体中の至る所から軋む音がする。そういえば彼が私の前に姿を現さなくなってもう何年が過ぎただろうか。ふと思案するが、それ以前に私はずっと外に出ていないし、誰とも顔を合わせていなかったのだから、思い出したところで誰かに確かめたりすることなどできない。私は溜め息を吐いて、固く冷たい木彫りの椅子に腰掛けた。傀儡が溜め息を吐くなんて可笑しな気分だが、実際溜め息を吐けば笑うこともできるのだから、なんら可笑しい話ではない。しかし違和感が消える事は無かった。こんな時、いつも私は彼に尋ねていたのを不意に思い出した。朧げではあるが、確かに記憶の中で私は彼に質問している。
「何故私は動いているの」
「…チャクラが動力だと前にも教えなかったか?」
作業していた手を止め振り返った彼は呆れたように言ったが、私は続けた。
「そうじゃなくて…なんていうか、どうして私は動こうとしているのか、ってこと」
「ったく面倒なことを考えてるんだな」
彼の言葉は、呆れたようにではなく、呆れ返った響きがあった。私は目を伏せて謝った。その瞬間、彼の瞳の色が変わる。
「なまえ、お前は思考する」
彼は諭すように言った。
「それは本能だ。お前に本能があるのかどうか怪しいが、大方人間だった頃の名残りだろう。思考すれば、様々な感情も出てくる。ああしたいだのこうしたいだのと、欲求も出てくるな。…まあ、小難しいことを考える必要はねえか」
「必要ない?」
私がこてんと首を傾げると彼はくつくつと喉を鳴らし作業を再開した。
「生きているから」
彼のその言葉はそのときの私にはまるで理解ができなかった。実を言うと、今でもよく分からないままである。だが彼が言わんとしたことは、少しだけ、少しだけ理解した。
私は彼を思い出す。彼の言葉が空っぽな身体に沁み付いている、その事実だけで私は動くのだ。彼があの頃在ったのだということを私は確かに知っているから、多分私は生きている。確信はできない、しかし否定もできないだろう。
何故なら私は今、彼のあの笑顔を思い出して泣き、それを拭うティッシュを取るために軋む体を動かし歩いている。
110922 修正