hlpe!7
この部屋を訪ねるのは、極力避けたい。
だから尋ねた事もほとんどない。
どんな部屋だったか、会話の方が衝撃的過ぎてもう覚えちゃいないんだけど。
「お前は此処で待ってろ。
俺が話してくる」
「でも、スコールだけじゃ・・・」
結局俺は流れに乗った。
形振り構わずじゃないけど、スコールからあんなに優しく手を差し伸べられて今の俺がその手を取らない訳がなかった。
甘かった、もの凄く甘かった俺。
自分の決意の弱さに愕然としたけど、でもスコールだったら!って期待もどこかにあった。
しかしまぁ結局何をスコールに話したって、ベッド壊したのがクラウドだっていう事だけだ。
理由や経由は「クラウドに聞く」と言われ、俺は何も尋ねられなかった。
あの枕元の痕跡がクラウドだってのをスコールは知りたかったみたいで、俺が日々不幸のどん底を這いずり回っている事に関してはノータッチどころか話す事もないまま、この部屋の前に来たのだけど。
(スコール相手ならクラウドも下手は出来ないと思うんスけど・・・)
いや、俺が相手じゃなければ誰にだってクラウドは本性を見せないだろう。
だったら、これは少し期待しても良いのだろうか。
「大丈夫だ。
話しを聞くだけだから、安心しろ」
(化けの皮が剥がれますように!)
「・・・うん、わかった。
待ってるッス」
ゴシゴシと頭を撫でたスコールがクラウドの部屋の扉をノックした。
「誰だ」と奥から聞こえた声に、一瞬寒気が走る。
「俺だ、少し良いか」
入室の許可を意味する声が続いて聞こえると、俺は軽くスコールの背を擦り
「無理、しないでくれッス」
と一声掛けると、扉を開けた時に見えない位置まで素早く移動し、身を隠した。
吸い込まれる様に部屋の中へと消えて行ったスコールの後に続いて、パタンと扉がしまる。
同時に湧き起こってくる、安堵にも似た強い不安。
部屋の扉に耳を欹てて会話を聞く勇気はない。
むしろ怖くて出来ない。
(もし、もしこれで上手くいったら・・・・)
期待のし過ぎは禁物だけど、逸る気持ちは止められない。
スコールは元傭兵だ。
傭兵って何するかしらないけどさ、何か尋問とかそういう事やってたのかな。
やってたら良いな。
そうしたら上手く上手く会話から引き出して、クラウドの化けの皮剥がして。
(上手くいったら俺・・・・解放される・・!)
解放される。
その言葉のなんと魅力的な事か。
虐げられない自由な生活は、今や貴重な素材や金目の物より喉から手が出る程欲しい代物だ。
もうこの際だから今までの事は水に流してやっても良い。
俺ってば寛大だからな、許してやる。
仕返ししてやろうなんて微塵も思ってない。
だから上手くいってくれ。
俺を解放してくれ!
俺の天使スコール!頑張って!
・・・俺のってちょっと気持ち悪いな。
天使のスコール!頑張って!
うん、これで良いか。
クラウドの部屋の前を行ったり来たり、ウロウロ。
黙って壁にでも寄り掛かってれば良いんだろうけど、落ち着かない。
あぁ、ブリッツ大会前の選抜メンバー発表の時もこんな感じだったな。
終始落ち着くなかくて、気が気じゃないっていうの?
もう、あちこちむずむずするし、気持ちがざわざわするしで。
そう言えばあの時は確か選抜に選ばれたのと同時にエースにもなったんだよなぁ。
嬉しかったなぁ。
思えば人生最高の時だった気がする。
右を見ても左を見ても俺のファンばっかで、可愛い子いっぱいで。
凄くおっぱいのでかい子がいつも試合見に来てくれてたけどあの子名前なんだっけな。
確か一度連絡先貰ったんだけどどっか行っちゃったんだよね。
あー、もったいないなあのおっぱい。
・・・じゃなくて、あのファンの子。
これじゃあおっぱい目当てでしたー、みたいじゃないか。
エースはそんな事思わないし、ファンの子は皆大事。
決しておっぱいに惹かれた訳じゃない、断じて。
でもやっぱり結構好きなおっぱいだったかも。
なんて思い直していると、ギッっと扉を開ける特有を音が鳴り慌てて横の壁に引っ込んだ。
「済まなかったな、じゃあ」
「あぁ、気にするな」
パタン、と完全に閉じられた音がすると俺はそぅっとスコールの方を見遣った。
ドアノブから手を離したスコールが振り向いて、困った様なそれでいて申し訳なさそうな笑みを零している。
「・・・・スコール?」
菩薩の様な笑顔だけど、何それ。
どうしたの?
上手く行った?ねぇねぇどうなの?
聞きたい事は山ほどあったけど、ごくりと生唾を飲み静かに耐えた。
「・・・すまないティーダ」
「へ?」
「お前の気持ちも知らないで・・・その、詮索する様な事聞いて」
いや・・・いやいやいや。
そんな事ないって、そんな事ないッスよ!?
スコール俺の為にやってくれたんだろ?
「言いたくなかった気持ち、もう少し、考えるべきだった」
「あの・・・・」
コホン、と小さく咳払いしたスコールがそっと顔を近付けてくると小さな声で俺の耳元に囁いた。
「・・・怖い夢、見るから一人じゃ寝れないって話し・・・。
その、他の奴には黙っておくから」
ごにょごにょと濁っていく語尾に、ん?っと首を捻った。
「悪かったな変な勘繰りして」
「え、あ・・・え?」
スコールの言葉の意味が僅かも理解出来ない。
理解してみようと試みたけど頭が拒否した。
「そろそろ昼時だな。
昼食、お前の分も持って来るから先に戻っててくれ。
一息入れて、気分転換でもしよう」
ポンポンと俺の肩を叩いて通り過ぎて行ったスコールに、俺は相変わらずよく意味がわからないまま、また首を捻った。
意味はわからないし、理解も出来ないけど。
嫌な予感だけはした。
なんかこう、遅い虫の知らせ的な。
そう思ったらいてもたっても居られず、止まっていた足を動かしクラウドの部屋の前までの短い距離を一気に詰めると、返事も待たずに勝手に開けた。
勢いって凄い。
「・・・ノックもなしに人の部屋に入り込むとは良い度胸だな」
開けてすぐに後悔したけど、一旦してしまった行動なんだから後には引けず。
「入って扉を閉めろ」とか喧しく言われる前に、自ら部屋に進んで入ると扉を閉め、ベッドの上で剣の手入れをしているクラウドを思い切り睨んでやった。
「スコールに何言ったんスか」
思ったより低い声が出て、自分でもちょっと吃驚した。
何か今の俺ちょっと格好良いな。
「何って?」
「怖い夢見るから・・・・なんとかって言われたんスけど」
「それが?」
「それがじゃないッスよ!俺は何言ったんスかって聞いてんの!」
前回にも増して強気じゃないか俺。
頑張れ俺。
ていうか怖い夢なんか俺見てないんだけど。
何言われたのスコール。
そして何で信じた、俺の天使。
「あぁ・・・、ベッドの事か」
「それ以外何があるんスか」
畜生相変わらず腹立つなアンタ!
「お前が怖い夢見るから、仕方なく一緒に付いててあげたが夜中に魘された挙げ句悲鳴上げて暴れたから止むを得ず武器を使って止めた、・・・だったか」
「な・・・」
だったか、って。
だったかって何でそんなに他人事みたいに口にして首傾げてんだアンタ!
アンタが言ったんだろ!
自分の言った事に責任持て!
俺もだけど!
「何言ってんスか!誰が!いつ!怖い夢なんか見て悲鳴上げたんスか!」
「まぁお前だな」
「やってないッスよ!勝手に話し作んな!」
うわぁ、どうしようスコールこれ信じたの?
ありえなくない?傭兵の癖にありえなくない?
俺とお前同じ歳だよ?
17にもなって俺が「一人だと怖い夢見るから寂しい・・・」なんて言うわけねぇだろうが!
現実を見ろ!ただの気持ち悪い奴じゃねぇか!
俺は夜は一人で寝たい派だし夢見もそこそこ悪くないし、例えば悪くてもまた寝直せる方だっつーの!
なーにーがー仕方なく一緒に付いててあげただ!仮に夢見悪くて誰かに側に居て貰う事頼んでもクラウドだけには頼まねぇよ!アンタに頼むくらいならオニオンに頭下げるっつーの!
と、まぁね、頭の中でしかそういう文句は言えないんだけどさ。
「っ・・・・ホラ吹きやがって・・・」
だからこう言うのが精一杯だけど、それでも腹立つ。
だって壊したのクラウドなのに、これじゃあ俺の所為だし、何より変な事スコールに吹き込んだでもう最悪。
「大体、俺じゃなくてクラウドがスコールのベッド壊した癖に責任転嫁とか・・・」
「お前が自分の部屋に居れば良かっただけの話だろう。
そうすれば俺もスコールのベッドを壊さず済んだ。
元を辿ればお前が勝手に部屋から居なくなっているのが悪い、自業自得だ」
くっそ、なんだその自分中心に回ってる偏り過ぎた考え方は!
「そ、そんな言い方ないじゃないッスか!
俺も・・・悪かったかもしれないッスけど、」
いや、全然悪くない。
多分俺全然悪くないと思うんだよね。
「あんな・・・あんな嘘吐く事ないじゃないッスか!」
「なんだ、気に入らなかったのか」
「当たり前ッスよ!恥ずかしいだけだっつーの!笑われもんッスよ本当・・・」
畜生、スコールになんて言って誤解を解かせようか。
そもそもこんな話しあっさり信じるなんてどうかしてるぞ。
いくらクラウドが猫被りだからって!
信用し過ぎだ!
少しは疑え俺の天使!・・・あ、スコール!
「・・・ずいぶんな口を聞くなティーダ」
「・・・なんスか、俺は事実を言ってるだけで、」
「お前、スコールに助け求めただろう」
押し殺した様な笑い声と共に零れた言葉に、貧血の様な眩暈がした。
お前貧血なんてするのか、意外と繊細なんだなぁって。
きっとフリオニールがいたらそう言いつつも体調の心配とかしてくれるんだ。
生憎此処には猫の皮被った鬼が居るだけだけど。
「お・・・ぁ、」
違う、と。
そんな事は断じてないと、否定すれば良いのだけど。
「賢い奴だからな、何かに気付くだろうとは思っていたが。
お前が何も言わなければスコールは動かなかったはずだ。
無理に他人の事に首を突っ込んで引っ掻き回す奴じゃないからな」
あれ、それって自分の事言ってるのクラウド。
気付いてないなら俺が復唱してやるッスよ、その無理に他人の事に首突っ込んで引っ掻き回すってのアンタの事ッスよ。
「お前が言ったんだろう、ティーダ」
クラウドは尚も笑いを押し殺したまま、俺には目もくれず膝の上に置いている愛用の大きな剣を弄繰り回している。
話したっていうか、聞かれたから答えたんだけど。
そりゃあ躊躇いもしたけど、助けてもらえるかもって期待もあったし。
そうやって心の中で散々言い訳をしてみるが、口から言葉としては出て来ない。
早く何か答えないとって思ってるのに、無理して口を開こうとしたら足元にある断崖から真っ逆さまに落ちて行きそうで。
つまるところ、これがクラウドも持っている圧迫感とか威圧感だ。
全部持って行かれそうになる。
ビシビシと肌に刺さる空気も冷たく鋭くて。
何時の間に部屋はこんなに冷えてたんだって、思うくらい。
「答えろ」
びゅんっと、風を切って飛んで来た物がビィンっと金属のブレる様な音を響かせ俺の頭の横に刺さった。
見なくてもわかる。ていうか見たくない。
ナイフだもんこれ。
金属特有の鈍い光りが視界の端にチラついてて、一層恐怖心を煽った。
「い、言った・・ッス・・・言ったけど、でも!た、助けてって言ったわけじゃ・・・」
「煩いなお前は。
俺は言ったか言ってないかだけを聞いてるんだ、余計な事は一々口にするな」
横暴だ・・・そんなのあんまりじゃないか。
発言権くらい大目に見る心の広さはないのか。
「来い」
低い、その威圧感がたっぷりと含まれた声に足を一歩踏み出すけれど。
いつかの時見たいに震えてちっとも前に進まない。
「早くしろ」
くそ、少しは時間に余裕の持てる人間になってくれよ。
まだほんの数秒じゃないッスか。
ふるふると、まるで激しい運動をした後みたいに痙攣する太股が恨めしい。
それでも怖いから、これ以上待たすと次は何飛んでくるかわかんないから。
もう俺精一杯歩いた。
俺すげぇ、すげぇッスよ俺。
よたよたと、ベッドに座るクラウドの方へと近付き丸椅子一つ分くらいの距離を開けて足を止めた。
「二度目はないぞティーダ」
「・・・へ・・?」
「次に誰かに助けを求めたら・・・そうだな、相手にも責任を負ってもらおうか」
「ま、待ってくれよ!そんなのあんまりじゃ・・・」
「誰かに助けなんか求めなければ良いだけだ」
「だから、助けと、かっ―・・うわぁっ!」
まだ喋ってる途中なのに!
ぬっと伸びて来た手が俺のフードの襟を掴むと凄い力で引っ張った。
そういえばクラウドって凄い怪力だったんだ、忘れてた!
襟が千切られるんじゃないかって思ったけど、まぁそんな事はなく。
ゴチっと額と頬骨がクラウドの硬い筋肉にぶつかる音がして、遅れて鈍痛がやってきた。
もう何が何だか。
ぶつけたと思ったら今度は体がぐるんって回されて。
何これ、って思った瞬間。
ドォンって音と共にバリバリと木の裂ける音がした。
「何かあれば俺に言えば良い」
あぁ・・・足の間にクラウドの剣が、剣が刺さってるんですけど。
床にめり込んでるんだけど、良いんッスか?こんな事して良いッスか?
「俺じゃない誰かになんか求めるな」
いや、アンタの事で助けが欲しいのにアンタに言ってどうすんだ。
本末転倒だろうが。
「あ・・・の、っ、」
ぎゅうって、後ろから回って来た白い腕がぎゅうってしてる。
怖い!これ怖い!
逃げたいけど、クラウドの足の間に座らせられてるこの状態じゃ無理だ。
いや、逃げても良い事ないや。
うん、そこは学習した。
「腕、疲れたから代わりに手入れしろ」
トンっと片方の肩に乗った重みと声の近さに思わずひぃっと小さな悲鳴が喉で鳴った。
「で、でも俺手入れとか・・・」
「やれよ」
「・・・・うッス」
俺から腕を離せばね、出来るじゃん。
アンタやれよ、自分の持ち物じゃないッスか。
とかね、とかいつか言えたら俺は自分を褒め称えてやる。
あ、今は無理だけど。
そんな度胸ないし。
「丁寧に扱えよ」
そう言って笑った、優しかった人から転落した悪魔の様な男の笑い声に、俺はぶるりと身を震わせた。
一生のうち、不運というのは一体どれくらい自分の身に降り掛かってくるのだろう。
例えば、死ぬ時は皆プラスマイナスゼロだとよく聞くけど、そんな事はない。
必ずマイナスの方が大きいに決まってる。
恐らく俺の場合、一生分ではなく来世の分までの不運を受けているのだろう。
そう強く実感した。
「ところでお前のベッドスコールに貸したから」
「うえ!?ちょ、ちょっと何勝手に、」
「何時までも相部屋は可哀想だからな」
「じゃあ俺どうすんッスか!寝るとこなんか・・・」
「お前は俺の部屋で寝れば良いだろう。
床くらいは貸してやる」
(くっそ、理不尽!)
=====
使わされてばっかり。
戻る