とある魔法に魅せられて


ボーダーには総勢600を超える隊員がいる。面識がある隊員はその中でも一握りではあるけれど、私にはたった一人の推しがいる。
大勢いるボーダーでも一際目立つくすんだ金髪、常に咥えている煙草、両手に構えるアサルトライフル。そう、彼の名は。





「諏訪くん今日もかっこよかった〜〜〜!!!!」
「よく飽きないな苗字…」

周りの迷惑を考えて声をできる限り最小限に抑えつつも腹から叫んでいるこいつは、同期である苗字名前である。俺は呆れ顔でたこわさをつまんだ。
苗字が諏訪のファンだと豪語するようになったのはいつのことだっただろうか。本人はもちろん、チームのメンバーにも絶対に言わない思いの丈を聞いてやるようになってもう1年ほどは経ったと思う。今日の開催場所は行きつけの居酒屋。諏訪くんとおしゃべりできたと俺と同じく同期の沢村響子にメッセージが来て、そのまま飲みに誘われてここに至る。おしゃべりできたから今日は飲もうというのはもう意味がわからないが同期のよしみで毎度付き合ってやっているのだ。沢村は本部の仕事が終わり次第遅れて参加するとのことで、苗字は俺と同じく大学院生なので社会人は大変そうだと苦笑いをしていた。
開始からまだ時間は経っていないというのに、苗字の顔は酒に弱いからなのか照れているからなのか真っ赤に染め上がり、レモンサワーを片手にスワクンスワクンと繰り返している。こんなテンションは酒のせいだとフォローしてやりたいが、残念なことに同期の俺たちの前ではいつもこんな感じである。

「もうね…今日…今日久しぶりに喋ってさあ!」
「よかったじゃないか」
「とんでもなくいい匂いだった!」
「苗字…そういう発言はよそではするんじゃないぞ」
「するわけないでしょーが!でも、正直たまらんかった…うぅ…もっと嗅ぎたかった………」
「だいぶアウトな発言だ」

わかっている、苗字がよそでこんな発言をするわけがない。こんな姿を見てからでは信じられないが、ボーダーでの表向きの姿は古株で頼れる先輩を見事に演じている。苗字がオペレーターを務めるチームもB級上位を狙えるチームなので、オペの実力というところでも長年で培った経験があると誰もが認めているのだ。俺もそうだが、周りに頼られることも多いので弱いところなんてまるでないようにいつも笑顔で応じてやる。そんな苗字が実は諏訪の大ファンで匂いフェチで変態に片足突っ込んでいるなんてことが周囲にバレたら、さすがに可愛そうだ。俺や沢村の間では、一応誰にも言わずに黙っておいてやることにしている。

「ごめん、遅れた!……って、苗字もう出来上がってるじゃない」
「響子!!聞いてよ諏訪くんがね!!」
「名前……第一声がそれ?」
「あ、お仕事お疲れ様!」

遅れてやってきた沢村が疲れた!と言いながらテーブルに座る。すぐに生ビールを頼んで良い飲みっぷりを見せた。本部長補佐は本当に大変そうだ。苗字も同じことを思っていたようで、今日も残業お疲れ様だねえとねぎらっていた。

「まあ、今日のは大したことない仕事だったんだけどね。書類作成とか、雑務よ」
「いやいや大した仕事だよ、働いてて偉い!!そのあとでこんな飲みにつき合わせてごめんね」
「ううん、諏訪くんのことで名前が騒いでるのおもしろいから私はいいよ」

それで何があったの?と沢村に聞かれて、苗字はまたスイッチが入ったように瞳をきらきらさせて話し始めた。

「ラウンジで会って多少世間話しただけだけど。でも久しぶりに話したからもう嬉しくって!」
「なんだ、それだけ?まあいつものことだけど」
「それだけじゃないよ。諏訪くん今日もめちゃめちゃいい匂いだった」
「出た。匂いフェチ」

くすくす笑って話を聞いている沢村は楽しそうだ。俺はビールを飲みつつ会話を聞いていたが、口を挟んだ。

「まだ諏訪の前でボロは出してないんだな」
「本人目の前にすると逆に冷静だから!ばれない自信があるわ」
「よくわからんがスイッチの切替が凄いな」

今は諏訪オタクと化しているが、いざ諏訪の前に出ると完全にこのモードを封印できるらしい。しかしそのせいで関係は進まないし、自分からは必要以上に近づこうともせず裏で騒いでいるのだからだいぶこじらせている。

「はあ。諏訪くんって彼女いるのかなーーー」

苗字は何度目かわからないセリフを吐きながら、レモンサワーを流し込む。この流れにはいるときはだいぶ酔いが回ってきているときだ。通りすがりの店員に水を頼んでおく。
たしかに諏訪は俺から見ても、人を惹き付ける力というのだろうか、コミュニケーション力が高いのでいろんな隊員に慕われているようだし、もちろん女子からも人気は高いと思う。沢村も同じような評価だった。しかし色恋沙汰となると、実際のところはわからない。でもまあ。

「居たら噂になってそうだし、居ないだろう」
「そうだと思うけど……でも、あんなにかっこいいのに彼女いないの意味がわかんないな…彼女作らない感じなのかな…」
「名前が彼女に立候補すればいいじゃない!」
「それはナシ!!」

全力で胸の前でバツを作っている苗字に、なんで?と沢村が口を尖らせた。ここまで好意をむき出しにしておきながら、それはナシとはいったいどういうことなのかさっぱり理解できない。

「それは無理!この気持ちは恋じゃないの、尊い!っていうファンの気持ち!だから遠くから見てるだけでいいっていうか…諏訪くんちの壁になりたいっていうか……」
「アイドルみたいな存在ってこと?」
「あの諏訪がアイドルか」

諏訪がキラキラしたアイドルの格好をしているところを想像して笑ってしまった。なんだかんだ言っても男前なので見てくれは似合うのかもしれないが、アイドルのように歌って踊ってというところは全く想像ができない。ギャップがありすぎだ。しかし苗字は大きく頷いた。えええ。

「そう、そんな感じ!さすが響子!わかってくれる?」
「私は本部長のことちゃんと恋愛感情として好きだからあんまりわからないけど」

沢村は防衛隊員の頃から忍田本部長のことが好きで補佐になった。まだ気持ちは打ち明けていないものの、いつか伝えるつもりなのだと思う。苗字はそれを聞いて目をぱちくりさせて頬をかいた。いやなんでお前が照れてるんだ。沢村は堂々としているというのに。

「私は、諏訪くんのことめっちゃ好きだけど、彼女になりたいわけじゃないの。それとこれとは話が別。彼女に立候補とかしないし、彼女がいたっていいよ、応援しまくるから!推しの幸せが一番!!」

壁になりたい云々は全くもって意味がわからないが、変なところで謙虚である。とはいえ、諏訪に彼女が居るのかと聞く苗字はいつもどこか寂しそうで、本心はそうではないはずなのだ。諏訪は苗字のことをどう思っているのだろうか。いっそのこと、くっついてしまえばいいのに。俺が裏で、たとえば諏訪にこいつが好いていることを話したりしたら関係が進展するのかもしれないと思ったが、きっとこいつは余計なお世話だと怒るのだろう。ぽつぽつと枝豆を食べながら、諏訪くんの幸せが一番!と宣言する苗字を眺めた。

「諏訪のどんなところが好きなんだ?」

あらためて疑問に思って聞いてみる。苗字はたちまち目をとろけさせて、俺の肩をばんばんと叩いた。

「えーーー!!!そうだなあ、改めて聞かれると…!そりゃもうたくさんあるんだけどねえ」
「手短に頼むよ」
「難しいことを言うね!諏訪くんの好きな所なんて、語りだしたらもう夜が明けちゃうよ?」
「途中で帰るから心配ない」「私も」
「つれないねふたりとも!そうだなあ。もうビジュアルから好きだし、アサルトライフルの戦闘スタイルも似合っててかっこいいし、後輩に人気があって面倒見のいいところも好きだし、とにかくいい匂いするし、あーでもやっぱり…」

優しい所かなあ。幸せそうににへらと笑うその表情からすると、その優しい所には何やら特別なエピソードがあるようだがそこまでは教えようとはしなかった。推測するに、苗字がこうまで諏訪のことを好きになったきっかけのことだと思う。詳しくは教えてくれていない。
苗字はもともとはこんなタイプではなかったのだ。表向きの姿は今と同じように明るく頼れる先輩として振る舞っていたが、その実、色恋沙汰には疎くそれよりも後輩の指導、そして近界民の駆逐。家族を近界民に奪われた過去がある苗字はかなりの城戸派で、俺たちの前では明るい性格に隠れた闇という部分が見え隠れしていた。それが、あるときを境に諏訪が諏訪がと言い始め、俺達に見せる姿は闇が払われたかのように明るくなった。いや、きっと払われてはいないが、闇を照らすほどのまぶしい光が心に降りてきたように見えた。
だから、何があったのか詳しくは知らないが諏訪には少なからず感謝している。昔と比べて苗字は少し気持ち悪くなってしまったが、俺も沢村もそれはむしろいいことだと思っているのだから。今の苗字のほうが人生が楽しそうだ。
それにしても、こんなにも恋焦がれているような表情をして諏訪の話をしているのに認めようとしないのはなぜなのか。完全に恋愛感情として好きだろう、これは。そしてこんなにも想われているのに当の本人は何も知らないなんて。とてももったいない、と思う。

「はやく認めて伝えてしまえばいいのにな」
「本当にね」

沢村と顔を見合わせて、そんなことを言い合った。同期として、そして親友として。苗字の想いが報われてほしいと願わずにはいられない。いーの、私はただのファンだから!と笑う彼女にため息をついてビールのおかわりを注文した。



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