「ほら見てよ英二、越前が走ってる!可愛いね」
「そりゃあ走るだろうよ。体育祭だし」

 今日は気持ちのよい秋晴れの中無事に開催された体育祭の日だった。さすがにもう何日も前から当日を心待ちにするなんてウキウキ感は年を重ねると共にどこかへ置いてきてしまったけれど、ダルいとも思わない俺はそれなりに楽しんでいたりする。なんて嘘だ。何日も前とまでは言わなくても前日くらいにはウキウキしていたりするかもしれない。
 そんな体育祭、今は一年生の徒競走で不二と一緒に越前の応援中だった。
 自分達は白組で越前は赤組だとかいう事を気にする不二様ではない。
「えちぜえええん!がんばれえええ!」
「ちょ、不二!お前目立つだろうが!」
 いきなりそんな大声出すなばかもの。前のめり気味になって後輩の応援を叫ぶ不二はどこかシュールで。さすがに自分は慣れたけど他の、例えば不二を王子様みたいーなんてきゃいきゃいしている女子なんかがこの姿を見ると驚くんじゃないかと思う。幸い女子は次の競技の整列でここにはいない。
「越前3位だ」
「おチビのやつ…手抜いたな」 本気で走れば1位はかたいはずの実力を持っているのに。まあ越前らしいと言えばらしいけど。
 カシャカシャ。
 それよりも隣から聞こえるシャッターを切る音が本気すぎて怖い。

「あ!」
「なんだよー」
「越前、今度は続けて借り物競争に出るみたい」
 不二の声に越前の方を見やると眠そうに列に並んでいる黒髪が目に入る。走った後だっていうのに大変だなーなんてぼんやり思っていると隣でまたカシャカシャと鬼のように連写する音が聞こえて少しげんなりしてしまった。ってか広報委員でもないのに勝手にカメラ構えていいんだろうか。
 なんて事は気にしたって仕方がない。こいつは今恋する相手に、まさに盲目になってしまっているのだ。

 ふと、越前の方はどうなんだろう、なんて疑問が暑さでボーっとしている頭で考える。暑さでボーっとしていたからそんな事を思ったのかもしれない。
 不二だけはやめとけなんて思う反面、失恋なんてしたらこいつはさらにめんどくさい奴になるのが目に見えているから自分の為にもうまくいってほしい、と思わないでもない。でも何となく面白くない気もしてしまって。
 決して不二と同じ好意という意味ではないけど俺だって越前の事は気に入ってる。とても。そんな可愛い後輩を友達にとられてしまうのは寂しいなんて、どこの小学生だチクショウ。
 普通は逆なのかなとも思う。親友と呼んで差し支えないであろう友人を後輩にとられてしまうのが寂しいと思うものなんだろう、と。でも何事にも例外はあるという事だ。

「ちょっと英二、ぼんやりしすぎ!越前走るんだからちゃんと見てなよね」
「はいはい」
 軽快な音楽が校庭に鳴り響く中、次々に借り物競争はスタートしていた。越前の番がやってくる。
「えちぜええええん!ふぁいとおおお!」
 ちゃんと見ろとか言われても隣が騒がしくて集中出来ない。
 越前は今度は真面目に走ってるようで、今のところ一位を独走している。さっきの徒競走のやる気のなさを怒られたのだろうか。
「越前かっこいいな…」
 目がハートにでもなっているんじゃないだろうかってくらいにとろけた声でボソッと呟く友達は正直怖いけれど、真剣に走る越前は確かにかっこいいと思う。
 一位のまま借り物が書かれた紙が入っているボックスのところまで辿り着いている。小さな箱の中から紙を取って、その場で開いて。
「何が書かれてるんだろう」
「それはおチビのみぞ知る」
「ねぇ、越前動かないよ」
「ほんとだ」
 紙を見た越前が動かない。どうしたんだろう。しばらく固まっていたと思ったら今度は困ったように辺りを見渡しはじめた。
 一体なんだ?
「あれ、なんかこっちの方見てない?」
 確かに、こっちの方を見てキョロキョロしている気がする…と思ったらいきなり走り出してこっちへ向かってきて、息を弾ませて不二を見上げている。
「越前?どうしたの?」
「…っ」
 顔を赤くした越前が何かを言いたげにもぞもぞしているなんて、珍しい光景だ。
「越前?」
「きて!」
 真っ赤な顔をしたまま越前は不二の手を引いて走り出してしまった。
 そして紙と不二を差し出され動揺していた係が、もうわけわかんないんだけど!とでも言いたげな顔をしながらOKを出した途端に越前は不二と一緒にゴールしていた。固まっていた時間で他の選手に抜かれ一位のは逃したものの、見事3位入賞を成し遂げていた。
 でも、それどころではない。気になりすぎて側転したい気持ちをグッとこらえ戻ってきた不二と越前をがしっとつかまえて問い詰める。
「何だったの?何で不二が連れていかれたの?紙になんて書いてあったの?」
「そんなにいっぺんに聞かないでよ。っていうか、わかんない」
「わかんないってなんだよ」
「だって紙見せてもらえなかった」
 なんだそれは、気になるじゃないか。チラリと越前の方を見ると、気まずそうにこっちをチラチラみている。こっちというか不二を。
「お、俺自分の席に戻るね!先輩…ありがと」
 そしてダッシュで消えてしまった。
 ますます気になる。
「俺、ちょっとトイレ」
 そう告げて俺はさっきの借り物競争で借り物チェックをしていた係の元へ向かった。
 急げ急げ!



「あ、ねぇ!」
「え?俺ですか」
「そうそう。受け取った紙ってどうしたー?」
「そこにありますけど」
「サンキュー」
 おそらく可燃ゴミとして他に出たゴミと一緒に後でまとめて捨てるつもりなのだろうチェックされた小さな紙が無造作に詰め込まれているビニール袋を持った係を捕まえる事に成功。
 まだ上の方にあるはずとふんでそれらしいものを探していると、くしゃっと丸められていた紙が出てきた。随分と握り締めていたようだからきっとこれだろうと俺の勘が告げている。
「えーと、なになに?」
 何が書いてあるのかドキドキワクワクしながらそっと開いて中身を確認してゆく。

「え……」

 そこに書かれていたのは想像もしていなかった4文字の言葉だった。けれどどこかで覚悟はしていたような気もする内容を示す、4文字。

「うわー、マジか。なんつーか…嬉しくもありショックでもあるな」
 この事を不二に伝えるべきか否か。さて、どうしようか。不二の命運は俺が握っていると思うと中々に気分が良かった。
「にしても、これ書いたやつ遊びすぎだろ」
 



『好きな人』









 

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