おとこはおおかみなのよ



もう直ぐ日付が変わろうかと言う時間帯、自分の領域に帰ろうと踵を返した彼の背中に縋るように手を伸ばした。肩に掛かるベルトを掴んで軽く引き寄せる。前へ進もうとする力とそれを阻む力の狭間で彼は上半身のバランスを崩し、立ち止まると同時に振り向いたその表情には苦いものが浮かんでいた。何だ、と不機嫌な声色が鼓膜を震わせる。
「今夜は一緒に寝ましょ?何も変なことしないんで」
「…貴様がそうやって先手を打つときはろくなことがない」
顰めた眉が苦い表情を更に色濃いものにし、誰がどう見たって恋人(喩え頭に仮にも、とついたとしてもだ)に向ける表情ではないと答えるだろうが、そんな一般論はどうだっていい。今、重要なのは彼に首を縦に振らせることだ。そうなればこっちのもの、あとはどうとでもなる。
「そう疑われると、逆に期待されてんじゃねーかなーとか思っちゃったり」
「くたばれ」
する訳なんですけども、と続く言葉は余りに辛辣に切り捨てられた。切り捨てられただけならまだしも、彼の右手の人差し指に額を弾かれて、その部分が地味に痛い。ひりひりと痛む額を擦り、衝撃でずれた眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。
「でこぴんとは心根のお優しいことで」
レンズ越しに恨めしげな視線を送れば、苦い表情に笑みが加わる。
「貴様は子供か」
「どーせアンタよか年下ですよ」
「拗ねるな、一緒に寝てやるから」
その言葉にぽかんと惚けた顔をしてしまったのは仕方のないことだと思う。



「何も変なことしない」と優等生ぶった台詞を吐いたのは誰でしょう?そうですね、俺ですね。俺様そんなこと口走っちゃった気がします。
「………だからってマジで寝るか?」
ありえねぇ、マジありえねぇ。吐き出した溜め息は規則正しい寝息に重なり、虚しく部屋の壁に吸い取られてしまう。ベッドの左半分を占領する温もりが憎たらしくて、うつ伏せ寝で頬杖を突きながら斜めに見下ろす無防備な寝顔に、文句の一つや二つや三つや四つ並べ立ててやりたくなった。無防備な寝顔が信用の証だと言うなら、それはおとこして喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。けして嬉しくない訳じゃない。戦場の悪魔と呼ばれる彼が安堵出来る場所が自分の傍らであるなら、それは喜ぶべきことだと思う。しかし、しかしだ。
(ほら俺ってお年頃って言うか、おとこはみんな狼って言うか、色々ある訳なんですよっ)
思考をぐるぐると巡る言い訳は誰に対してのものだ、と尋ねられれば、きっぱりと自分に対してだ、と答えることが出来る。
「この状況で理性もクソもあるかよ畜生」
そう苦々しく呟き、身を起こして彼の顔の横に左手を突く。上半身だけ覆い被さる形で見下ろす寝顔にそろりと右手を伸ばした。存在を確かめるように指先で輪郭をなぞり、その儘手のひらを頬に添えて走る傷痕に親指の腹を這わせる。ん、と唇の隙間から零れた低音が鼓膜を震わせ、その震えが痺れに変わった。背筋を駆け抜ける痺れに思考が揺さぶられる。衝動に身を委ねて親指を傷痕から唇へと移動させ、端から端まで下唇を撫で上げた。微かな隙間、零れる吐息、覗く赤い舌。それ等は欲を煽るには充分過ぎて、誘われる儘に顔を寄せた。触れた柔い感触は欲を満たすどころか更に煽り立てる。微かな隙間を縫うように舌先を口腔に忍ばせて相手のそれに絡めれば、くぐもった声にじんわりと脳が痺れた。眼鏡を外しているせいか、いつもより近く感じる瞼を縁取る睫が震え、今にも持ち上がりそうな瞼に複雑な気持ちになる。目を覚まして欲しいのか、それともこの儘眠り続けていて欲しいのか。せめぎ合う正反対の思いすらやがて欲に飲まれて、取り敢えず言えるのは、早く抵抗してくんないとこの儘突っ走っちまうってことだけだ。

(ああでも、抵抗されても結局は)



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