悲恋であれど。
『ねえ…。いつになったら…ここから出られるのかな…。』
『俺達が…愛することをやめると言えば、今すぐにでも出られるさ…。』
ここは私の屋敷の地下にある牢獄。
私と私の恋人であるファウストがここで監禁されている。
理由はいわゆる身分違いの恋。
私は政略結婚で生涯を共にする相手が決まっていたのだけれど、でも私が愛していたのはファウストで。
だから親の反対を押し切って2人で駆け落ちという手段を選んだ。
でも案外すんなりと見つかってしまうもので、私たちは囚われ、この地下の牢獄に閉じ込められてしまったのだった。
地下の牢獄は2つの部屋があり、その2つが向かい合う形で存在し、当然私たちは別々に押し込められている。
鉄格子の隙間から手を伸ばしても、愛する人に届くことはない。
唯一届くのは言葉だけなのに、もうここに閉じ込められてどれだけのどれだけの月日が流れたか…。
長く陽の光を浴びることなく閉じ込められていると、互いに悲観的になっていき、励まし合うことも、愛の言葉を伝えることもなくなってしまった。
ファウストは日を追う事に弱っていっている。
多分彼の中で、私との別れが脳内を過ぎっていることだろう。
でもそれは私自身にも言えること。
もうそれほどまでに互いに衰弱しきっているのだ。
『今日は…、七夕なんだって…。』
『なぁ、エレナ…、俺はお前を愛してる…。こんなになってもまだ…、お前との未来を思い描いてる…。』
弱々しく吐き出されていく言葉は、まるで終わりを迎えるような気がした。
『だから…、お前に話しておきたいことがある…。』
カチャリと音を立て、牢屋の差し入れ口にある小さな机に今日の夕食が置かれた。
『エレナ、今度こそ私が笑顔になれる返事を期待しているよ。』
今日の夕食はスープとパン。
私の分にはサラダもついている。
1日に3回、私の父が私の返事を聞くためと2人の食事を運ぶためにここへとやってくる。
その度に同じ言葉を私に告げ、ファウストには暴言を吐いていく。
ファウストは耳を抑えたりなどせず、真っ直ぐにその言葉を聞いていた。
よくここまで耐えてくれた…。
『お父様…。私…彼のことは諦めます…。だから…今すぐ私とファウストをここから出して…。』
私の言葉に父はこれ以上ないという笑顔を私に向けてくる。
それほどまでに私たちを認める気などないということだ。
鉄格子を必死に握りしめ、早くここから出してほしい気持ちを父にぶつけていく。
早く開放されたい。
自由になりたい。
彼を楽にしてあげたい。
『わかったわかった、そう焦るな。』
ジャラジャラと鍵のぶつかり合う音を響かせながら、父は牢屋の鍵を開け始めた。
ーーーガチャン
『さあ出ておいで愛しい我が娘よ。』
扉を開け、エスコートするかのようにこちらに振る舞う。
あぁ…やっと…。
ーーーガチャン
『さぁ、さっさと出て行くがいい。娘に捨てられたお前はもう用済みなのだからな。』
『…わかりました。最後にエレナに一言だけ…ん伝えさせてください…。』
父は少し怪訝そうな顔をしていたけれど、それでも最後だからという事でそれを受け入れてくれた。
私は急いでファウストの元へと駆け寄った。
もうこれで最後かもしれない。
父の目など気にせず、力一杯にファウストを抱きしめた。
『エレナ………。』
『ファウスト………。』
抱き締め返してくれる彼の腕は、以前よりもやせ細ってしまっているけれど、でも彼の温もりが変わることはない。
私たちの行動を目をそらすことなく見ている父は、今なにを思うのか。
ーーーカチャリ…。
私は自分に用意された食事のトレーから、サラダを食べるために用意されたフォースを取る。
それを背中越しにファウストへと手渡す。
さよなら。
さよなら、またいつか…。
ーーードスッ。
『…エレナ!貴様、何を…!』
ファウストは私の胸にフォークを立て、突き刺した。
ズルズルと大量の血を流しながら牢屋の鉄格子を背に倒れていく私を支えるようにして座らせると、そのフォークを今度は自身の胸へと突き立てる。
ーーードスッ。
そしてそれを自身の心臓へと突き刺した。
薄れゆく意識の中、隣で座り込んだファウストの手を握る。
まだ彼の温もりはある。
力強く抱きしめることが出来なくても、抱きしめられることもなくても、今はただファウストの温もりを感じられるならそれだけで…。
『エレナ、ありがとう…。愛してる…。』
『わ…たし…も…。あい…し…てる…。』
ーーーお前に話しておきたいことがある…。
ーーー愛しているから、お前を失いたくはない。
ーーー永遠にお前だけを愛していたい。
ーーーだから俺と一緒にここから出よう。
ーーー共に命を絶つ選択をしよう。
ーーー愛してる…。