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「僕は一体、何者なんだろう」
自問する彼の隣で、私は笑った。とても寒い冬のことだった。






私の記憶の中の彼は、常に微笑んでいる。それが本物の笑みであったか無かったのか、今となっては確かめようも無い。しかし時折、ふと思い出すのだ。自分の存在を問うた彼のあの微笑は、どこか寂しそうなものだったな、と。しかしそれは随分前のことのため、彼が本当にそんな表情を浮かべていたのかどうか定かではない。
私は彼の墓石に降り積もった雪を手で払いのけて、その場にしゃがみ込んだ。トム・マールヴォロ・リドルと刻まれたそれは、手先が痺れるほど冷たい。

「死なないって言ったくせに、馬鹿な人」

返事は、無い。私は墓石を撫でて傍に黒い薔薇を添えた(本来なら白百合でも飾ってやるべきなのだろうが、彼にそんなものは似合わないだろうと思い、野薔薇を摘んできたのである)。
雪の中に埋もれる黒、それはまさしくヴォルデモートだ。純粋に死を恐れるあまり彼は歪んでしまったのである。白い筈なのに黒い彼には、もしかしたら闇の帝王なんて大層な名前は相応しくないのかもしれない。ぼんやりと雪景色を眺めながら、暫し物思いに耽る。
彼は酷い人だった。だが彼は優しい人でもあった。その優しさが愛おしかった。…ああ駄目だ、私はこんなことを思うためにここへ来たんじゃないのに。
ぎゅっと腕を握り、自分の身体で顔を覆った。手足が震える。目が熱い。泣いてやるものかと私は目を大きく見開いた。

「私、貴女が好きだったのよ」

好きだった。彼に死んで欲しくなかった。だが、彼が死なぬために誰かを傷つけ、その度に彼自身が傷ついていく様を見ているのは堪えられなかった。
結局私も彼も、同じ夢を見ていたのだ。どうすれば失わずに済むのかと、子どものような夢を。

「死を克服したとき、僕は一体、何者なんだろうね?」

彼の声がひっそりと迫ってくる、それが私には堪らなく悲しい。
私は過去を振り切るように首を横に振った。

「死を克服したって、貴方は貴方だわ」

しかし、私達の見た夢の残骸の野薔薇の花弁から今では死臭がする、それもまた悲しい事実である。







110923 修正
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