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マフィア。黒いスーツに身を包み、サングラスで瞳を隠し、無表情を取り繕って非道を背負って、光が反射して歪みを含んだまま輝く拳銃。それをこめかみに宛がう。カチリと安全装置が外された音が鼓膜を震わせる。死の恐怖が迫る。鼓動が早くなる。ジャスト十秒、引き金を引かれる。
死神。別にどうということはない。黒い布を身に纏っていなければ某死神漫画のような斬魄刀なんか持っていない。命を刈り取る鎌だって持っていなければ白骨化した身体でもない。ただ、笑っている。しかし笑うのは楽しいからでも幸せだからでもない。ただ単に生に無頓着で、笑うという行動を単なる人生における装飾程度にしか捉えていない。死神なのに“人の生”と言うのも可笑しな話だが、ようはそういうことである。死神は笑っている。笑いながら、死を宣告する。ただそれだけだ。

「あの、」
頭上から柔らかい声が降ってくる。沢田は微睡みから覚めて、何度か瞬きを繰り返してから顔を上げた。自らとそう年は変わらないであろう、あどけない微笑みを浮かべた少女がそこにいた。

「沢田綱吉さん、ですか」
「え?…ああ、はい。そうです」

唐突だった。見かけたこともない少女に自分の名前を吐かれるとは、予想外だ。沢田は慌ててプラスチック製の白い椅子から腰を上げた。がたん、コンクリートとプラスチックが擦れる音がする。街中の喧騒がいつになく遠ざかって聞こえた。

「あの、えーと、オレ、沢田ですけど…何か、」

用ですか。その言葉は遮られた。そのかわりに、少女の高い声が沢田の鼓膜を振動させた。

「すみません。あなたに恨みはないのですが、まあ、恨んでいようがいまいが変わらないんですけれど、とにかく、沢田さん、あなたは死にます」
「は?」
「正確には、わたしが殺します。知ってました? 死神って、いるんですよ。見た目は普通に見えて、案外、そこらじゅうに潜んでるんです」
「…いやいや、えええ!?」

へらりと笑ったままつらつらと述べる少女に沢田は驚くことしかできなかった。どうしよう、この子大丈夫かな。頭が。沢田はいつになくブラック思考な自分に内心吃驚しながら、少女の瞳をただただ見つめた。
彼女の瞳は、ブルーグリーンだった。


「わたし、あなたの命を貰いにきました」
「………!」
「でも、淡々とあなたを殺すのは忍びないので、ああ、これ嘘じゃないです。死神にだって情はあるんです。それでですね、わたし、あなたに猶予をあげようと思うのです」
「………!?」
「あと数年、もしくは数十年、あ、これは言い過ぎました。そうですね、あと十数年くらいなら、寿命を延ばして差し上げます。ただし条件付きです」

沢田は最早何も言えなかった。彼女は誰だろうとか、彼女を今すぐ病院に連れて行った方がいいのか自分が家に逃げ帰った方がいいのかとか、彼女はもしかしてマフィアの一員なのかとか、ていうかこの子可愛いな、とか、あらゆることを考えていた。無意味な言葉の羅列が脳内で散漫している。ああどうしてこんな時に限って獄寺くんも山本もリボーンもいないのだろう。普段は四六時中絡んでくるというのに。沢田は目の前の少女の大きな瞳から目を逸らした。思いのほか、その目は美しかったのだ。


「あの」
「はいなんでしょう、沢田さん」

彼女は話を突然遮られた事に何の感情も抱かなかったらしい。ただ変わらない笑顔がそこにあった。沢田は顔を歪めかけたが、なんとか平常心を保った。なんだろうこいつは。笑っているのに、笑っていないようだ。不意に白蘭の顔が頭に浮かんで、いそいそとその思考を振り払った。そして少女の瞳に目を向けた。


「その…、オレ、あなたに殺されるんです、か」
「そうです」
「どうして、」
「えっ。理由なんて必要ですか?」

理由。自らは何故死ななければならないのか、それを沢田が問う事を彼女は全く想定していなかったかのように、否、実際していなかったのだろう、目を丸くした。


「わたし――わたし達死神は、人を殺すのが仕事なんです。人を殺さなければわたし達は生きていけないから、だから…ああ違いますね、これはあなたの質問への解答になってない。…そうですね、わたしがあなたを選んだ理由は」

少女は言葉を切って、また微笑んだ。それは悲哀を含んでいた。


「あなたに一目惚れしたから――じゃ、駄目ですか?」

はにかみながら小さく答えた少女のその言葉は、あまりにも残酷だった。少なくとも、それが理由で殺されなければならない人間にとっては、至極。






沢田は結局翌日になっても生きていたし、一年、二年、十年と時が過ぎ去っても、死ぬ事は無かった。それが意味するのは、少女が似非死神だったということではないことを、沢田は理解していた。
彼女は紛うことなく死神だった。黒い鎌も白骨化した身体も持ってはいなかったけれど、彼女は死神だった。ただ、あの日の翌日に訪れる筈だった死が、あと数年後、あるいは数日後に延期されただけのことである。
少女は言った。まだ死にたくなければ、あなたは人を殺さねばならないと。あなたも人の命を刈り取れば、それでとんとんなんだ、と。そしてその殺さなければならない人物は、あなた自身、つまり沢田なんだ、と。

彼女は死神だった。笑いながら死刑宣告を下す、血に濡れていない死神。


「オレはボンゴレのボスだっていうのに、死因は自殺なんだもんなあ。やってらんないよ」

ようはそういうことである。死神は笑っている。笑いながら、死を宣告する。そして死を宣告された人物は、拒否しようがしまいが自ら命を絶たねばならない。ただそれだけだ。




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新年ですが一発目は意味不明なシリアスで決めてみました。
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