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馬鹿が一人居ると思った。









ハラリ、と指先で薄くざらつく紙を一枚捲るとザッと上から下までを目に通してみた。
新入荷をしたらしいと言っていたからカタログを取り寄せてもらったが、前回とあまり変わり映えのしないショップの武具に段々と見る気が失せてくる。


(もっとマシな物を入荷してから宣伝でもするんだな)


思っていた以上に期待外れな内容だ。
目新しさのないカタログなどただの紙くず同然、見る価値もない。
今度はカタログではなく、直にショップに足を運んであの白い生き物に入荷をする様伝えるのが良さそうだ。
渋るようであれば、頷くようにすれば良いだけ。
似た様なカタログなんぞ毎回送る時間があるのだから、その分の時間を削って入荷に走り回るくらいは出来るだろう。
紙を捲る指が完全に止まってしまう前にそう結論を出すと、興味の失せ掛けたカタログはそのままに視線を横に遣った。

ベッドに乗り上げ壁に背を凭れてる自分とは反対に、床に座り込み忙しなく手を動かしているティーダ。
あぁでもない、こうでもないと一人ぶつぶつ喋っている声が煩いがまぁ真剣にやっているようだから敢えて何も言わないでいる。


(馬鹿だなお前は)


ふわふわと揺れるくすんだ金色の髪を揺らすティーダを見て、心の中でそうごちた。





他の仲間達と変わらない。
俺にとってティーダもただの仲間だった。

ベッドから引き摺り出した、あの時の顔を見るまでは。




それまでは別にティーダが俺を苦手と感じている事に何も思わなかったし、それならそれで構わないと思っていた。
元々、他人にどう見て思われようが俺の知った事ではないし気にもならない。
思いたいように思えば良い。
元来の性格の悪さは自負しているが、だからと言って俺は俺を嫌悪する人間に対して邪剣に扱う事はしない。
俺は俺。
だからティーダが俺と二人の時、会話が続かない事を不安に感じて懸命に喋り倒すのを見ても、手助けする気もなかった。
それが、まさかあのベッドの事で一変するとは。


(何処で変わるか、わかったもんじゃないな)


あの時、ベッドの下から出られなくなっているティーダを見てとんだ間抜けが居ると確かに呆れたが。
それは助ける前までの事で。
引き摺り出した時のティーダが、泣きそうなそれでいて安堵とも取れる様な顔をして見せた。
それが埃で汚れた手の中で必死に守っていた物の為だと知って、酷く胸中を掻き毟られる様な気持ちになった。

ベッドの下に嵌って抜け出せないという、少々変わった場面には驚きはしたがたったそれ一つで心が動いた。
普段ならば、決して微動だにしない筈の自分の中のものが。
早すぎるスピードでティーダへと引き動かされていく気持ちが顔を出せば途端に、大き過ぎる程の興味心が湧いた。

まるでどうでもよかった男に、色が付いて匂いがするように。

そうして次いで湧いてきたのは、半ベソをかいてしきりに「良かった、良かった」と口にしては愛おしそうに指輪を撫で見つめるそれを、俺に向けて欲しいという強い欲求と衝動。
今まで誰に対してそういう顔をしていたのか、今は誰にしているのか、そもそもこの世界に呼ばれてしていたのか、興味の対象でなかったのだから知る由もなかったが、それを酷く惜しいと感じた。
出来るならば無理矢理掴んで引き摺り回して、吐き出させても知りたいとさえ。
20年以上この体と性格で付き合ってきたが、こんな風に腹底からじくじくと鈍く広がるような熱を孕んだのは初めてだった。
それが案外心地良かったのもまた、初めて知った事だ。


後、一度は冷静になって考えてみたが、それでも孕んだ熱は燻ぶり未だに燃え続けている。
火は消し方が悪いとまた燃え上がってしまうというが、そもそも消すつもりがなかったのだから浸食が進んでいたところで驚きはしない。
むしろ、最近は空っぽだった何かが満たされていくような気さえする。
あの時、ティーダが「なんでも言う事を聞く」と言わなかったら俺はどんな行動を取っていたのか。
今でこそ、自分とティーダを繋げているのはその一縷の約束だがそれがなければきっと頭の隅に置いてある、ありとあらゆる非道な手を使ってでも何らかの接触を試みただろう。

(そういう点に置いては良かったのかもしれんが、やはり馬鹿だ)


嫌だと言わせる気はないが、それでも上手く立ち回れるだけの器量をどうやらティーダは持ち合わせていないらしい。
おかげで隙だらけのティーダを突くには何も困らないが、突拍子もない事をするという事に関しては些か予想の遥か上を飛んでいる気がする。

その突拍子もない事の殆どが、俺を腹立たせ、苛つかせているが。

何度言っても聞かない、何度言っても反抗する。
そろそろ体で覚えさせるべきか思案しているところだが、上手く自分の思い通りに動かないティーダに益々興味心が湧いていると言う理由で少し迷っている。
自分のやってる行動一つ一つが俺を侵し揺さぶっているなど、本人であるティーダは気付いてないのだろう。
だから馬鹿なのだ。
付け入る隙を与えているのは自分自身なのだといい加減気付いても良いだろうに。




ガシャン、と軽いガラスの割れる音に二重にも三重にもぶれかけていた視界が焦点を戻した。
そうしてハラリと、見てもいないカタログのページを一つまた捲る。

「うわっ!ご、ごめん!」

音のした方にぐるりと目玉を動かせば、ティーダの足の間に割れた瓶が一つ。
中身はなんだったか、覚えてはいない。

「す、すぐ拭くッス!」

おろおろとし出したティーダを無言で眺めつつ、またページを捲る。

「どうしよう・・・ごめん!俺弁償するッスから!」

よくわからない液体が散らばったガラスの破片と共に、床を黒く濡らしている。
匂いはないが、さて何だっったか。
やはり思い出せない。
と言う事は、どうでも良い物なのだと自分の中で解釈すると、布を片手に床を拭こうとしているティーダに声を掛けた。

「良い、そのままにしておけ」

「へ?あ・・・でもこのままだと危ないし、続き出来ないッスよ」

「俺が良いと言ってるんだ、一々反論するな」

布を両手で握るティーダの指に曇りなく輝くシルバーの指輪。
それがチラリと光り、思わず目を細めた。
ティーダの所有物だが、ティーダが所有しているというよりはあの指輪にティーダが所有されているような。
唯一、ティーダにあの顔をさせたのは今のところ俺が知っている限りではあの指輪だけ。

(寝ている時に奪って捨ててやるのも良いかもしれんな)


ごわごわとした、身にあまる不快感に益々指輪を見る目が細く歪んだ。

「来い、ティーダ」

広げっぱなしのカタログを伸ばした足の上に置くと、ここ最近では頻繁に使っているその言葉を告げた。

「でも、まだ片付け終わってないッスよ」

そうやって、お前は一度も一回の呼び掛けで来た試しがないな。
何か言わずにはいられないのだろうか。

「また言わせるか、お前は」

「だって片付けしろって言ったのクラウドッスじゃないッスか!」

流石にムっとしたのか、ティーダがぎゅうっと眉間に皺を寄せてそう反論してきた。
全く良い度胸だ。
確かに、素材を詰め込んだボックスの中を片付けて綺麗にしろとは言ったが。
先日、頬を引っ掻いた時の借りを返すって事で良いならと、言い返してきたティーダに少しは学習したのかと感心したが、案外そうでもなかった様だ。

まだ俺の言う言葉が最優先だという事を覚えないらしい。


(馬鹿が・・・・)


ふぅと、小さく唇の隙間から溜息を洩らすと立ち竦むティーダに向かって、グローブの下に仕込んである細く針の様な暗器を数本、躊躇なく放った。
ヒュっと風を裂く音と共に、それらがティーダの米神を掠め後ろの壁に刺さる。
ひらりと舞い落ちる細い髪。
どうやら横髪を切ってしまったようだが本人に当たってないのだからどうという事はないだろう。
敢えて当てない様に投げてはいるが、いつかうっかり手を滑らせて刺してしまいそうだ。
それはそれで、別に良いとは思う。
死にはしないし、何より体で覚える良い経験にでもなるだろう。

「くどい。
俺が来いと行ったらさっさと来い」

大体からして俺は気が長い方ではないというのに。
待たせるのは良いが、待たされるのは嫌いだ。

世間一般で言われるであろう自己中心的と言うものにあてはまるらしい俺の性格だが、直す気は端から欠片も存在してないし、一体いつからこんな性格なんだと聞かれても、それは俺にもわからない。
気付いたらこうなっていただけで。
ただ、これを表に出す事があまり良い事でないということは知っている。
だからあえて出さないでいる。
別に出さないでいる事が苦痛ではない、むしろ息をする様に自然に出来ている筈だ。

ただティーダに対しては違う。
一度、俺が中へ受け入れた。
だから隠くす必要性も意味もなくなった。
何故ティーダだけだったのか、そこを意味するものが何なのか、まだ薄らと靄の様な何かに隠されて見付ける事は出来ない。
ただ、既にティーダを自分の所有物であるかの様に感じている辺り、見付ける事もそう遠くは無い気がする。


(だから余計な事はするな。
お前は俺の言う事だけ聞いて、俺の事だけ見てればいい)


もし自分以外の誰かにあの顔を見せたら殺してやろうかと暢気に考えていると、んー!んー!と声にならない声で呻いたティーダが苛立った様にダンッダンッっと床を数回踏みつけ、布を投げ捨てると漸く此方に向かって来た。

「座れ」

組んでいた足先を解き、足の間にスペースを作って其処を顎で示すとティーダの顔が引き攣った様に見えた。

「そこ・・・にッスか・・?」

「ここ以外に何処がある」

あぁ、葛藤しているんだろうなと思う。
そのきつく握った拳や、足の間の空間を凝視する瞳が何よりも強くそれを伝えている。

「早くしろ」

そう言って追い打ちを掛けてやれば観念したのか、一度強く目を瞑ったティーダがのっそりとベッドへと這い上がってきた。
ギッと軋む音が耳に心地良い。
ティーダが足の乗せたのを確認すると、そのあまりにも鈍い行動を手助けするべく腕を引っ掴み自分の方へと引き摺った。
ふぉ!っと色気のない声が聞こえたが、構わず引き摺り強引に膝の間にその体をおさめると、すかさず腹に腕を回して柵を作る。
すぐ側に来たティーダの匂いがふわりと辺りに広がり、ささくれそうだった気持ちが幾らか和らぐような気がした。

「ティーダ」

腕を回しているとわかるが、体が硬い。


(緊張しているのか)


男の体云々ではなく、筋肉までに伝わる緊張からの硬さ。

「体重を預けろ」

壁に凭れている俺の足の間で、ティーダはまるで正座でもしそうなくらい背筋をピンと伸ばし固まっている。
この、俺とティーダの間にある僅かな空間が無性に憎い。
手酷い事をする前にさっさと取り払いたいのだが。

「・・・でも・・」

「良いから、預けろ」

そう言って、腹に回した腕に少し力を込めればそれを止めようとティーダの手が俺の腕を押さえた。
通常ならない、ヒヤリとした冷たい金属の感触が皮膚を貫きその下の血や細胞まで刺激したような感覚がして。
渋るティーダを無視して、そのまま自分の方へと引き寄せた。
少々力が入り過ぎたのか、腹を圧迫した所為でぐえっと潰れたような声がティーダから零れていたが、さっさとしない方が悪いのだ。


(鬱陶しい指輪だな)


一々癪に障る。
胸に掛るティーダの重みのおかげで、口に出さずには済んでいるが。
ティーダの髪に顔を押し付け、頭の中に直接囁く様に声を掛けた。

「俺が良いと言うまで此処に居ろ」

あの顔を思い出すと、名前のない欲望が薄い心臓の膜を破って水のように溢れ出しそうだ。

「あ、あ、あの・・・ちか・・いっていうか・・・近い・・・」

口籠るティーダを無視して尚もきつく腕に力を込めた。

「良いから」

「・・・・うッス・・」

「後、俺の代わりに読め」

ティーダと俺の間に挟まれていたカタログを無理矢理引っ張り出し、ティーダの膝の上に投げ捨てた。

「・・・カタログ・・・って声に出して読むもんなんスかね」

「見るのが面倒になった。
良いから読め」

「・・・・うッス・・・」

パラリとページを捲る音がし始めると、俺はティーダの頭から唇を滑らせ肩に顎を乗せた。

「か、革の帽子・・・500ギル」


(・・・そこから読むのか)


これは長くなりそうだと一人ほくそ笑むと、ティーダの体温の心地良さに目を瞑り暫しその匂いに思考を沈めた。






馬鹿が一人居た。
言う事を聞かず、俺を腹立たせ、墓穴を掘っては呆れさせる。


そんな、俺を惹き付けて止まない男が。





(約束は名前が見つかった時にでも)


(それまでは、まだ保留だ)










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優しくしてるつもりです。





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