感情の行先
胸糞悪い。
その一言以外に、今のこの気持ちを表現出来る言葉を俺は知らない。
「もう一回お願いッス!」
地面に突き刺さっていた海色の剣を抜き、息も絶え絶えのティーダが構えた。
「・・・」
よくもまぁ懲りずに毎回毎回向かって来るものだ。
立ち上がれない様に、わざと一発一発を重く入れているというのに。
(根気だけは人一倍か。
だがそんなもの、くその役にも立たないぞ)
肩に乗せていた銃剣を下ろすと、切っ先を真っ直ぐにティーダへと向けた。
***
この世界に来て大凡一月。
無難に、過剰な接触をしないように。
そう心がけて過ごしてきた俺に、とんでもない言葉が降りかかった。
何故俺が。
思っただけでいたが、気付けば口にしていた。
「ティーダに剣術の稽古を付けてやって欲しい」
そう告げたウォルの言葉に間違いなく厄介事を押し付けられたと思った。
正直、あの喧しい男とは関わりたくない。
出来る事ならば話すのも顔を見るのも、声を聞く事すらも遠慮したい。
いっそ、此処から消えていなくなればとも思う自分を、別に酷いとは思わないが。
「何故俺なんだ」
「君が一番の適任者だと私が判断したからだ」
「それじゃあ理由にならない」
「・・・彼はあの性格だ。
他の者に頼んだとしても、必ず彼に手加減をする。
適度に彼と距離を置いている君ならば、手加減もしないだろう」
どういう意味で距離を置いていると口にしたのかは知らないが、あえて拾う必要もないと判断した為その言葉には聞こえない振りをした。
「・・・案外、冷めているんだな」
それは、ティーダが俺によって大怪我をしても良いと暗に言っている様なものではないのか。
チラリと見遣ったウォルの表情は、それでも変わらない。
「彼の成長を妨げる様な事はしたくない。
前線に出れば、生きるか死ぬかのどちらかだ。
手加減と称した甘やかしの稽古で、後の彼の身を危険には晒したくはない。
それが、冷めている様に君には聞こえるのか?」
「・・・だったら」
そこまで言うのであれば
「アンタが指導してやれば良いだろう?」
俺じゃなくても良いじゃないか。
そこまで言い切るのであれば、アンタがやれ。
俺はアイツと関わりたくないんだ。
「・・・・生憎、」
だがそんな俺の気持ちと言葉もおかまいなしか、ウォルが少しだけその固い表情を崩した。
「私も彼には、甘やかしが過ぎてしまうのでな」
そこまで言い切られた時点で、もう俺には返す言葉がなかった。
それはつまり、引き受けると取られたも同然だった。
それから一週間経った今日も。
思っていた通り、進歩はない。
「正面から突っ込むなと何度言えばわかるんだ」
状況をよく判断もせずに、真正面から切り掛って来たティーダを睨むと
彼の剣を力一杯弾いた。
身軽が売りなのだろうが、それでも馬鹿正直に真っ向から来ては意味がない。
「うわぁっ!」
衝撃に耐えきれなかったのか、ティーダの手から剣が離れたのと同時に
その腹に重い蹴りを一発叩きこんだ。
案の定体勢を崩し、手から離れた剣に気を取られていたティーダがそれを防げるわけもなく、見事に吹っ飛ばされた。
僅かに昇る土埃の中、蹲ったティーダが呻いている。
「昨日も、その前も俺は同じ事を言ったぞ。
お前は覚える気がないのか?」
激しく咳き込んでいるティーダに俺の声が届いているかは知らないが、言いたい事だけは言わせてもらうつもりだ。
そうでなければ、こんな面倒事を押し付けられた意味がない。
ただ黙って、稽古を付けるだけでも構わないのだろうが、ティーダを見ていると何か口を挟まずにはいられない程、その剣の振りはお粗末で。
そういう小さな事まで人を苛立たせるのだから、ある意味においては天才なのかもしれない。
「気合いだとか根性だとか、そんな無意味なものだけで斬りかかってくるなら剣を捨てろ。
覚える気のない奴に稽古するだけ無駄だ」
しかし、なんでこんな使えない奴がコスモスに呼ばれたのか。
全く不可解だ。
誰がどう見たってこれは立派な人選ミスだろう。
剣を握った事がない訳ではないと聞いたが、基礎の半分もなっていない。
ただスピードに任せて闇雲に剣を振り回しているだけでまるで役に立たない。
こんなのが前線にでも出てしまったら足手纏いなるどころか、部隊が一つ倒れてしまう事は必至だ。
(最も、この調子じゃ稽古を付けたところで先は見えてるがな)
言った事が理解出来てるのか、それとも体だけで覚えようとしているのか。
興味もないし、別に知りたくもないが。
それでも毎回毎回同じ事を言うこっちの身にもなってもらいたい。
学習能力のなさに、呆れて溜息ももう出てこない。
SEEDに居た頃もやはり落ちこぼれの類は居たが、ティーダほどお粗末な奴は居なかった様に思う。
「立つのか、立たないのか、さっさとしろ」
立ち上がろうと、懸命に地を滑るように蹴っている姿を見ても苛々するだけで。
(惨めだな)
一体何故、周りがこいつを仲間として認識しているのか。
甚だ不思議で仕方ない。
ただ呼ばれたから「じゃあ今日から仲間だ」と。
悪いが俺は微塵もそうは思わない。
理由があって呼ばれたにしろ、使えないのならば居ても意味がない。
意味がないのであれば、消えてくれて構わない。
実に単純な理由だ。
幼い頃から戦う事と密接な繋がりを持って生きてきた俺にとって、ただ弱く使えない奴は嫌悪の対象でしかない。
外見的や内面の事なんてどうでも良い。
ただ弱い。
それだけで、理由は十分事足りた。
そうしてティーダはその理由にあてはまった、それだけ。
だから関わりたくないし、関わらない様にしていたのに。
(お前は弱いだけでなく、誰かに面倒をかけるのも好きみたいだな)
黙って、関わらなければ良かったものを。
押し付けられた稽古の所為で、俺は益々ティーダが嫌いになった。
視界の端をちょろちょろする、非常に鬱陶しい人間だ。
誰にも文句を言われないのであれば、目障りなそれを叩き落としてやりたい。
「っ、まだ・・・やれ、る」
ぐっと地面に爪を立てたティーダが、乱れた前髪の隙間からきつく此方を睨み上げた。
(胸糞悪い)
頑張ればなんとかなるなんて、現実と向き合いもせずに楽観視しているその姿勢が嫌いだ。
形振り構わず必死な青臭い、俺が一番嫌いな。
(弱い癖に)
太陽のようだと、ティーダの事を周りはそう言うが。
俺にはとてもそうは思えない。
単純にヘラヘラ笑っているのが、なんとも侘しいこの世界では輝いて見えているただの錯覚だ。
本当はただただずっと、微温湯に浸って生きて来ただけの思考回路の緩いただの一般人。
何の苦労もせずに、好きな道を歩んでぬくぬくと温室で大事に大事に育てられたのだろうか。
甘やかされて、温かい愛情を沢山貰って。
失くす物など何もなく。
(胸糞悪い・・・)
それでも自分は戦いに呼ばれたからと言って、一人前の面をするその姿に酷く苛々する。
(本当に胸糞悪い)
「・・・止めだ」
「スコール!待って、俺まだっ―」
「そういう事は、立ち上がれる様になってから言うんだな」
未だに地に膝を付いているティーダを見下ろしそう言えば、悔しさからか薄い唇を噛み締めている。
それを見ていると、溜飲が下がる様な気持ちになった。
「言った事を確実に覚えられるようにしろ。
それが出来ないなら、もうお前に稽古は付けない」
「っ、でも俺・・・」
「言い訳をするな。
俺が欲しいのは、目に見てとれる結果だけだ」
ごめん、と呟いたティーダが無性に憎たらしくて。
いっそこのまま戦う意欲をなくす程に罵詈雑言を浴びせてしまおうかと、そんな危うい考えが思考を乗っ取り始め、堪らず舌打ちをすると背を向けた。
「スコール!」
踏み出そうとした一歩を、ティーダの声によって遮られまた舌打ちが一つ零れた。
「ごめん、でも俺頑張るから。
ちゃんと言われた事、出来る様にするッスから」
僅かに後ろを振り返れば、光りの加減でか真っ青な海を思わせる瞳が百群の様な柔らかさを放っていた。
その、一点を見据える曇りのない瞳の強さにじりりと胸の奥が焼けつく。
「・・・・」
同じ年の分だけ生きている癖に。
俺とは正反対の道を歩んできたお前が何故そんな顔をする。
だから腹が立つんだ。
覚悟を決めた、そうSEEDでも幾度となく見て来た戦う人間の目だ。
戦えない癖に、そういう目を顔をする。
幸せに、生きて来た癖に。
「胸糞悪い」
焼けつく胸の痛みが広がった様な気がして。
俺はそれだけ吐き捨てると、二度は振り返らずその場から背を向けた。
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妬んでます。
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