「っは」
「くっ…!」
不二の繰り出した蹴りがリョーマの頭上を掠め、リョーマの渾身の力を込めた拳が不二の鳩尾に決まる。
不二もそれほど身長が高い方ではないが悲しい事にリョーマはさらに小柄だった。顔の位置に飛んできた蹴りは避けやすい。屈んだ姿勢のまま素早く握りしめた拳を容赦なく不二にぶつけた次第だ。
「…やるね」
「まあね」
鳩尾を押さえながら苦しそうに、けれどニヤリとリョーマを讃える不二と、同じくニヤリと当たり前とでも言うように応えるリョーマは、只今全力で交戦の真っ最中だった。
屋上で昼食をとっていただけの二人が何故こんな事態になったのかなんて、きっとどちらも覚えてはいないだろう。きっかけはそれほどくだらなく、さらにこれは既に日常のやり取りだから。 乱れた息を隠そうともせずに深く吐き出し深呼吸をしたリョーマが猫のような目を細めて笑みを深くする。
「隙あり!」
「…させないよっ」
一瞬の隙をついてリョーマがさらに不二に殴りかかる。対する不二は僅かに反応が遅れて避けきれないかと思われたが持ち前の俊敏さでかわした。けれど完全にはかわしきれずに唇の端をリョーマの拳がかすってしまう。
その拍子に噛んでしまったのか、唇の端からじわりと血が滲んだ。
「へえ…」
手で乱雑にぐいっと血を拭う不二の瞳は獲物を狙うハンターのように鋭くリョーマを見据えて、離さない。
視線を逸らす事なくじりじりと近付いて。
「…っ」
リョーマをフェンス際へと追い詰めてスッと手を伸ばした。ゆっくりと。
息を飲むリョーマの緊張を軽くかわして艶々の髪から覗く耳にゆるやかに触れ、フェンスをカシャンと掴んで、そして、微笑みながら顔を近付ける。
「 」
今にも触れてしまいそうな距離で何かを言おうと口を開いた途端に、切ってしまった部分をペロリと舐められる感触がした。僅かに濡れたその感触にピリッと何かが走り抜けた。ぞくぞくする。
一瞬身震いをしてしまったのを気付かれないようにリョーマの頭を撫でると、たった今自分の傷を舐めたその舌をまるで見せつけるようにしながら見上げてくる。
「血、出ちゃったね。先輩ごめんね。痛い?」
「君が舐めてくれたから。大丈夫だよ」
「そっか、良かった」
言って、リョーマはくたりと力を抜いて不二の胸元にもたれてきた。
「ふふ。猫みたいだ」
「ウルサイ」
頭に置いていた手をそっとリョーマの背へ回し、優しく抱き締める事で心を落ち着ける。そのまま時間だけが過ぎてゆき、周りの景色が止まってしまったかのような錯覚。
「ねぇ」
「ん?」
「今回はどうしてこうなったんだっけ?」
短くも長くも感じたその時間は5分くらいだろうか。ただ抱き合っていた二人だったがやっとリョーマが顔をあげて不二を見、口を開いた。
最初言われた意味がわからなかったが、しばらく考えてああ、この喧嘩に至った原因かと思い至る。喧嘩というわけでもなく、二人にとってはただのじゃれ合いの延長、という認識なのだけれど。
にしては激しいだろうとは菊丸談。
「どうしてだっけな」
「まあ、どうでもいっか」
「うん、そうだよ」
「……って、よくない!違う!」
え?と不二がどういう事か聞き返そうとするもののリョーマの方が素早かった。不二の制服のポケットに手を突っ込み何かを取り出して、バッと目の前にかざしてきた。
「あ、僕のぱんつ」
「違う!アンタのじゃないだろうが!」
憤慨しながらリョーマが持っているそれは、紛れもなくパンツだ。まだどこか可愛らしい柄がプリントされている、ぱんつだ。
「違うよ、僕が言いたいのは、例え元々が君のものだったとしても今ここにあるって事は僕のものなんだよ」
「じゃあ、聞くけど!これはどっからどうやってあんたのとこにいったわけ?」
「んー、わかんない」
こうして、再び冒頭へと戻る。