を殴った衝撃だった。
握った拳が空気を切るのを頬で感じ、そして鼓膜を撫でた声色は思いの外低い。
「アンタ、ほんとに俺を苛立たせるのが上手いな」
レンズ越しにクルルが双眸を細め、ギロロはそこに宿る焦れた色と対峙する。
「何をそんなに苛立ってるのか知らんが、理由も判らずに貴様に振り回されてやるつもりはない」
だから理由を話せ、とギロロは迫る。
「普段は長々と嫌味ったらしく喋るんだ、出来んことはないだろう」
更に加えれば、暫しの沈黙が流れた。
沈黙を裂くようにクルルは諦めに似た溜め息を吐く。
指が食い込むほどの圧迫感から腕が解放され、顔の真横の拳が解かれた。
腕が自由になると共に切迫感からも脱したギロロは知らず胸を撫で下ろす。
だからだろうか、クルルが両腕でギロロを囲う形で壁に手を突き、口付ける為に顔を寄せても一切の抵抗を見せなかったのは。
唇に触れるその感触を、それが何を示すのかギロロは知っていた。
知っていたが、今の現状で何故その行為に至るのかが理解出来ずに上手く結び付かない。
クルルは苛立っていて、ギロロはその理由が判らなかった。
判らないから問い、これからその答えを聞けるものだと思っていた。
思っていたのに、これは何だろうか。
クルルの顔がやけに近い。
近いどころではない。
レンズ越しにだが、閉じた瞼を縁取る睫が髪と同じ色をしているのが判る。
それをぼんやりと見詰めていると、瞼が薄らと開き、クルルは唇を離した。
態とらしいリップ音にギロロが現状を把握する。
「―――っ!な、にして…っ」
離れたのも束の間、再び唇を寄せようとするクルルを阻むようにギロロは手のひらで口元を覆うと、クルルは器用に片眉をひょいと持ち上げた。
「は?何ってキスに決まって…」
「っだああああ!んなことを聞いてるんじゃないっ、何で今この状況でキスに至るかを聞いとるんだ、馬鹿者!」
クルルは悩むように首を捻り、しかしそれは結果的にポーズに過ぎなかった。
「………したかったから?」
「本気で殴るぞ?」
「んだよ、それ以外に理由なんかねぇだろ」
「そう言う戯れ言はひとの問いに答えてから言え、俺はまだお前が苛立っていた理由を聞いてない」
先ほどと同様に睨み付けると、クルルは持ち上げていた眉をばつが悪そうに顰めた。
口角も心持ち下がり、まるで拗ねた子供のようだ。
「アンタが悪い」
クルルは壁に突いた両手を離し、一方で口元を覆うギロロの手を外した。
包むように握ったそれを壁に縫い付け、もう一方の手で傷の走る頬を撫でる。
慈しむように柔らかなそれにギロロは抵抗を忘れて硬直した。
「俺以外に気安く触らせてんなよ、せんぱい」
不遜なもの言いとは打って変わって、耳元で縋るように吹き込まれ、ああ、とギロロはクルルの苛立ちの原因を理解した。
頬を撫でる手のひらと傷を這う指先の感触に息を詰まらせながらも口を開く。
「あれは、その、兄弟間のスキンシップに過ぎな…い」
「だから気にするなって?気安く触らせてんのもそうだが、何より俺はアンタが俺には見せない安心し切った面を晒してんのが一番ムカつくんだよ」
胸クソ悪い、と睦言と紛うほどに甘い声色にギロロは眩暈を覚えた。
クルルと壁に挟まれ、耳に唇が触れるか触れないかと言う距離で囁かれ、ついに居心地の悪さが頂点に達すると空いた手でクルルの肩を押す。
否、実際は押そうとして失敗した。
耳に唇が触れる。
耳朶を食まれ、生温かい湿った感触が奥に差し込まれ、肩を押そうとしたギロロの手はその衝撃に白衣を握り締めた。
「ひ…っ!」
喉が無様に鳴き、悲鳴にも似た掠れ声が絞られる。
「や、めっ…」
緩く拘束した身体が強張り、白衣の皺が深くなるとクルルは愉快げに喉を鳴らした。
羞恥に頬を染め、ギロロは壁に縫い付けられた手を振り解こうと抗う。
しかし、見計らったようにクルルは拘束を強めた。
「おっ…と、抵抗すんなよ」
傷付くだろ、なんて口角を吊り上げる様はさながら悪役のようで、それが酷く様になるおとこに対して安心し切った顔など晒せる筈もない、とギロロは思うのだ。

(貴様相手に安心なんか出来るか!)



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