クザンさんと手配書
「何やってんの、ユナちゃん」
クザンさんがアイマスクを装着してデスクに無駄に長い足を上げているというダラけきった格好で私に声をかけた。私はクザンさんの方を見ずに手元に視線を落としたまま答えた。
「まずはここの偉い人たちを覚えろと、鬼畜なセンゴクさんに海軍将校の方々の名簿とおまけに海賊の手配書をこれでもかってほど渡されたので、死に物狂いで覚えている最中です」
「…大変そうだね」
海軍将校の方はそんなに大量でもなかったのでだいたい覚えたが、海賊はどうにも多すぎて駄目だ。まだまだ捌き切れていない。異名までくっついているのだからなおさら覚えるのに一苦労だ。
海賊という輩は、どいつもこいつも乱暴そうなおっさんばかり。もっとこう、かっこよくて目が引かれるような、若い人はいないのか。なんて、癒しを求めてしまうのはきっとおかしくないはず。すると、ぴらりとめくった先に、イケメンがいた。
「お、お、おお!かっこいい、若い!」
「ん?誰?」
「火拳のエース、です」
思わず声をあげてしまう。だって若い。若いって素晴らしい。……私何歳だっけと自分で疑うようなセリフだが。
「……そういう奴がタイプなの?」
「タイプというか、普通にかっこいいと思いますよ。海賊にもこういう人いるんですねえ」
「…あ、そう」
あっそうって。そっちから聞いたんじゃんか。それにしても、火拳のエースか。
「火、と名前につくくらいなんですから、炎で悪さをするんでしょうね。……きっと放火魔なんですね」
ぶふ、とクザンさんがおかしな音を発した。振り向くと、顔を背けて肩を震わせていた。笑っているらしい。
「ユナちゃんの発想にはホント驚くよ」
「別に普通でしょう?」
「いやおかしいよね。そいつはメラメラの実の能力者、炎人間」
「え!クザンさんと同じ、能力者……!」
「いや、言っとくけどユナちゃんもその部類に入ってるから」
クザンさんは、ヒエヒエの能力者であると先日知った。氷人間。凍りついたときは本当に驚いた。煙に氷、炎。何でもアリなんだなあ、と感心していると、そういや私は”拒絶”かと言われて思い出す。…なんか私だけ変なの。
「能力者の海賊なんて、この海にはザラにいる。悪魔の実はレアなはずなんだけどね」
「へえ…この人もですか?ええと、麦わらのルフィ」
めくった先には、屈託のない笑顔で写真いっぱいに写る麦わら帽子をかぶった海賊がいた。クザンさんに見せると、なんだっけなあ、と少し悩んだ後、思い出したように言った。
「そいつは、ゴムゴム。ゴム人間」
「ゴム!そんなのもあるんですね。でも、なんか、さっきのメラメラとか、クザンさんのヒエヒエとかと比べたら、ちょっと頼りない感じですね」
「…ところがどっこい、最近出てきた奴だけど、結構やるみたいよ。3000万ベリーでしょ?東の海じゃトップだからね」
「へえ、そうなんですか。意外です。にしても、気持ちいいくらいの笑顔で…」
笑い声がしそうなくらい楽しそうな笑み。ピースまでしている。麦わら帽子が似合う人だ。不敵な笑みやら凶悪な顔ばかりの手配書の中では、目を引く異色なものだった。覚えやすくていい。
さて、こればかり見ていても進まない。次は誰かな、とめくると。
「あっ、あああ!!!」
「え!?何、どうしたの」
「この人ッ!!」
瞬間的に立ち上がり、クザンさんに見せつけた。特徴的な帽子に、目の下の隈。間違いない、この人は。
『気を楽にしろ、すぐに終わる。たった左眼だけなんだからな』
「父の眼を、私に移植した医者です…!!医者じゃなかったんですか?海賊ってどういうことなんですか…!?」
「あらら……マジ?」
「はい!間違いないです!」
クザンさんはあまり表情には出していないが驚いた様子で私をまじまじと見た。こんなところで、こんな形でまたこの人の顔を見ることになるとは。通りすがりのただの医者、そう言っていたから。もう、出会うこともないと思っていた。
「そいつは外科医にして海賊、ハートの海賊団船長”死の外科医”トラファルガー・ロー。あらゆる手術を可能にする能力者だ」
「死の、外科医……」
「ユナちゃんはこいつに眼を手術してもらったの?説明してくんない?」
「……この人は、良い意味では私の恩人。悪い意味では、私の日常を奪った人。どちらにしろ、私の人生はこの人によって捻じ曲げられたんです」
憎むべきなのか、感謝するべきなのか。それさえも私にはわからない。
政府の役人を名乗る人が突然訪問してきて、人質にとられて、左眼を潰されて。その先は意識はなかった。目を覚ましたら、潰されたはずの左眼があって、左眼を隠されたお父さんが隣のベッドで穏やかな顔で眠ってて。そして、医者の冷酷にも見える眼が私を見下ろしていた。
『気分はどうだ』
『……誰…?』
『通りすがりの医者だ。瀕死だったお前の父親に、お前を助けるように縋られた。一部始終見ていたが、あまりに不憫だったしな、願いを聞いてやった。…ただの気まぐれだ』
『…え?』
『お前を生かすために、父親の左眼をお前に移植した。お前の潰されたはずのその左眼は、今は亡き父親の左眼だ』
医者は淡々と述べるだけで、私はちっとも理解していなかった。何がどうなってるんだか、ここはどこなのか、それさえも分からなくて。ただ呆然としていた。
『………おとうさん、は、死んだの?』
『ああ。お前の父親は死んだ、お前に全てを託して。自分の希望だけでなく、その呪われた運命さえも』
ずきりと左眼が痛んだ。この左眼の意味を、この言葉の意味を、そのとき私はまだ分かっていなかった。
『俺の気まぐれが、どう転ぶか見ものだな』
そう言って、医者らしからぬ表情、ニヤリと口元を歪めて私を見下ろした。私は一つだけ理解した。政府によって、私の日常が崩れ去ったことを。
『……イヤだ』
『あ?』
『こんなのイヤだ。返して、お父さんを、お母さんを、私の左眼を。家族と日常を返してよ!!』
『っ、てめェ!!』
そう叫んだ次の瞬間には、男は手をかざして何やら叫んだ。シャンブルズ、だったような。そこからはあまり覚えていない。気がついたら島の外れの森に私は倒れていて、周囲は土砂崩れのように崩れていた。
思い出したら、左眼がずきりと傷んだ気がした。眼帯に手を当て、もう五年も前のことですけれど、と付け加えた。それなのにこんなにも鮮明に覚えている。あれが私の運命を決めたのだ。
「……そういうことね。いろいろ納得したよ」
(左眼のみ”生かしたまま”移植する、そんなことがあるものかとセンゴクさんから聞いたときは思っていたが、トラファルガー・ローなら、確かにそれが出来る)
クザンさんは何か難しい顔をして相槌を打った。
「……この人だけは、絶対会いたくないですね。助けてくれたお礼を言うべきなのか、こんな能力を与えたことを責めるべきなのか、そして海軍に身を置いている今、どんな顔をして会えば良いのか……わかりませんから」
もし会ったら、彼は何と言うだろうか。きっと、あの時のように、ニヤリと医者らしからぬ笑みを浮かべるのだろう。
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