繕う癖は治す気などない


「いただきます」

土曜日の昼。ボーダーの食堂で一人、できたてのカツカレーを前にしてぱんと手を合わせた。
本部長補佐の仕事で出勤している響子と、お昼においしいパスタを食べに行こうという約束をしていたので今日も今日とてボーダーに来た。しかし響子に急遽昼に会議が入ったとかで約束が延期になってしまったので、一人寂しく食堂でお昼を済ませているのだ。誰かほかに誘う人が都合よくいれば誘っていたのに、今日に限ってオペレーター女子は見当たらない。東を誘おうかとも思ったが、つい先日飲みに付き合ってもらったばかりでまた呼び出すのも少し申し訳なくなり、やめた。まあ、いいのだ。食堂のカツカレー美味しいし。ふわふわ卵のカルボナーラの気分だったけれど。

「苗字さん。お疲れ様っす。ココいいっすか?」
「……ッ、ゲホッゲホッ!!」
「えっ大丈夫っすか!水!水!」

名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはハンバーグ定食を手に席を探していた様子の諏訪くんがいた。えええええ諏訪くん!!!!さらに私服姿!突然の推しの登場におもわず咀嚼していたカツを喉につまらせて大きく咳き込んだ。アホだ。恥ずかしい。諏訪くんが焦った様子で水を勧めてくれて、大丈夫というハンドサインをしながらも水を喉に流し込む。もうぜひとも座って!近くに来てくれてありがとう!!!!と言いたいところだったが、ニコリと笑って平然を装う。

「もちろんいいよ!今日は私一人だから、席とってるわけじゃないよ」
「珍しいっすね。常に誰かと食べてるイメージ。東さんとかオペとか」
「まあ誰かと食べることがたしかに多いけどね。いつもってわけでもないよ」

話しながら、諏訪くんは私の斜め前の席に座った。ちらりとフロアを見たが、ほかにも空いている席は山程あるのにここを選ぶなんて…と少し動揺しかけたが、気にしたらだめだと自分に言い聞かせた。私と諏訪くんは特別仲がいいわけでもない。諏訪くんは、面識のある人を見つけたら気軽に絡みに行けるタイプのコミュ力高男なのだ。
それにしても、諏訪くんの私服姿、最高である。今日の諏訪くんは私服で、ラフな茶色のシャツに細身のジーンズである。引き締まった体をしているので何を着てもかっこよく見えてしまう。

「苗字さん?」
「エッ、あ、なに?ごめんね、ぼーっとしてた」
「……お疲れですか?この前、大学の研究室が忙しいって言ってたし。無理しちゃだめっすよ」
「いや、別に大丈夫よ!疲れてるってわけでもないよ。ありがとね」

さりげない気遣いを見せてくれる出来るヤツだった。無理しちゃだめっすよ、という優しい言葉が脳内でエコーしている。ありがたすぎる。絶対ムリしない。諏訪隊のメンバーの体調も、いつも気遣ってあげたりするのだろうか。羨ましすぎる、と心のなかで盛大に叫んでおいた。

諏訪くんは目の前のハンバーグには手をつけずにスマートフォンを確認し始めた。誰かを待っていたりするのだろうか。もしかして、彼女だったりして。勝手に想像しては、どきりと心臓が脈打つ。きっとチームのメンバーか、仲良しの21歳組の誰かだろうが、もしかしたらという可能性もある。諏訪くんに彼女はいないのかというのは先日東たちとの話題にものぼったので、気になってしまい、カツカレーを口に運びながら、さりげなさを演出しながら聞いてみる。

「誰か待ってるの?……彼女?」
「……ハァ!?んなわけないでしょ、風間ですよ!」
「あ、そうなんだ。なーんだ」
「なーんだって……」

諏訪くんがぎょっとした表情で言う。そんなに驚かなくても。なーんだ、などとからかうようなことを言って年上の余裕を繕いつつ、心の中では大喝采だった。別に諏訪くんに彼女がいたとしても諏訪くんのファンであることにはかわりはないが、推しがまだ誰のものでもないことにこんなにも安心している。まだ諏訪くんはみんなの諏訪くんのようだった。勇気を出して聞いてみてよかった。
諏訪くんは突然の話題に驚いていたが、少し眉間にしわを寄せて言う。

「彼女がいたとしても、堂々と一緒に食堂とか、絶対来ねえ」
「別にいいと思うけどなー。まあボーダーの彼女って前提になっちゃうけど」
「大学の食堂でもそうですよ」
「ふうん。諏訪くん、モテそうなのに」
「はあ……モテませんよ。何をもってそう思ったのか」

そりゃあもう、かっこいいしかっこいいしかっこいいんだもん!と言いたかったがぐっとこらえて、またまたあ、とにこにこしておいた。

「諏訪、待たせたな。……苗字さんお疲れさまです」
「待ちくたびれた。さっさと食おうぜ」
「風間くん!お疲れ様。あれ、風間くんもカツカレーだ」

風間くんがトレイに乗ったカツカレーを持ってやってきた。諏訪くんの向かいに座ると、私のカツカレーを見て力強く頷いた。

「苗字さん、わかってますね」
「カツカレーで仲間意識を持つなお前は」

そんなにカツカレー好きだったんだ、と風間くんの新事実が面白くて少し笑った。風間くんはクールなようで、ふとしたときに見せるこういうお茶目なところがいい。何より、諏訪くんといるときの風間くんは年相応に楽しそうにしていて、旗から見ていてとても微笑ましいものだ。カツカレーを目の前にして、スプーンを握りしめる姿もどこか可愛らしい。と、本人に言うと怒られてしまいそうだ。

「何話してたんですか」
「諏訪くんがモテそうだなって話をね」
「諏訪には百人斬りの伝説があるからな……」
「いやねーし!なんだそのどこぞの剣豪みたいな伝説!」

いきなりコントが始まるので面白くてけたけたと笑ってしまう。風間くんは相変わらず真顔で言うのだからおもしろい。諏訪くんのキレのあるツッコミも良い。

「まあ、諏訪は実際モテるんじゃないか。見てくれは田舎のヤンキーなのに」
「いや別にモテねーし。ヤンキー言うな、別に金髪でタバコちょっと吸うだけだろが」
「確かに、自然界では目立つとモテるって言うよね」
「俺は動物か昆虫か?」

カツカレーをすくっていたスプーンで諏訪くんを指した風間くんに、ぺしっと頭をはたいて否定する諏訪くん。二人の会話に軽く口をはさみつつも、やっぱりモテるのかあと内心ちょっとしょぼくれた。ついさっきは彼女がいないと聞いて喜んでいたのに、情緒が不安定すぎる。
そんな私の心の中などつゆ知らず、諏訪くんが反撃だとばかりに私に言う。

「俺より、絶対苗字さんのがモテるでしょ。彼氏居ないんすか?……というか、東さんと付き合ってるんじゃないか説があるんすけど」

衝撃の一言をくらって取り繕った振る舞いはどこへやら、目をぱちくりとさせた。私が?東と付き合ってるって?

「……ええ!?いやいや、ないないない!1000%ないよ!なんで!!?」
「だって仲良さそうじゃないすか。よく飲みにも行ってるって聞くし」
「まあそりゃ、数少ない同期だから仲はいいし、よく飲みにも行くけど……誰情報?」
「東さんご本人から」

そう聞いて、ハッとして青ざめた。東のやつ、まさかとは思うが飲みでの私の有様を人に言ってるんじゃないだろうな……!?口止めはしているし、信頼はしているのでさすがに言ってはいないと思うが。慌てて諏訪くんに聞いてみる。

「東、私のことなにか言ってた……?」
「よく飲みに誘われるって聞いたくらいで、他には特に聞いてないっすけど」
「……あ、そう」

心の中でホッと胸を撫で下ろした。諏訪くんが私のために嘘をついている様子もないし、東は余計なことは何も言っていなさそうだ。

「うん、まあ、よく誘うけど、響子も一緒だし。全然そういうのじゃないよ」
「なーんだ。そうなんすか」

諏訪くんからそう言われて、少しだけ胸がチクリとした。なーんだって、何よ。なーんだってことは、そうであったらよかったのに、と面白がる対象でしかないのか。そうだよね、知っているよ。ただの後輩と先輩で、特別仲良いわけでもないのだから。
先ほど自分が同じセリフを言っていたのも忘れて、もやりとした心を振り切るように、違うことを考えた。東と私が付き合ってるんじゃないかという噂があったのか。知らなかった。東の彼女になった自分を少し想像してみる。絶対すぐに愛想尽かされるな。いつも忙しそうで人からの頼み事を断らず巻き込まれがちな東には、癒やし系の彼女がいいと思う。私はそんな柄ではない。とはいえ、考えてみると少し寂しい気もして、ぼそりと言った。

「まあでも、東に彼女が出来たら……ちょっと寂しいかもな。東にはいつも世話焼いてもらってるもんなあ」

まあ、彼女のことでいじれるからそれはそれで面白そうだけどね!とへらへら笑っていると、肩をとんとんと叩かれた。振り向いた先には、笑った東が立っていた。

「苗字ってかわいいところあるんだね」
「………やっぱ今の嘘で」
「彼女出来たくらいで同期やめるつもりはないから、世話は焼かせてほしいけどな」
「ごちそうさまでしたっ!」

一気にカツカレーを完食し、素早く立ち上がった。さすがに本人の目の前となると恥ずかしいことを言った自覚はある。うううせっかくの諏訪くんとの時間を自分から終わらせることになるとは……!!悲しい!でも東の前から早く立ち去りたいという気持ちが勝った。

「じゃあまたね、ふたりとも!今度機会があったら飲みにでもいきたいね!」
「こらこら、照れない照れない」
「東クンごきげんようッ」

スタコラサッサとその場を去る。お皿を返却してすぐにスマホを開き、東と響子とのグループメッセージに「諏訪くんと奇跡的に一緒にご飯食べてたのに東に邪魔された!!!!!!」と飛ばしたのであった。





「逃げ足早いね、苗字は」

声をかけるなり退散した苗字の背中を見てにこにこしている東はどこか機嫌が良さそうである。それもそのはず、いつも世話を焼いている同期からのデレを受け取ってホクホク顔である。大切な同期と思ってくれていることは伝わっているが、あんなこっ恥ずかしいことは直接言われたことがないし、いつもは”諏訪くん”の話でいっぱいのこの頃の苗字なので、自分に彼女がきたら寂しいと言われたことが嬉しいのだった。たまたま苗字が諏訪と同じテーブルで食べているのを見つけて興味本位で来てみたが、いいタイミングだった、と東は満足げだった。

「……ホント仲いいっすね」

ハンバーグを口に運びつつ、にやっと笑った諏訪が東に聞く。その向かいの風間はカツカレーを咀嚼しながら横目で東を見る。東は首をかしげつつ言った。

「そうだな。仲はいいみたいだ。でもまあ、安心してくれ、本当にただの同期だよ。……昼飯中に邪魔して悪いな」

にっこり笑った東は、俺も昼飯を食べてくるよと踵を返した。
安心してくれ、とは。まるで俺が苗字さんのことを気になっているような言い草ではないか、と諏訪は思った。別にそんなつもりはない。彼氏だの彼女だの、ただ盛り上がりやすい話題の一つに過ぎない。今日ここに座ったのだって、見知った先輩が居たから近くに座っただけで。

「どーでもいいっつの」
「?何の話だ。俺はデザートをとってくる」
「まじでどうでも良さそうだなお前は!」

いつの間にかカツカレーを完食し席を離れた風間に、すかさず俺のも!と叫んだ。



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