5年後の結末16







「あっ」って、言ったと思う。
吃驚して、ちょっと間抜けにも聞こえたけど確かに「あっ」って言った。
だって、出ると思わなかったから。










「・・・久し、振り・・・」

ザァーともサァーとも取れる、雑音。
普段の何気ない会話ならきっと気にも止めない様な小さな音なのだけれど、今はそれが自分の声より大きいような気がして少しだけ声を張った。

『あぁ・・・』

いつもの声だ。
いつも聞く、低いけれど耳にすんなりと入ってくる。
だけど声が小さい様な気が一瞬したのは、思っていたより自分が大きく声を上げていたからだと気付いて、気恥かしさから咳払いをした。

「あ、あの・・・・ごめん急に」

『いや・・・』

出ると、思わなかった。
本当に。
お礼の電話をすると言って出て来たのは良いけれど、きっと出ないと踏んでいた。
何度もクラウドには電話をし、その度コールは一度も鳴り止まず最後はいつも無機質なあの女の声だけが残っていたから。
だから今日もきっと出ないと、そう思っていた。
それでも良いやと思えたのは、同じ事をクラウドに俺がした事があったという負い目が半分。
残り半分は、その時のクラウドの気持ちがわかったからで。
留守電に残しておくという事も出来るし、もしかしたら折り返しでかかってくるかもしれない。
なんて淡い期待が少しだけ。
そう思ったら、あまり緊張も躊躇いもせずに番号を押せて、携帯電話を耳に当てれて。
留守番電話の案内が流れるまで、ぼんやりと走る車と風に揺られる桜の木を眺めていた。

そうしたらプツって。

ああいう音っていうのは、きちんと意識して聞いてる時より何も考えていない時の方がより鮮明に聞こえるものらしい。
そのプツってちょっと太い糸が千切れたような音がして、ほんの少しの間の後『はい』と、あまり馴染みのない他人行儀な声が返ってきた。
繋がらない事を前提に考えていた俺にとってそれは動揺を招くには十分で。

おかげで、第一声の「あっ」っていう言葉は僅かに裏返った。



『何か、用か』

「・・・うん、まぁ・・・」

こういうの嫌だと思う。
こういうのって、こういうの。
知ってる人なのに、知らない人間同士みたいな会話の仕方。

「クジャから聞いて、その・・・この前土手沿いの屋台で酔い潰れてるの、クラウドが運んでくれたって」

でもそうさせたのは俺自身なのだ。
今ならちゃんと、あの時の自分が間違っていて、クラウドを傷付けたのだと深く理解出来る。
しかし理解出来たところで、駄目になってしまった事ばかり。
これがクジャのいうところの「後悔先に立たず」なのだろうか。

「お礼、言わなくちゃって思ったんス・・・。
介抱まで、してもらったって聞いたし・・・」

『・・・別に、気にしなくて良い』

素っ気ない。
凄く素っ気ない。
仕方ないけれど、出てもらえただけ良かったけど。
こんなに色味に乏しい声をしていたか。
俺が相手だからそうなのかもしれないと、一瞬そう考えたけどそれはすぐに捨てた。
どれくらい振りに聞くかわからない、機械越しの声だけどそれでも俺にとっては十分で。
何気なくしていた事の半分も、今は満足に出来ないけれど。

今、俺とクラウドを繋いでいるのはこの一本の電話と、向き合っていた方向が違った5年間の友情の名残。
均衡が崩れた以上、俺とクラウドはもう友人ではない。
友人ではないけれど、他人というには知り過ぎてて。

意味を持った気持ちは何処にも行き場がなく、先日からずっと彷徨っている気がした。

「ご、ごめんな俺・・・ちょっと呑み過ぎて。
本当に、寝てたのも・・・覚えてなくて、」

あの、と続いた言葉の先、もう何を話して良いかわからなくなってしまった。

前はどんな風に話していたんだろうか。
どんな風に会話を繋げていたんだろうか。
今とは違う返事を貰って、今とは違う返事をして。
何に笑い合っていたんだ。
聞こえてくるのは、あの無機質な女の声となんら変わらない抑揚の少ないクラウドの返事と、焦った俺の声だけ。

「・・・ごめん・・・」

言いたい事は、それだけじゃなかったはずなのに。

『・・・ティーダ』

名前を呼ばれた事に、息が詰まった。
何って返事を返そうとしたけれど、口を開けようと思ったら変にひん曲がってしまい、慌ててぴたりと閉じた。
ヘの字の様な、なんというか。

『明後日、店に行く。
発注の事で話しがあるんだ、フリオニールには店に居る様伝えておいてくれ。
時間は夕方頃になると思う』

名前を呼ばれた事に暖かくなった胸が急激に冷えていく。

『もし遅れる時は店に連絡を入れる。
書類だけ、用意しててくれ』

俺は今、俺とクラウドの事を話してて。
二人の事を言ってるのに。
どうして話しが仕事の事に行くんだろうか。
無意識に掴んだエプロンに、力が篭って手の平全体が熱くなった。
でもそれだけじゃ足りなくて、奥歯を噛み締めて堪えてみえるけど、やっぱり足りなかった。

『ティーダ、聞こえて―、』

「クラウド!」

ヘの字に曲がる口も構わず、声を遮って叫んだ。
道行く人がつられて俺の方を見たけど、そんなの関係なかった。

「そ、そういう・・・話し、俺・・・したい訳じゃない」

舌が絡まって、上手く言葉が出ない。
それにまずい、どきどきしてる。
嫌な、どきどきの仕方。

「俺、やっぱりクラウドとちゃんと話しが・・・したくて、だから」

もっと、ちゃんと話しをさせて欲しい。
いっぱい傷付けた事ごめんって、言わせて。
それから、俺が考えてた事言わせて。
ずっと、ずっと考えてやっと気持ち、見付かったから。
だから、もっとクラウドの事も教えて。
知りたいんだ。
俺、きっと5年間で何も見えてなかったから。

「話す事、ないって・・・言われたけど、それじゃあやっぱり駄目なんだ俺、まだ何もクラウドに何も伝えれて・・・ない」

怖がるな、怖がるな。
自分がした分だけが返ってくるのはわかってる、それはちゃんと受け入れる。
だから諦めるな、まだ頑張れる。
何度もそう、心の中で繰り返す。
どんなに酷い事を言われたとしても、ちゃんと伝えるんだ。

「だから、話し・・・させて欲しいッス」

耳に心臓がついた様に、ドッドッと心音が米神の方まで伝って来る。
返事が返ってくるまでに、どれくらいの間があったのかはわからない。
暫くしてぎゅうっと、エプロンを握り直していると深く息を吐き出す、掠れた音が聞こえた。

『・・・悪いが、もう俺の中では済んだ事なんだ。
今更蒸し返したくない』

何の躊躇いもなく、そう言うもんだから。
どきどきが大きくなった。

『それにお前の事も、もうそんな風に見てはいないんだ。
沢山居る中の一人で、それだけだから』

さわさわ、と目の前の桜達が大きく揺れた。

「クラウド・・・」

『もう終わりにしたいんだ』

「・・・」

『悪い』

それっきり何も、言えなくなった。
何に対して悪いと言っているんだろうか。
いつの間にか切れていた電話の先から、何度も同じ音だけが繰り返し鼓膜を刺激していた。

どきどきの正体はきっとこれだったんだろうか。
クラウドの本心がどこにあるのかはわからないけれど、今口にされた事が俺にとってが全てで現実なのだ。

「沢山、居る・・・中の一人」

色んな事に、俺気付くのが本当に遅かった。
気付いた時には既にクラウドの中でいろんなものが終わっていたんだ。
俺、知らなかった。


知らなかった。


「っ・・・」

ぼんやりと滲んでいた視界が、激しくぶれる。

「・・・・ぅ・・、」

吸い込んだ息がひゅっひゅっと数回にわけて肺に入り込んだ。
もう、足が震えて立ってはいられなくて。
崩れる様にその場に膝を抱えて座り込むと、声を上げた。
しゃくりあげた肩が震え過ぎて、呼吸が苦しい。


好きだと、好きになったんだと。


それを伝える事も駄目だった。
クラウドの心の何処にも、俺はもう居ない。
クラウドは歩き出したんだ、俺一人だけがずっと此処で足踏みしてただけで。

大丈夫ですか?と、頭の天辺の方から声がしたけど、構ってなんかいられなかった。

もう居ない。
俺を好きだと言ったクラウドは居ない。
俺の知っている、俺の触れた、あのクラウドはもう居ないのだ。
そうしてクラウドの目には、もう俺が映っていない。

歩き出したクラウドの未来に、俺は居ないのだ。


(遅すぎた)


それが、堪らなく悲しくて。
止まらない涙を吸い込みながら、何度も何度もクラウドの名前を呼んだ。

泣く事が、なんの役にも立たないのだと心の底からわかっていても。


(遅すぎたんだ)


流れていくそれを止める術が、わからなかった。







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