夕飯時、二宮さんを見つけていそいそと近寄った。ちょっと二宮さんに聞きたいことがあったのだ。二宮さんに話しかけるのは少し勇気がいったが、以前ジンジャーエールをもらったこともあって実は部下思いの優しい人だというのは分かっている。話しかけるのもそんなに気負わなくても大丈夫のはず。

「あの、二宮さん、ちょっとお尋ねしたいことが」
「…ああ、なんだ」
「辻くんの好きな食べ物って何かご存知ですか?」

二宮さんはきょとんとして、辻の?と聞き返した。こくりと頷く。実は回覧板が私までまわってきていて、辻くんに渡す番、つまり辻くんに二度目の回覧板をまわすときがやってくるのだ。一度目はほぼ会話という会話はできず即終了してしまったので、今度こそがんばりたい。お菓子で釣ろう作戦で少しでも会話を作り、あわよくば好印象を与えたいと思っていた。ご近所付き合いに精を出している。…まあそこまでは説明しなかったが、二宮さんは何か察したのか否か、少し考える素振りを見せてから答えた。

「シュークリーム」
「シュークリーム!ということは、甘いもの好きなんですかね」
「甘いもの全般なのかは知らんが、とにかくシュークリームは好きだそうだ。あとは…バターどら焼きだな」
「な、なるほど」

シュークリームというかわいらしい答えがちょっと意外だった。その単語が二宮さんの口から出てくるのがまた意外というか、似合わないというか。どら焼きは作ったことがないのでまた次回にするとして、シュークリームならギリギリ作れる範囲だ。お菓子作りは得意なほうなのだ。料理は練習中だが。

「え、名前さん、シュークリーム作るんですか?」

会話を聞きつけて現れたのは出水くんだ。期待したような瞳で私を見てくる。作るとはまだ言ってないのに。

「…作るとはまだ言ってないよ、聞いただけで」
「作らないんですか?なーんだ」
「いや、まあ、作るんだけどね」
「やっぱそうなんじゃないすか!…俺、この前のスコーンすごく楽しみにしてたのになあ。帰ってきたらごめん忘れてたって、そりゃないですよ」
「わかったわかった。じゃ、味見係よろしくね」
「やった!了解です」

この前のことを引き合いに出されると断れない。まあ確かにこの前のスコーンを結局あげられなかったのはちょっと反省しているので、いい機会だ。よし、お菓子作りがんばるぞ。




回覧板とシュークリームを入れた紙袋を手に、コンコンと辻くんの部屋をノックをする。ちょっと緊張するが、よし、今度こそ。

「…はい」

しばらくしてから開いて、ばっちりと目が合う。するとビクッと肩が跳ねてからすぐに閉めようとするので慌てて話しかけた。

「あの!回覧板を!届けにきたの!」
「あっ、はい、………す、すみません」
「どうぞ!」
「…ど………どうも」

俯き加減に回覧板を受け取り、そそくさと閉めようとする辻くんに逃がすまいとばかりにまた声をかけた。作戦決行である。

「ちょっと待って、これ、作ったからおすそわけ!」
「………えっ、こ、これって」
「シュークリーム。出水くんに味見してもらったから味は保証するよ」

おすそわけというか、辻くんのために作ったんだけどね!!辻くんはシュークリームと聞いて少し表情が変わった気がしないでもない。そのままおずおずと紙袋を受け取って、ちらと中身を見る。紙袋に入った、何の飾り気もないタッパーに二つ入ったシュークリームには、お手製カスタードクリームをたっぷりと中に入れている。シュークリームは結構レベルが高くて初めて作ったときはシューがふくらまなくて大変だった思い出がある。今回は出水くんはうまいうまいと言って食べてくれたので自信アリだ。自分でも食べてみて、カスタードもなめらかにできて満足のいく出来だ。
何か反応してくれるかなとどきどきしていると、うつむいたままぼそりと呟いた。

「………ありがとう、ございます。…シュークリーム、好物なんです」

知ってるよ、だから作ったんだと、言うか言わまいかとても悩んだ。悩んでいるうちにそれじゃあと部屋に戻ってしまった。引き留める間もなくドアを閉めてしまって、ちょっと残念に思った。言えばよかったかな、辻くんともっと仲良くなりたくて好物をわざわざ聞いて作ったんだと。でも食べ物で釣っていると思われるのも嫌だしなあ、と考えていると、再度ドアが開いた。

「………あの、苗字さん」
「えっ、な、何!?」
「タッパー、洗って返します、………その、おいしくいただきます」

ぺこっと頭を下げられ、今度こそドアを閉められた。相変わらず目は合わせてくれなかったが、紙袋をぎゅっと持ったその様子と声はちょっと嬉しそうに感じられたので、作った甲斐はあったかもしれない。タッパーを返されたときにまた少しでも話せたらいいなと、楽しみだと思った。








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