朝食


「ふぁあ」


大きなあくびを一つして、朝食をとるため食堂へ向かう。すると、珍しく朝食がまだ出来ていなかった。皆テーブルについて雑談をしながら朝食を待っている。珍しいなと厨房を覗くと、コックらがわたわたと朝食の準備を急いでいるところだった。心なしか元気のないぐたりとしたサッチを見つけてトコトコと寄る。


「サッチ、おはよう。珍しいね、朝食遅いの」
「あァ、わりィ。寝坊した上、二日酔いでよォ…今作ってるから、待っとけ」
「あ、うん、急かしてるわけじゃないから大丈夫。サッチが二日酔いなんて珍しいね、どんだけ飲んだの?」
「あー…まあ、昨日はなー…」


目をそらして言葉を濁すサッチ。なぜ目をそらす。
私は酒を飲むと酔いより眠気がくるタイプで、昨日も途中から寝てしまったのだろう、意識がない。起きたら自室のベッドの上だったので、マルコあたりが運んでくれたのだろうと思う。
そこまで考えた私は、サッチの髪型にやっと気がついた。


「あ、だから今日カチューシャサッチなんだね?」
「なんだよそのカチューシャサッチって…」
「リーゼントじゃないじゃん。かっこいいサッチじゃん」
「………」


今日のサッチはリーゼントではなく髪をおろしてカチューシャをしている。この前もだったが、確かに今日はリーゼントにする時間も気力もなさそうだった。私はこっちの方が気に入っているのだが。


「あー、おなまえのせいでもっと気分わりィよ」


はあ、と頭を抱える。確かに若干顔も赤い。


「その言い方酷くない?というかなんで私のせい?…座っとけば?もう朝食できたでしょ」
「あー、じゃあ、そうすっか。」


頭をがりがりとかきながら歩いて行くサッチを見送って、一人厨房に残る。冷蔵庫から少しだけ材料を拝借して、さて、ちょっとだけ料理をしようか。




「あ、おなまえー!おはよう、こっちだ!」


エースが手招く方へ行くと、エースの隣に私の席をとってくれていた。エースの隣にはサッチが座っている。


「ありがとエース!」
「おう。ん、何持って来たんだ?」


エースが指を向ける先は、私が持ってきたグラスである。私はにっと笑ってサッチの前に置いた。


「はい、どうぞ!可哀想なサッチくんのために作ったの」
「…レモン水か?」
「うん、二日酔いにはそれでしょ。レモンは冷蔵庫から勝手に取ったけど」


水に絞ったレモンを入れて氷を入れて、少しのハチミツを加えてマドラーで混ぜたもの。二日酔いに最適とよく聞く。サッチは少し驚いたようにぱちくりした後、グラスを揺らしてから一口飲み、嬉しそうに笑って頭を撫でてきた。


「ありがとよ、おなまえ。うめェ!」
「ありがたーくいただきなさい!このあたしが手作りしたんだからね、レアよレア!」
「ええー、サッチだけずりィ!おなまえ、俺にも作ってくれよ!」
「サッチが二日酔いで辛そうだったから作ったの。エースは二日酔いなんてないでしょ!」
「うぐぁあ急に頭がいてェェ」
「嘘つけ!」


急に頭を抱え出したエースを放ってご飯を食べ出す。もぐもぐしていると、イゾウが皿を持って歩いて来て、隣に座った。


「隣もらうぞ」
「うん。おはよう、イゾウ」
「おう」


挨拶をかわしてまた朝食を食べ進める。サッチが嫌そうな顔をしていたが何か喧嘩でもしたのだろうか。
イゾウが持ってきた皿に視線を移すと、皿はカラで何も乗っていなかった。食べた形跡はあるので、すでに食べ終えてから来たということなのだ。


「イゾウ、何しに来たの?ご飯食べたんでしょ?」
「用がなきゃ来ちゃァ駄目か?」
「いや…いいけどさ」


何か視線を感じるんだけど。食べてるところをじろじろ見ないで欲しいんだけど。やっと食べ終えて水を飲み干すと、ぐいっと髪が引っ張られた気がして振り向く。


「髪がほどけてるぞ、おなまえ」
「…今、イゾウが自分で取ったよね?ね?」
「あァ?知らねェな。俺が結んでやるよ」


妙に楽しそうなイゾウは器用に私の髪をまとめ上げる。意味がわからないが、さらりと手櫛でとかれるのが気持ちよくておとなしく結ばれていると、サッチがもぐもぐと口を動かしながら喋った。


「イゾウ、おなまえの髪結ぶために来たのかよ?」
「何その髪フェチ的な言い方!イゾウがそんなので来るわけないじゃん」
「おい頭動かすな、髪抜かれてェのか」
「すいませんやめてください!」


…だがしかし、長い。イゾウでも私の髪のボンバーさに手こずっているのだろうかと振り向こうとするが、前を向いとけと怒られた。


「お前…手入れしてんのか?」
「失礼な!してるよ!」
「なってねェな、石鹸で洗ってるだろ」
「ええ!石鹸だったのアレ!?」
「否定しろよ」


イゾウはあいかわらず撫でるように髪をとかす。それをフォークをカチカチと噛みながら見ていたエースがじとりとイゾウを見る。


「いつまで髪触ってんだよイゾウ。早く髪結べよ」
「なんだ、エースも触りてェのか?」
「え、エース髪フェチだったの?」
「そうなのかエース。サッチ兄さん初耳ー!」
「ちげェよ!サッチきもちわりィ!」


などと言っていると、イゾウがよしと満足気に髪からようやく手を離した。髪を触ると、今までにない感触だ。イゾウが何をしていたか、髪をどのように結んだのか分かって目を輝かせる。


「すごい、みつあみだ!」
「気に入ったか?」
「うん!みつあみ初めて!手ざわりすごい良いね!」


少しだけ憧れていたが自分で編めずに諦めていたのだ。後ろで一つにまとめられた三つ編みを触りながら一人興奮して、サッチとエースに見せる。二人も褒めてくれて嬉しい。ニヤリとしたイゾウが言った。


「また今度してやるよ」
「やったー!よろしく!」


食べ終わった皿を片付けに行く途中、ゆらゆらと三つ編みが揺れているのがわかり一人でにやついていた。



「イゾウ…策士だな」
「何のことだかわからねェなァ」


みつあみを揺らして去って行く私の後ろ姿を見ながら、サッチは引きつった笑いをしてレモン水を飲み干した。
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