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明日世界が壊れたらどうしよう。突然の言葉に坂田は狼狽した。妙に真剣な面持ちで「あんたに聞きたいことがあるんだけど」と言われ身構えていたのだが、内容は極めてファンシーで夢見がちなものだった。いや、世界崩壊論をぽつぽつと語る彼女に夢見がちな要素はまるでないのだが、坂田にしてみればそんな話をされたところで絶望も何もないわけで、常識的に考えてみても、冒頭の彼女の懸念はある意味人類が描いてきた夢だ。救いようの無い、しかしどこか希望の篭った祈りだ。
坂田は彼女の質問にどう返すべきか考えながら、クリームソーダを掻き混ぜる。どろどろの液体になって、グラスには結露して出た水が伝っていた。まるで十代の惰性に溺れる俺たちみたいだ、と坂田は柄にもなくメランコリーに耽る。

「…あー、明日世界が壊れたら、かァ……」
声に出してみても、さして今の気分が払拭されるわけではない。坂田は舌打したくなった。なぜ俺はこんなやつのしょうもない夢に振り回されているんだ。

「つったってよ、どうしようもないだろ。精々パフェに埋もれて死にてえとか、綺麗な女に囲まれて死にてえとか」
「最悪」

と言いながらも、彼女の表情は柔らかくなっている。ほっと一安心し、坂田は最早クリームというよりは泥と比喩した方が似合うクリームソーダを飲み干した。彼女の無表情な顔を見るのは、なぜか坂田にとって苦痛だった。一応付け加えておくと、坂田と彼女の関係は所謂友達以上恋人未満というやつで、決して恋愛感情は持っていない。
坂田は氷だけ残ったグラスをテーブルに置き、頭をかいた。ファミレスやファーストフード店でぐだるのは坂田にとって日常的なことだが、こうやって真っ直ぐに対面して話をするのはどうもむず痒く違和感を感じていた。


「…まあ、いつもどおり過ごすんじゃねえの? 学校行って、グダって、帰りにファミレスに寄ったりしてよ」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ」

相槌を打つと、彼女は微妙な顔をして黙り込んでしまった。もしかして、こいつはノストラダムスの大予言などを信じるタイプだったのだろうか。そうは思えないが。


「つーか、お前はどうなわけ」
坂田は頬杖をついて彼女に尋ねた。また沈黙が続いたが、不意に彼女は口を開いた。

「あたし、嫌だな」
「何が」
「明日世界が壊れるのが」

どうやら本気で彼女は言っているらしい。坂田は彼女の嘲笑になんと言葉を返せばいいのか一瞬分からなくなった。そうだ、笑い飛ばしてやればいい。なぜ今頃こんな夢を見ているのかと。だが坂田は何も言わなかった。言えなかった。


「あたし、明日死ぬらしい」

爆弾を落として、彼女は笑った。その笑い顔を、坂田は呆然と見つめた。
今更ノストラダムスの夢を見ているのか、なまえ。そう笑って言葉を返す事も、グラスの中の残骸を見つめる事も、何もできなかった。

「ねえ坂田、逃げよう。世界から、逃げよう」





彼女は、結局翌日も生きていた。しかしどこからどう見ても衰弱していたし、事実、彼女はその四日後に息を引き取った。死因は心臓麻痺。彼女の心臓は、彼女が思っていたよりも強かったが、坂田が思っていたよりずっと弱かったわけだ。つまり、彼女の夢、世界が明日壊れるなら、いっそ明日という未来、絶望から逃げて先に死んでしまおうという夢は叶わなかった。
彼女は一体、誰から明日死ぬなどと嘯かれたのか、今となっては何も分からない。分かっているのは、彼女は存外ロマンチストだったということだけだ。

「坂田」
ふと、後ろから声が聞こえた。女の声だ。振り返った。だが、誰もいない。

彼女に、あのとき一体何と返してやればよかったのだろう。坂田は舌打して、再び歩き出した。
明日が、見えていた。




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