寮に入ってから気づいたことがいくつかある。食事は朝夕の二食付き、風呂は大浴場、共有スペースは談話コーナーありという贅沢すぎるくらいの設備だということだ。昼食はないので、隊員たちは、外食したりお弁当をあらかじめ作っていたり自由に使えるキッチンで自炊したりと、いろいろらしい。そんなわけで今日のランチは、寮に引っ越してから初めての自炊である。もともと料理は好きだし広いキッチンを独り占めできると考えると、この寮にきたメリットだなあと楽観的に思う。実家から持ってきたエプロンを着て鼻歌交じりに作り上げた今日のランチは、ケチャップ多めのオムライス。我ながらうまくできた。食堂にオムライスを運ぶと、迅さんと太刀川さんがいた。

「お、苗字。うまそうなオムライスだな」
「自炊してたの?うわ、ほんとにうまそう」
「こんにちは、迅さん、太刀川さん。そうですよ、初自炊はオムライスです」

寮に住まうボーダー隊員の方々には引っ越した当日の夕飯の際に軽く自己紹介をして、ある程度の面識は持てた。迅さんと太刀川さんはその際よく話しかけてくれた二人だ。もっとも、迅さんは引っ越しの際に寮を案内してくれたりしたのですでに仲良くなっていたが。太刀川さんは大学の先輩でもあるらしい(なぜか風間さんにそいつに大学の相談はするなと念押しされたが)。

「料理得意なのか?」
「まあ、人並み程度には…」
「ふーん。…あー、見てたら腹減ってきた」
「ごはん食べてないんですか?」
「ああ。ちょうどいま、飯どっか食いに行こうぜって話してたとこだ」
「そうそう」

オムライスをほおばっていると、太刀川さんが食べる様子をじっと見てくるのでちょっと食べずらい。…何かを期待した視線である。うーん、まあ材料はあるし、もう一回作ってもいいか。

「…お二人の分作りましょうか?材料はありますけど…」
「え、いいの?マジ?」
「食べ終わってからでいいなら」
「やった。サンキュー、名前。今度何かおごる」

太刀川さんが嬉しそうに私の背中を叩く。ちょっ、私食事中なんですが。のどに詰まらせそうになって、ごほごほとせき込む。迅さんは、やった、と一度歓声をあげたが、しばらく私を見つめて言い直した。

「俺もよろしく!…と言いたいとこだけど、俺はいいや。ちょっと用ができたんで、このへんで〜」
「は?迅、なんだよいきなり」
「いやあ、ちょっとね〜。じゃ、太刀川さん、がんばってー」
「はあ?…さてはお前、なんか視えたな?おいこら、迅!」

さわやかな笑顔とともに足早に去っていく迅さん。私は何のことかわからず、首をかしげつつ迅さんを見送った。残された太刀川さんは、まあオムライス独り占めできると何やら開き直っている。

「それにしてもうまそうだな。一口くれよ」
「えっ、後で作ってあげるって言ってるじゃないですか…!」
「まあ、そんなにけちけちすんなって」

そう言うなり、私がすくったスプーンを持つ手をつかむ。そのまま強引に自分の口に持って行ってしまった。えええ、この人、私の食べてたスプーンで…!デリカシーってものがないのだろうか。少女漫画でありそうなシチュエーションだったので一瞬だけドキドキしてしまったが、あまりにも普通に、自然な流れでやられたのでときめきもあったものじゃない。もぐもぐしてから、太刀川さんは親指を突き出した。おいしいということだろう。

「めっちゃうまいぞ。早く食って作ってくれよ」
「待ってくださいってば…」

わがままだというか、無邪気だというか。多めに作ったのでそんなにすぐには食べきれそうにないが。そんなところへ、背後から声をかけられた。

「あら、名前ちゃんと太刀川くんじゃない。お隣いいかしら」
「加古さん!どうぞ!」
「おう、加古、……」

隊員寮唯一の女性入居者である加古望さんだった。貴重な女性同士ということもあり、自己紹介も兼ねた夕飯のときには話がはずんだものだ。当然のように大学も一緒、美しくてやさしい先輩だ。そんな加古さんがキッチンからお皿をもってやってきて、私の隣に座る。炒飯のようだ。かなり本格的のように見えるし、盛り付けがプロっぽい。料理得意なんだろうなあと見ながら思う。いい匂いだ。

「炒飯ですか?すっごくおいしそうですね!」
「うふふ、ありがとう。炒飯は得意料理なの。名前ちゃんのオムライスもおいしそうね、料理は好きなの?」
「好きですよ、得意ってほどではないですが…」
「そうなの?じゃあ、今度一緒に炒飯作りましょうよ」
「楽しそうですね。ぜひ!」

炒飯への愛がすごい。そんなに炒飯好きなのかなあと思いつつ、楽しそうなので笑顔で頷く。そんな中、太刀川さんは浮かない表情をしている。ごほん、と一つ咳ばらいをしてから、太刀川さんが口を開いた。

「…あ、あー、じゃあ俺はそろそろ…」
「え?太刀川さん、ごはんどうするんです?食べないんですか?」
「いや、なんか見てたら腹いっぱいになってきたなーと」
「あら、太刀川くんご飯食べてないの?それなら、私の炒飯ごちそうしてあげるわよ」
「わ!よかったですね、太刀川さん」

しかし太刀川さんはちっとも嬉しそうではない。どころか、表情は引きつっているし汗をかいているようだ。

「いやあ、悪いから遠慮しようかな〜…」
「遠慮なんて太刀川くんらしくないじゃない。今持ってくるわね、多めに作っておいてよかったわ」
「ちょ、待て、遠慮するっつってんだろ、おい加古」

嬉しそうな加古さんは太刀川さんの止める間もなく席を立ってキッチンに向かった。おとなしく席に座った太刀川さんは顔色が悪い。なんでだろう、あんなにおいしそうな炒飯なのに。むしろ私が食べたいくらいだが。

「おいしそうじゃないですか、何が嫌なんですか?」
「…お前は知らねえだろうけど…加古の炒飯は大抵うまいがハズレのときの破壊力やべーんだぞ…」
「ふつうの炒飯みたいでしたよ?」
「いや、何入れて持ってくるかわからん。前回のチョコミント炒飯はマジで死んだ。同期のやつはいくらカスタードと蜂蜜ししゃもで死んでた」
「エッ……」
「お待たせ〜!」

スキップでもしそうなくらいの加古さんが運んできた炒飯は先ほどと少し色が違う、いや少しどころではない。何かまがまがしい色だ。口に運びかけたスプーンからぽろりとオムライスがこぼれた。

「今回は納豆ヤクルト炒飯よ〜。ちょうどヤクルトがあったからいれてみたけど、食べてみて。どうぞ、太刀川くん」

納豆に、ヤクルト…?それを炒飯にぶっこんだというのか…。オムライスを食べる手を止め、青ざめる。太刀川さんは何かを覚悟した表情で目の前の炒飯を見つめ、迅のやつ今度会ったらシバく、とうわごとのようにつぶやいた。








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