「あ!!名前さん!いいとこに!」

キッチンを借りてオヤツのチョコチップスコーンを作っているとき、出水くんが慌てた様子で私に声をかけてきた。

「どうしたの出水くん。スコーン欲しいの?」
「えっ、あ、欲しい!っすけど、ちょっと時間ないんですよ!防衛任務忘れてた!太刀川さんにコロッケ奢んないといけなくなる」

早口でそう言って、帰ってから食べたい!!と言われた。自分のためだけに作っていたがたくさんできるし、快く承諾すると嬉しそうにガッツポーズしていた。出水くんは人懐こくて気軽に声をかけてくれるし、あっという間に仲良しだ。
それにしても、太刀川さんの率いるチームに所属し、ボーダーで名実ともにトップのチームだというのは本当なのだろうか。呑気でちょっと抜けている太刀川さんしか見たことがないのでちょっと信じられていない。

「それでちょっとお願いしたいことがあるんですけど…」
「お願い?」
「これ!回覧板!迅さんとこに持ってといてくれませんか!お願いしますっ」

隊員寮で回している回覧板を押し付けられ、パンと手を合わせて頭を下げられては断れない。まあ、回覧板くらい断るようなことでもないのだが。

「迅さんね、いいよー」
「ありがとうございますっ!じゃあ、スコーン、帰ったらくださいねっ」

時計をチラリと見て慌てて走って去っていった。防衛任務、かあ。大変そうだなあ。学生なのに頑張っているのだから、労ってあげなくてはと回覧板をテーブルに置きスコーン作りに勤しんだ。




迅さんは普段あまり隊員寮にはいないイメージだ。夕飯の時さえ、時々しか見かけない。諏訪さん曰く、あいつの本拠地は別にある、とのことらしい。じゃあなんでわざわざ寮に一室を借りているのか甚だ疑問である。寮の部屋にはポストはないので、確かに遭遇率の低い迅さんに回覧板を回すのはちょっと大変かもしれない。
今日も居ないかもしれないな、とあまり期待せずに部屋をノックする。するとすぐにガチャリとドアが開いた。

「やっほー、いらっしゃい。待ってたよ」

にっこりと笑った迅さんがいた。その言い草は、まるで私が来るのを知っていたような。少し驚いて目をぱちくりさせる。

「……待ってた、って…私をですか?」
「回覧板が来る頃かなって思って。ビンゴでしょ」
「…エスパーですか?」
「そうかもね。まあ、入って入って」
「私回覧板届けに来ただけなんですけど…」

招かれたが中に入るのを躊躇っていると、足音がもう一つ聞こえた。誰か遊びに来ていたのだろうか。

「やあ、初めまして。ちょうどうまい饅頭があるぞ、食べてかないか?」
「…あ!!あなたは!あの、嵐山隊の!?」

ひょこりと顔を出したのは時々テレビで見かけるボーダーの広報部隊で唯一有名な嵐山隊の隊長さん。さすがに嵐山隊くらいは知っている。爽やかイケメンでなんか眩しいくらいだ。そういえばぱっと見この二人どこか似ているような。

「あれ、俺を知ってるのか!そうだぞ、嵐山隊隊長の嵐山准だ。迅とは同い年で仲が良いんだ。よろしく」
「わー、有名人さんと会えるなんて!私苗字名前っていいます、よろしくお願いします」
「というわけでさ、せっかくならちょっとおしゃべりしていかない?ぼんち揚げもあるよ」

迅さんは回覧板を受け取ってパタパタと動かし、にやっといたずらっ子のような笑みを浮かべる。私は今度は迷うことなく、じゃあお言葉に甘えてとお邪魔することにした。別にお饅頭やぼんち揚げに釣られたわけじゃない。有名人に釣られたわけでもないが、楽しそうだと思ったのだ。ご近所付き合い大切だし。

「あ、そういえば、私、おやつにスコーン作ったんでした。持って来ますね!」
「おお、それは嬉しい。ありがとう!」
「やった、ラッキー」

これはタイミングが良い。お菓子をもらうだけではちょっと肩身が狭いので提供できてよかった。
焼けたばかりで冷ましていたスコーンを取りに一旦戻る。まだ少しあたたかいが、これはこれでいいだろう。

「お待たせしましたー」

迅さんの部屋に戻ると、今度は嵐山さんがドアを開けてくれた。うわっほんとに嵐山さんだ。未だにテレビでの印象が強すぎてちょっとドキドキしてしまう。ミーハーな私だった。ぼんち揚げを食べていた迅さんはどうぞどうぞ〜と手招きしている。

「わざわざありがとうな。飲み物はお茶で良かったか?そのほかはそうだな、コーヒーがインスタントでよければ…あとココアがあるぞ!」
「ちょっと嵐山、勝手に俺の部屋漁んないでよー」
「え、じゃあ、ココアで!」
「普通に頼んでるし」

文句を言いつつも、俺もココアちょーだいなどと言っているあたり、別に不満ではないようだ。基本迅さんは優しいと思っている。
お邪魔します、と迅さんの隣に座る。オープンに開かれたぼんち揚げの袋と、お饅頭の箱が乗った小さいテーブルを三人で囲む形になる。二人分のココアを作って持ってきてくれた嵐山さんにお礼を言いつつスコーンを入れた箱をぼんち揚げの隣に置くと、二人は覗き込んで小さく歓声を上げた。

「手作りか、すごいな!よく作るのか?」
「スコーンはわりと作るほうですかね、簡単なんですよ」
「へえ、女子力ってやつ?この前もオムライス作ってたしね」
「料理なら、私なんかより木崎さんの方がよっぽどお上手ですよ。私はまだまだ練習中で」

二人なら木崎さんのことも知ってるかな、と思ってそう言うと、二人は目を見開いた。特に迅さんはぎょっとした表情をした。

「木崎って…まさかレイジさん?なんでレイジさんが出てくるの?」
「この前諏訪さんにカレー会に誘ってもらって。あ、イコさんともそのとき知り合ったんです、同い年だって」
「生駒ともか!結構顔が広いんだな、苗字は」
「カレー会って…絶対風間さん主催でしょ。おもしろそう」

まあボーダー隊員の寮にいるんだからそりゃ知り合う人はボーダーの方々ばかりだし、別に普通だろうと思うのだが。レイジさんは料理めちゃめちゃうまいからね、とどこか自慢げに言う。仲がいいのだろうか。

「そういえば同い年なんだし、敬語ナシでいーよ」
「そうだぞ、気楽に行こう!」

迅さんと嵐山さんはスコーンをつまみながらそう言った。ちょっと敬語をとるタイミングを見失っていたのでそう言ってもらえると嬉しい。

「じゃあそうするね、ありがとう!…なんて呼べばいいかな」
「おれは名前って呼ぼうかな」

さらっと名前で呼んでくるあたり慣れてるなあと思う。一瞬どきっとしたが、何を考えたのか、じゃあ俺も名前で呼ぼうかななどと言い始めた嵐山さんに名前と呼ばれてそれどころではなくなった。さっきまで苗字だったのに…!ボーダーの方々はみんな顔が整っていて多少免疫がついたと思っていたが、テレビに出るほどの眩しいさわやかイケメンに名前で呼ばれるとこれほど破壊力があるのかと思った。

「ええっと、じゃあ、悠一くんと准くんで」

お返しとばかりに名前で呼ぶことにする。まさか名前で呼ばれると思っていなかったのだろう、二人とも面食らった顔をしていて私の反撃は大成功であるが、なぜか私の方が恥ずかしくなってちょっとうつむき加減になってしまった。というか准くんって!!あのみんなの嵐山准を…名前で仲良さげに呼んでいるなんて…役得すぎる。

「と、ところで、このお饅頭おいしいね!」
「だろう!ここのお饅頭は絢辻のお気に入りだから間違いない」

無理やり話題を変えると、准くんがぱっと話にのってくれた。綾辻って誰だろうと考えてすぐに思い当たった。

「絢辻って、もしかして絢辻遥ちゃん?カワイイよね!」
「ああ、うちのオペレーターだ。あ、スコーンも美味いぞ、サクサクだな!」
「また作ったらちょーだいよ、名前」
「……いいよ、悠一くん!」

ワイワイ話しながら時間がたつのも忘れて過ごしていた。なんだかんだで隊員寮生活をエンジョイしているなあと実感するこの頃だ。
その後出水くんと約束していたことをすっかり忘れてスコーンを平らげてしまい、謝り倒すことになるのだった。







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