失恋記念日
何かにつけてやれ記念日だと祝う。
記念日記念日って。
だったら、今も。
一人ぼっちになった立派な記念なんだから、祝ってくれないか。
要は振られたのだ。
多分、そうだと思う。
断言出来ないのは、恥ずかしながらあまり恋愛の経験がないせいだ。
もし、一部始終を見ていた誰かに本当にそうなのかと神妙な顔付で尋ねられれば、きっと少し返答に迷ってしまうかもしれない。
だけど、突き返された想いの塊であるテーブルの上の物をみる限り、やはり振られたのだろうと思う。
小さな、白い箱。
その横には薄いブルーのリボンが無造作に放り投げられている。
白に良く映えるそのブルーのリボンは、つい数時間前までその箱を優しく包みそうして俺の胸を高鳴らせていたのに。
箱の横に置かれた真っ赤な薔薇の花束だってそうだ。
年齢の数だけ、なんてちょっと気障かもしれないと花屋で何十分も一人葛藤して。
結局最後は、店員の後押しで購入した物だ。
「きっと喜びますよ」なんて営業スマイルとマニュアルの様な言葉に踊らされた訳だけど。
それでも笑顔を思い出した時、ちょっと自分の心も暖かくなった。
店に居座りついて、店員にはさぞ迷惑をかけたか、もしくは不審者の如く思われたかもしれないがそれでもまぁ購入したには違いないのだから良いじゃないか。
美しく包装された花束を腕に抱いた時、喜んでくれるかどうだろうかという全ての不安や考えは綺麗さっぱり吹っ飛んでいて。
今にして思えば、決して重くは無いこれらを抱き締めて此処へ向かっている時が一番幸せな時間だった様に感じる。
お付き合いを始めて二ヶ月。
友人の期間は友人として祝ってきたけど、今日は恋人として初めて祝う彼女の誕生日で。
さぁこれからだっていう時に。
「重い」
と、彼女が面倒臭そうに言い放った。
この日の為に、ちょっと小洒落たカフェに予約を入れた。
花束だって買った。
スーツだって、新調した。
この白い箱の中に入っている指輪だって、そうだ。
付き合って間もない頃、ショーケースの中で輝くそれを見て「素敵。こういうのいつか私もはめてみたい」と彼女が言っていた物だ。
なんとかと言うブランドの、なんとの限定品というよくわからない指輪だけれど。
俺には理解出来なかったが、彼女がうっとりとこの指輪を眺めていた事だけはとても鮮明に覚えていた。
だから、一瞬血の気の引く様な感覚さえ感じた値段でも。
この後に控える彼女の誕生日の為に、必ず買おうと心に硬く決めて。
そうして毎日必死にコツコツと貯めてやっと、やっと手にする事が出来たのに。
緊張して震える俺の手からそれを受け取った彼女の表情はあまり芳しくなかった。
「その、前に・・・それ良いなって言ってたの覚えてて・・」
もしかしたら値段の事を気にしているのかもしれない。
そう思って咄嗟にそうは言ってみたものの。
暫く指輪を眺めていた彼女は、少し溜息混じりの様な息を吐いてそっと顔をあげた。
「良いなって言ったけど・・・私の趣味じゃない」
そう言って、指輪をテーブルに置くと俺の方へと押し遣った。
え、とかあ、とか口の中でモゴモゴしていると、今度は先程よりハッキリと溜息が聞こえて。
「・・・フリオニールってさ、一々やる事が重いっていうか。
私、まだ遊びたいし・・・こういうの貰っても困るんだよね。
普通に付き合うだけじゃ駄目なの?
もっとさ、ドライに付き合い出来ると思ってたんだけど・・・」
なんか違ったっていうか。
グラスの中のアイスティーをストローで掻き混ぜる彼女の目は、もう指輪になんか興味もないと言わんばかりに明後日の方を向いていた。
「ごめんね、そういう事だから」
それが、二ヶ月付き合った彼女からの別れの言葉。
たった二ヶ月かもしれないが、それでも二ヶ月だ。
彼女を想って過ごした俺にはとても大切で、幸福感で胸が痛痒くなるような月日だったのに。
なにがそういう事なのか、彼女が去って数時間経った今ならその理由をもうちょっと詳しく問い詰めて聞き出す事も出来たかもしれない。
カランと、再び氷の崩れる音に堪らず頭を抱えた。
「重いってなんだ・・・」
俺は煙草は吸わないし、酒もあまり飲まない。
博打だってやらないし、暴力なんか振るった事もない。
彼女が会いたいと言えば、食事中でも風呂時でも夜中にだって会いに行ってあげられるくらいの気持ちだって持ち合わせてる。
実際そうもしてきた。
いつだって、彼女の喜ぶ顔が見たくて、ただそれだけだったのに。
「・・・・こういうのが、重いっていうんだろうか・・・」
指輪も特に深い意味はなかったのにな。
というか、どうするんだこれ。
高かったのに。
あぁ、それにこの後の予定はどうしたら良い。
俺の立てた予定通りに行っていれば、このカフェで彼女にプレゼントを渡して、彼女との距離が一層縮まって手なんか繋いでみたり。
その後は映画を見に行って、少しドライブでもして、夜にはレストランを予約してあるからそこで食事をして、最後はホテルのバーで一息吐く。
あわよくばそのままの流れでなんて、そんな下心まで勘定に入れて計画してたのにどうする、どうするんだ俺。
これを一人で全てやり切る勇気はない。
だからと言って一人で家に戻っても虚しさから発狂しそうだ。
「すいません、お客様」
「あっ、は、はい!」
一人でぶつぶつ言っていたのが聞こえていたのか。
それとも、もう何時間も此処に一人で居座っている事を不審に思われたのか。
どちらも店を追い出される理由にはなりそうだ。
声を掛けて来た店員に何を言われるか、一瞬緊張のようなものが体を走り抜け思わず曲がっていた背筋がピンっと伸びた。
「申し訳御座いません。
只今店内の方が大変混み合っておりまして、相席の方をお願いしたいのですが・・・宜しいでしょうか」
申し訳なさそうに。
何時間もアイスコーヒー一杯で居座っている俺に対して本当に申し訳なさそうに。
低姿勢でそう伺ってきた店員に俺が嫌だと言えるだろうか。
二人掛けの空いた席と俺の方を交互にチラチラと見遣る店員に、俺はぶんぶんと首を縦に振った。
「御迷惑をおかけします」と言って下がった店員に酷い罪悪感の様なものが込み上げてくる。
良いんだ、謝らないでくれ。
振られて、彼女も此処には居ないのだからさっさと帰れば良いのに、いつまでもアイスコーヒー一杯で凌ごうとしている俺の方が御迷惑をおかけしてすいませんだ。
(・・・・珈琲、もう一杯頼むべきか・・・)
あぁ、でもそれだとまだ此処に居るつもりかなんて思われそうだ。
いやでも、やっぱり珈琲一杯じゃちょっと申し訳ない。
しかしこのまま帰っても発狂するしか残ってない。
永遠と無限回路を彷徨い始めた思考にうんうんと唸っていると、不意に照明を遮るように影が落ちた。
「・・・あの、相席の」
見上げた先、金色の髪を揺らした青年が突っ立て居た。
「ああ!どうぞ!どうぞ!」
慌ててテーブルの上の物を掻き集めると、向かいの席に座る様促した。
あんなに大事に抱えてきた花束がぐしゃっと音を立てて潰れた様な気がしたが、もうどうでも良い。
これを渡す相手はいないし、だからと言って捨てる気にはならないから自分の部屋にでも飾っておくしかないのだ。
だったら少し潰れてたって構わない。
「すいません、お邪魔するッス」
律儀に頭を下げて向かいに座った青年が、少し照れた様に笑ってまた頭を下げた。
つられて俺も、「いや、そんな事」なんて言ってまた互いにペコペコと頭を下げる。
まるで営業のようだ。今日は仕事休みなのに。
「す、凄い込み具合・・ですね」
別に相席だからと言って、何か話さなくてはいけない訳じゃない。
だけど、こう・・・初対面の人間と向き合って自由な時間を過ごせというのもまた無茶な話しで。
その混雑の手伝いに間違いなく含まれている自分の事は棚に上げ、何とも在り来たりな会話を投げ付けてみた。
「そうッスね。
此処、俺初めて来たんスけど、結構・・・人気なんスね。
カ、カップルも多いし」
カップルという言葉に、自分から話題を投げ掛けた癖にずぅんと胃の奥の方が痛んだ。
つい数時間前までは俺だってこの沢山のカップル達と同じだったのに。
あぁ、思い出したら周りが全部憎たらしくなってきた。
(いかん、卑屈になるなフリオニール!)
「流石予約制の店は違うというか・・・。
お、俺もいつか恋人とこういうところに来てみたいもんです。・・・はは」
そんな、わざわざ自分から傷を抉る様な事言わなくても良いじゃないか俺。
これじゃあ卑屈になる以前の問題だ。
ほら見ろ、おかげで向かいの青年の笑顔が引き攣ってるじゃないか。
しっかりしろ俺。
「あ、お・・・俺アイスコーヒー注文しようと思うんですけど。
何か注文、されます?あれだったら一緒に頼みますよ」
「え、あ・・・じゃ、じゃあお願いするッス」
「何にします?」
「同じ物で」
「わかりました」
一瞬メニュー表を取ろうかとも考えたが、俺と同じものなら必要ないかと思い、そのまま店内を歩く店員に声を掛けると注文を済ませた。
これでとりあえず、一杯だけで帰る様な客じゃなくなった訳だ。
良かった。
注文を受けて下がって行く店員を視界の端で追い、角を曲がっていなくなる頃に視線を戻すと、目の前の青年が目を丸くして俺を凝視していた。
いや、正しくは俺の横、だろうか。
「・・・あの、何か・・」
食い入るように見つめるその顔があまりにも凄くて。
思わず声を掛けてしまった。
「あ、いや!すんません!」
声を掛けられた事で慌てて頭を下げだした青年に、俺も慌てた。
「いや、あの大丈夫ですから!」
何だ、俺達さっきからいやとかあのとかばっかり言って頭下げっ放しじゃないか。
よく見たら向かいに座る青年はスーツを着ているものの、まだ何となく着せられている感が滲み出ている。
くるくると、よく回る青い海色の瞳が彼の幼さを引き出している様で。
もし彼が年下だったら最悪だ。
今日この時間だけの付き合いとは言え、年下にこう何度も頭を下げさせるなんて。
「すんません。その・・・薔薇の花、俺のと同じだなぁって思って」
「え?」
「これ」と言って、彼が自分の横を目線で促してきた。
そこには自分が行き掛けに買った物と同じ、真っ赤な薔薇の花束が。
よく見たら、包装も同じだ。
こんな物持っていたのか、全然気付かなかったぞ。
「あ・・・・もしかして、駅前の花屋さんで・・?」
「そうッス。
買うなら、あそこが良いって教えてもらって」
そうか、そうなのか。
俺は知らなかったぞ。
たまたま探してたらあったから入っただけだったが、あの店評判良かったのか。
だったらせめて同じ薔薇でも包装は別にしてくれるという配慮くらいは欲しかった。
これじゃあ気まずいより、恥ずかしい。
「き、奇遇ですね!
同じ真っ赤な薔薇なんて」
「そ、そうッスね!
しかも結構多いし」
「どなたかにプレゼントですか?」
瞬間、目に見てわかる程、向かいの彼の体が跳ねた。
ビクッて、いきなり後ろから脅かしたりした時もきっとこんな反応するんだろなぁ、なんて微笑ましく思っていると、
「はぁ、まぁ・・・彼女にと思ったんスけど。
ついさっき、振られちゃって」
今度は俺が体を震わせる番だった。
「ふっ、振られ・・・っ!」
「お待たせしました、アイスコーヒーになります」
ふわりと、空調の流れに乗って女性店員から淡い石鹸の様な香りが鼻を擽った。
同時にテーブルに置かれた淹れたての珈琲の匂いがそれに混ざり、何とも言えない匂いになってしまい、思わず手で口を覆った。
「失礼します」と言って去っていく店員を今度は目で追い掛けず、すぐに手を離すと彼の方に僅かに身を乗り出した。
「あ、あの・・・振られたって・・・」
小声になったのは俺なりの気遣いだ。
しかしこんな事を聞いてる時点で気遣いも何もあったもんじゃない。
他人の、それもついさっき相席になっただけの人間のプライベートにごっそり足を踏み入れるなんて人としてどうかとも思ったが気になる。
同じく振られた身としては妙な親近感も手伝って、余計に気になる。
「此処に来る少し前に、彼女とランチしてたんス。
あ、彼女二日後誕生日なんスけど、俺仕事でどうしても当日祝えないから早いけど、先に祝っておこうかなって思ったんス・・・それが・・・」
どんどん肩の下がって行く彼に、俺の肩も下がる。
「花束と一緒に、これ・・・指輪渡したら・・・重いって・・・言われて」
そう言ってスーツの内ポケットから彼が取り出し、テーブルに置いたのは何処かで見た白く小さな箱。
勿論リボンはブルーだ。
心当たりのあり過ぎるそれに、じわりと変な汗が背中を伝った。
「別に、結婚しようとかそう言うんじゃなかったんスよ・・・。
単純にこれ可愛いって、前に言ってたから俺・・・」
「頑張って買ったのに」と続いた言葉は最早彼の独り言に近い。
たまたま相席になった男が、俺と同じ日に同じ花を買い、俺と同じ指輪を彼女の為に購入し、その彼女に振られたという。
それも、振られた理由まで全く一緒だなんて。
「・・・・あの、つかぬ事を伺いますけど・・・その彼女、さんは・・・」
「高校の時の後輩ッス」
今は大学生で、と続いた言葉に硬直しかけていた筋肉が緩んだ。
あぁ、良かった。
俺の彼女・・・じゃなくて元彼女は俺より年上で今は会社員だ。
一瞬同一人物かと恐ろしい考えが頭を過ったが、どうやら杞憂だったらしい。
その事に心底ホっとし安堵の息を吐くと、俺は自分の横に置いて居た箱を彼と同じ様にテーブルに置いた。
「実は、その・・・・俺もさっき振られて・・・」
「へ?」
「これ、渡そうとして」
スっと差し出せば、青年の両眼がこれでもかという程大きく開かれ口もだらしなく開いていた。
その、なんというか間の抜けた顔に、なんだか心の傷口を優しく撫でられた気分だ。
「いや・・・こういう偶然ってあるんですね。
俺も貴方と同じで・・・・えっと、重いと言われました・・・はは、」
「・・・・マジッスか・・・」
「マジッス」
俺が少し笑ってそう言い返せば、彼が慌てて両手で口を押さえ蚊の鳴く様な小さな声で「すんません」と呟いた。
「参ったな、まさか同じ理由で振られた人と相席になるなんて」
広い世界だ。
今や数分に一組が離婚しているくらいなんだから、カップルなんて数秒に一組くらい終わっていたっておかしくはない。
だけど、同じ日に同じ様な時間で。
それも同じプレゼントを用意して、同じ様な理由で振られる。
そして、その人間と偶然相席になり同じ珈琲を啜る。
全く持って、稀有な出来事だ。
「・・・・俺以外にも居たんだ・・・」
その不思議な出来事を噛み締める様に、彼が「そうなんだ」と何度か繰り返し口の中で砕いていた。
「これも何かの縁というやつかな」
「・・・振られた者同士の、ッスか?」
少しおどけてそう言う彼の言葉に、俺は堪らず声をあげて笑った。
あぁ、彼もきっと俺と同じ様に彼女の重いと言った言葉に心底打ちのめされたんだろう。
きっと指輪の値段の事だって考えただろうし、この花束を買うのにだって迷ったに違いない。
そう言う事を考えていると、何だか可笑しかった。
一人じゃなかったと思ったら、余計に。
「なんッスかね、さっきまで俺凄く悲しかったんスけど。
同じ人が目の前に居ると、そういうの無くなるもんなんッスね」
海色の瞳が弧を描き、そうしてどこか照れ臭そうに笑うのを見て、俺は勿体無いなと思った。
見た目だけで言うなら、彼はちょっと遊んでそうな風体だけど。
誕生日に休みが取れない彼女の為を思って前祝いをして、花束と例の指輪を用意して。
見た目に反して、きっと誠実な人なのだろう。
笑顔も爽やかで、非常に好青年だ。
こんな彼を振るなんて、あぁ・・・勿体無い。
そんな彼の愛情が重いだなんて、全く持って贅沢な話しだ。
そんな事を思っていたら、つい。
「じゃあせっかくですから、どうです?
失恋記念にこのままパーっと行きませんか?」
本当につい、ポロっとそんな言葉を漏らしていた。
「え?」
「あ、いや!えっと、も・・もしお時間あればなんですけど。
あの、俺この後の予定組んじゃってて、でも一人で行くにはちょっと・・・す、すまない、突然!」
いくら同じ事を体験した人に出会ったからと言っても相手は初対面だ。
その初対面の相手に俺は何を言ってるんだ、恥ずかしい!
親近感を持つにも程度ってものがあるだろうに!
人目なんか構ってられず、尚もすまないと繰り返す俺の頭に小さく押さえ込むような笑い声が掛った。
「ふ、っ、はは」
その声に顔をあげると、彼は「いや、すんません」と言いながらも言葉の合間にひぃひぃと笑いを零していて。
警戒されるならまだわかるが、何かそんなに笑われる様な可笑しな事を言っただろうか。
しかし此処は一緒に笑っておくべきなのだろうかと思い口角を持ち上げかけたが、上手くいかず中途半端に固まってしまって。
まるで半ベソでもかいているかの様な、なんとも言えない顔になってしまった。
「すんません、つい」
やっと落ち着いてきたのか、息も絶え絶えな彼が少し氷の解けたアイスコーヒーを一口飲むと、ゆっくりと息を吐きだした。
「ちょっと嬉しくなっちゃって。
俺、今日はこのまま帰って一人で悶々としながら過ごすんだろうなぁって思ってたんスよ。
だから、失恋した日にパーっと、ていうのなんて思い付かなくて」
なんて事だ。
配慮のなさを突かれている気分だ。
「でも、それも悪くないかなって思ったんス。
辛気臭いの、性に合わないッスから」
はは、っと笑った彼が頬を少し掻き「その・・・俺で良ければの話しッスけど」と言った言葉に、思わず腰が浮きかけた。
「い、良いんですか!?」
「これも、何かの縁ってやつッスから」
悪戯っ子みたいに笑う彼に、今度は俺もちゃんと笑えた。
男同士で傷の舐め合いなんて、ちょっとどうかとも思うけど。
買った映画のチケットも、既に料金を払い終えているレストランも、彼となら何となく楽しく過ごせそうだと思えたのはやはり縁というものに引っ張られているからだろうか。
「あ、有難う御座います!」
「こ、此方こそッス!」
二人して、また頭を下げて。
チラリと彼の方を盗み見すれば、やっぱり彼も俺と同じ事をしていて。
噴き出したのも、同時だった。
「じゃあ早速、行きましょうか。
ディナーの時間に間に合うようにしたいですし」
席から立ち上がった際、改めて彼と向き合えば透き通るような青の目がくるりと俺を見上げた。
「あの、今更なんッスけど・・・」
「ん?」
自分より幾分背の低い彼を見下ろすと、彼がはにかんだ。
「名前、教えてもらえないッスか」
「・・・あ、」
そう言えば、勢いで此処まできたけれど。
彼と自分が振られた事以外は何も知らないんだった。
俺は手にしていた荷物を一度抱え直すと、しゃんと背筋を伸ばしてそれからゆっくり手を差し出した。
「フリオニールだ」
「ティーダッス」
その手に、そっと彼手が重なってしっかりと力強く握った。
「宜しくお願いするッス」
笑いを含んだその声に、俺も肩を震わせると
「こちらこそ宜しく」と言って、手を握ったまま。
またお互いに頭を下げた。
一人ぼっちの記念日を祝ってくれたのは、出会ったばかりの失恋者。
今日が俺と彼、ティーダの記念すべき失恋の日。
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奇遇ですね。
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