優しい手で 前
よく、一人で居るところを見掛けた。
時折、彼の横を通り過ぎる仲間達が立ち止まりニ、三言話してまた去って行くという光景を目にする機会はあったけど。
だけどやっぱり彼は一人で居る事が多かった。
人間が嫌いなのか、一人が好きなのか。
よくわからなかったけど、一度だけ一人で過ごしている彼の背中を見た事がある。
その背中が、何だか小さく細く見えて。
ただ座っているだけなのに、とても寂しそうで。
無性に、擦りたくなったんだ。
多分、それがきっかけ。
(寝てる?)
いつまでも同じ景色の広がる聖域の中、剥き出しの岩肌へと腰を預け、腕を組んで片膝を立てている男が一人。
頭をだらりと垂れ下げているのを見付けてしまい、首を捻った。
探索出る前のちょっとした散歩。
日課ではないけど、逸る気持ちを落ち着かせる為の一つの行為とでも言うべきだろうか。
今日は突っ走らない、仲間の言う事は聞く、危ないと思ったら退く。
何度もそれを心の中で唱え、戦闘を繰り返しシミュレーションする。
そうする事で、いつからかこの後に控える探索をスムーズにこなせる様になった。
精神統一、って言うんだっけこういうの。
ブリッツとは違う、緊張とか興奮とかがあって。
其処に人の命が関わってくるってなると、色々入り混じり過ぎて体が必要以上に力んでしまう。
そうなると途端、周りが見えなくなってパニックになる事もしばしば。
この世界に来てまだ日が浅いのも手伝ってか、周りに迷惑かけれないと思うと更に酷い事になった。
だからそうならないで良いように、少しでも緊張を緩和させたり、集中力を分散させない為に一人こうして散歩をする事にしている。
とは言っても、この広い聖域の中で何があるか言えば何もないのだけど。
ただただ白い世界が地平線の先まで続いている様な、そんな場所。
他の場所に比べたら安全だけど、代わり映えのしないこの場所を少し退屈だと感じる時もある。
例えばちょっと緑があったり、鳥が飛んでたり、もう少し欲を言えば湖も欲しい。
小さくても良いからそういう場所が聖域にもあれば、息抜きも出来るしこの散歩だってきっと今より楽しくなるはずなのに。
つまんねぇなぁ、なんてそう思っても、歩く場所は此処しかないのだから文句を垂れたところでどうしようもないのだけど。
コスモスにでも頼めば、木の一つくらい生やしてくれるんじゃないだろうか。
そんな事をぼんやり考えていて、地面に転がっていた小石に躓き掛けた時だった。
聖域内にポツポツと放置された岩の一つに人が寄り掛っているのを見付けた。
寄り掛かっているという程、岩は対して大きくもなくどちらかと言えば小振りで。
背中というよりも腰を預けているようだった。
聖域の中を縦横無尽に掛け抜けていく風に揺られ、さわさわと髪が揺れているのが遠目でも確認出来る。
仲間の中では珍しいその髪色に惹かれる様に、一度止まった足は何の迷いもなく方向転換をすると、さくさくと目的地へ向かって歩き出していた。
(寝てるんスかね)
今度は反対方向へかくんとまた首を捻った。
黒と茶が混じった様な長い髪がゆらゆらと風に乗って揺れている。
名前は、知っている。
スコールだ。そうスコール。
スコール・・・なんとかって言う名前だった。
それしか俺は知らない。
同じ秩序に立つ仲間だという事まで知らない程、面識がないわけじゃないけど。
かと言って世間話をする程の中でもない。
宿で会えば挨拶を交わす、まぁそんな程度だ。
探索へ出る時のメンバーも固定ではないけど、俺がスコールと組んで行く事というのは今日まで一度もなかった所為か仲間というより、ただの顔見知りに近い存在かもしれない。
ぼーっと突っ立ったままスコールの旋毛を見ていたけどそれに飽きると、今度はしゃがんでみる事にした。
相手の横顔は、長く疎らな髪の毛に隠れていて見えないけど、頭が垂れているんだからやっぱり寝ているのかもしれない。
寝息は聞こえないけど、こんなに近くに来ても反応がないのだから。
(寝てるんだ)
そこまできて漸く、俺はこの黒い塊がスヤスヤと安眠を貪っているのだと理解して少し息を吐いた。
スコールが一人で居るのを見たのはこれが二度目になる。
一度目の時は、遠目で見ただけだったから近寄る事も出来なかったけれど。
今度は側に行けて少し、ホッとしているのかもしれない。
機会がなかっただけで、きっかけさえあれば普通に話しをしてみたいと思った事もある。
ただ、それをするにはあまりにもスコールの築いた壁が大きくて。
よく、ジタンやバッツと行動を共にしているのを見掛けたし、他の仲間とも会話はしている。
でも、だけど。
スコールはいつも一人だった。
誰かと居ても、そこだけ世界が区切られてまるで違う場所に一人立っている様な、そんな錯覚を覚えた記憶がある。
此処から先には、決して入って来るんじゃない。
暗にそう言っているみたいな。
考え過ぎかとも思ったけど、目で追えば追う程、スコールの背中に拒絶にも似た何かが纏わりついて見えた。
だから多分、こうして一人寝ているところを見付けて歩み寄らずには居られなかったんだ。
(人前でもちゃんと寝れるんだ、スコールって)
人一倍、警戒心が強そうなのに。
それとも疲れてるのかな。あんまり寝てないのかな。
どうなんだろう。
判断をするにも材料が足りなさ過ぎて、俺はまたかくんと首を捻った。
何故頑なに、一人で居る事に拘るんだろうか。
眠るスコールに、心の中でそう問いかけても返事がないのは当たり前だけど。
だからと言って、肩を揺さぶり起こして聞こうなどとは端から考えていない。
こうして今一人で居るのも、一人の時じゃないとしっかり眠れないからなのだろうか。
だったら野営の時なんかはどうするんだろう、寝た振りでもして過ごしているのだろうか。
仲間なのに、そうやってあちこちを警戒して防衛線を張り巡らして日々を生きているのだろうか。
(それってなんか)
凄く、しんどい。
疲れないのだろうか、そんな生活。
スコールの拒絶がなんなのかは知らないけど、それが一人で居る事に繋がっているならやっぱりそれってしんどい。
(そういうの、誰かわかってあげられたら良いのに)
一度見たあの背中の寂しさが拒絶の反動で出てるものなら、それをわかってあげられる人が居たら変わるかもしれないのに。
俺じゃない誰かなら、きっともっと上手くスコールにそれを伝えられたのかもしれない。
それでも俺がそれに気付いてしまったのは、一人座った背から滲み出ていたあの心細さや寂しさの様なものが、いつかの自分と重なって見えたからなんだと思う。
突っ撥ねて、平気だと口や態度で表すのは簡単だけど。
(一人は辛いッスよ、スコール)
結局全部、自分に跳ね返ってくるんだから。
ふわりと強くなった風が俺とスコールの隙間を縫う様に通り過ぎる。
その心地良さに、僅かに目を細めると膝を抱えていた腕を解き、そうっとスコールへと手を伸ばした。
(起きちゃ駄目ッスよ)
音もなく、ひっそりと手を当てた先はスコールの背中。
暫く、手を置いたまま動かさずに居ればじんわりと温もりがグローブを通り越して伝わってくる。
(温かい)
そうして、上下にゆっくりと擦った。
「大丈夫」
何故、そう言ったのかはわからない。
大丈夫って、何の事?って言われても多分答えられない。
でも、一人ぼっちだったあの時の俺は、その言葉が一番欲しかったから。
「大丈夫ッスよ」
ジタンやバッツならもっと気の利いた事が出来るかもしれないけど。
俺にはこれが精一杯。
「大丈夫だから」
数度、背中の上で手を行き来させると最後に軽くトントンと叩いて俺は腰をあげた。
今更だけど、ちょっと自分のした事に恥ずかしさが込み上げて来る。
きょろきょろと辺りを確認し、誰も居ない事を確かめると、今度は少し腰を屈めてスコールを覗き込んだ。
相変わらず項垂れたまま微動だにしない姿にほぅっと安堵から肩の力が抜けた。
これで起きられでもされたら大変だ、言い訳の仕様がない。
俺は小さな声で、「またな」と呟くと、スコールが起きてしまう前にとその場から背を向けて歩き出した。
ぽかぽかと少し熱い頬が気持ち良い。
男同士で何やってんだかって、思ったけど俺はスコールの背を擦れてなんとなく気分が良かったんだ。
だって、あの寂しそうな背中がいつも気になっていたから。
大丈夫だって、言ってあげたかったから。
(帰ったら、スコールに話しかけてみようかな)
宿までの道を歩き、そんな事を一人思ってまたぽかぽかと頬が暖かくなった。
======
君は強がりだから。
戻る