切ないなんてことはない。僕は幸せだったんだ。
風の吹き抜ける、夕方のとある駅のホーム。
田舎の小さな無人の駅で、僕はそこにあるベンチに座って、そのからの景色に懐かしさを噛み締めた。
僕はここで、この田舎町で、大人になるまでを過ごした。
高校を卒業して就職して。
それと同時に家を出て一人暮らしを始めた。
『いつの間に帰ってきたの?』
『…今朝だよ。これからはまたここで暮らすんだ。』
興味無さそうに「ふーん。」っとだけ答えたのは僕の幼馴染。
ベンチに座る僕の背後に立ち、今どんな顔をしているのだろう。
『就職して一人暮らしを始めてさ。すごく…楽しかった。』
『過去形?』
『…そこで好きな人を見つけてさ。毎日本当に幸せだったんだ。』
少し肌寒くなってきた秋の風。
薄着で出てきたことに少し後悔する。
『でもさ、先月別れたんだ。原因は、…幸せすぎたからって。』
君は何も答えない。
興味が無いのか、声のかけ方がわからないのか。
顔が見えないから何もわからない。
『幸せで何が悪いんだろうな。』
『浮気でもしてたんじゃない?』
静まり返るホーム。
なびく風の音だけが、僕らの耳に入ってくる。
浮気なのは気がついていた。
相手の男だって、わかってた…。
『泣かないでよ。』
そういう君に反論しようとしたときだった。
『…っ。』
頬を伝う涙は、無意識に、冷たく。
まるで現実を知らしめるかのように。
『…僕は。……幸せだったんだ。』
そうだ。
幸せだったんだ。
例えふられても、君が幸せであればいいと。
僕は…、幸せだったんだ…。
『幸せは、自ら言い聞かせるものじゃないからね。』
言葉が重く心にのしかかる。
『本当に幸せなら、そんな顔して幸せなんて言わないよ。』
影を感じて顔を上げると、君が目の前にいて。
『幸せそうな顔してるだろ。』
『嘘ばっかり。そんな切なそうな顔してさ。』
『切ないことなんてない。僕は幸せだったんだよ。』
涙を流して力説しても、なんて説得力のないセリフ。
でもだけどどうしてなのだろう。
『なんで泣くんだよ…。』
僕の目の前に立って大粒の涙を流す君。
流れる涙のその意味は?
『僕らは、どこで間違えてしまったのかな。』
涙を隠すように背を向ける君。
涙を拭う仕草と共に振り返る。
『ここから、やり直せばいいんだよ。』
返事を待つことなく、僕の手を引き歩き始める君。
ホームに響く踏切音は、まるで僕らを未来へと案内しているようだった。