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約束っていうのは、破る為にあるんだ。
昔、悪ガキみたいに笑ってそう言う親父を駄目な大人だと思った事がある。
だけど、そう思っていた俺もやっぱり駄目な大人の仲間入りをしそうだ。
約束は、破る為に使わないとな。
「何でもするって言ったよな」
「え?」
吃驚した。
何がって、今のクラウドの言葉にね。
クラウドって、良い人なんだよ。
うん、多分ね。
何考えてるのかあんまり良くわからないんだけどさ、セシルとフリオニール達と四人で探索に出掛けてもクラウドはいつも微笑ましく俺達の行動見てるし。
何かお父さんみたいな貫録あるっていうか。
結構色んな事に寛容だし、俺が突っ走っても怒ったりしない。
だからね、今クラウドが言った言葉に凄く吃驚してる。
「言っただろう?」
でも、一つ言うなら。
良い人だし、好きだけど。
何考えてるかわかんないところは好きじゃない。
特に今みたいなのは、本当に困る。
「えっと・・・・」
元々表情に乏しいところはあるけど、二人になると更に無くなる。
っていうか、四人で居る時はセシルとフリオニールが汲み取ってくれるから困らないんだけど、どうにも二人きりだと会話がいつも一方通行になる気がしてならない。
入口に佇む俺に背を向けたまま、グローブを外しているクラウドの後ろ姿を見て一人首を捻った。
用事があるから部屋に来てくれって言うから来たのに。
「言ってる事がよくわかんないんッスけど・・・・」
もうちょっと、後少しだけで良いから噛み砕いてくれ。
頼む、頼むからさ。
と、背中へ向けて念じていれば、はたりとクラウドの動きが止まった。
「何でもするって、お前言っただろう?
ベッドの下から助けた時」
うわー、うわー。
凄い嫌な記憶が蘇ってきた。
フラッシュバックだ。
あぁ、人生の中で五本指に入るくらいには消し去りたい記憶なのに。
「だから、約束」
涼しい顔して何言ってんだか。
大体あれは、なんていうか・・・咄嗟に叫んだ事で別に本当に何でもするとかそういう事じゃないっていうか。
そもそも人助けしたのに見返り要求するって、クラウドってばそんな奴だったんスか?
見損なったッスよ。
「お前が自分で言ったんだろう?」
顔だけを此方に向けたクラウドの眼光がやけに鋭い。
「いや・・・あれは・・・・」
いや、言ったけど。
言ったけどそうじゃなくてさ、ほらわかるだろ?
「・・・・」
クラウドの無言の圧力に耐えられず、顔を床へと向けた。
どうしようか、何て言おうか。
いいえ、言ってません。
言ったけど言ってません。
記憶から排除したいので言ってないって事にします。
とか、駄目ッスかね。
そもそも話し通じるのかな、そこが結構心配。
床の木目とか無意味に数えてみるけど、意識はガチガチにクラウドに飛んでいってる。
「ティーダ」
いつも通りのね、優しい声なんだけど。
こう・・・圧迫感が凄い。
「ティーダ、顔を上げろ」
はい、上げます。
今すぐ上げます。
バッと顔を上げれば、やっぱり無表情なままのクラウドが手にしていたグローブをペイっとベッドへ投げ捨てた。
「別に怒ってないから」
あれ?俺怒られる様な事したっけ?
「約束を守れと言ってるだけだ」
そう言ってベッドに腰掛けたクラウドが、視線を俺に固定した。
あぁ、そんなに見ないでくれないかな。
凄く動きにくい。
もっと言えば呼吸もし難い。
瞬きの回数なんかも増えちゃってる。
(なんか・・・・尋問されてる気分ッス・・・)
用事があるから部屋に来てくれって、そう言うから来たのに。
用事がこれなの?
あぁ、でも時間戻せるなら行かない方向でやり直したい。
だって、約束の事なんか忘れてたんだ。
あれからクラウド、何も言って来なかったし。
流石に2、3日は何言われるんだってびくびく警戒してたけど、それも過ぎれば「何だ、冗談か」って都合の良い俺の頭は解釈したからさ。
それなのに、何週間も経ってから言い出すとかずるいって。
不意打ちも良いところだ。
「来い、ティーダ」
嫌です。
行きたくありません。
だってクラウド怖い、本当に怖い。
あの優しい微笑みはどこ行ったんスか?
まさか二重人格なの?時々情緒不安定なのはその所為なの?
うだうだと考えるだけで、扉の前から一歩を足を動かさない俺に痺れを切らしたのか、ガァンっとベッドを蹴り飛ばす音が聞こえ、体が思い切り跳ねた。
「来い」
おかしいな。
俺の知ってるクラウドじゃないぞ。
これ、まだベッドの下から助けてくれた時の方がマシじゃないか?
あの時の方がずっと優しかった気がするッス、うん。
「あ・・・あの、」
「三度も言わせる気か?」
どうしよう、本当に二重人格な気がしてきた。
ずりっと、擦り足で一歩踏み出してみるけど思ったより全然進まない。
「あの、さ・・・ちなみに、だけど。
何でもって、何して欲しいんスか・・?」
俺の馬鹿!
この根性無し!
腰が引けてる癖に何聞いてんだ!
「・・・お、俺でも限界ってもんがあるッスから・・・」
金か、金なのか。
それともなんだ、貴重な素材ッスか。
どれでもくれてやりますから、いつものクラウドに戻って下さい。
「別に難しい事じゃない」
何時まで経ってもずりずりとしか動かない俺にクラウドは呼ぶ事を諦めたのか、ふぅと長い溜息を吐くと、ベッドから立ち上がった。
思わず一歩後ずさる俺、格好悪いね。
「言った事を守ってくれればそれで良い」
だーかーらー!
それを聞いてるんだっつーの!
内容を教えてくれよ内容を。
怖いから聞けないッスけどぉ!
「お前はジッとして居てくれればそれで良い」
一歩、また一歩と近付いてくるクラウドに、俺の背中からは滝の様な汗が流れてる。
危ない、これは危ない。
何が危ないのかわからないけど、危険だ。
俺の本能がそう言ってる気がする、絶対言ってる。
「あ、あ・・・いや・・」
しーっと、人差し指を唇に当てにこりと笑ったクラウドのその豹変ぶりに、爪先からぞわぞわって鳥肌が立った。
誰か、助けて。
誰でも良いから。
「大丈夫だ」
いつもは頼りになるその言葉も、いまは兎に角怖いし胡散臭いしで。
「約束だろう?」
一層優しくなった声音と共に、クラウドの白い手が俺の方へと伸びてきたと同時に、今自分を助けられるのは自分だけだと、脳が瞬時に判断を下した。
「あぁぁぁぁあーーー!!!」
殆ど、反射的にだったと思う。
鼻先に触れそうな程、近くまで来ていたクラウドの手が俺の叫んだ声に止まった。
その止まった瞬間を見逃さず、俺は部屋の扉を押して部屋から飛び出した。
出てしまえばもうこっちのものだ。
廊下に出た俺の目の先には、中途半端に手を伸ばし掛けたままのクラウドが。
何とも滑稽だ。
こんな古典的な戦法に引っ掛かるなんて。
足が震えてる俺はもっと滑稽だけど。
「や、約束なんて」
舌も上手く回ってないけど、気にしたら負けだ。
「破る為にあるんッスよ!
知らなかったんッスか!」
あはは、なんて笑えなかったけど。
代わりに、心の中で「やっぱり誰か助けて!」という魔法の言葉を何度も念仏のように唱えると、スゥっと表情の変わるクラウドを尻目に、その場から走って逃げだした。
「た、助けてっ・・・怖い!」
とんでもない事を言ってしまった。
廊下を走りながら、この後どうやって部屋に籠城するか頭の中はそれで一杯だ。
あぁ、親父。
俺アンタの事、駄目でいい加減でどうしようもない大人だと思ってた。
アンタの息子だって、何があっても一生思わないと思ってた。
でもやっぱり俺、アンタの息子だったよ。
約束っていうのは、破る為にあるんだ。
約束は、破る為に使わないとな。
「アンタの言う通りッスよ!」
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駄目親子
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