作戦変更
チャンスというのは、見てないだけで案外そこら中に転がっているものだ。
ぐすっと、鼻を啜る音が一つ。
我慢しているんだろうか。
目には分厚い透明の膜が張り、それが瞬き一つで今にも零れ落ちそうだ。
「お、俺・・・」
ティーダの喉が上下に動く度、何度も落ちてしまいそうな涙を飲み込んでいるのだろうと思う。
必死に泣かない様にしているのは、最後の意地なのか。
「そうか・・・貰ってくれなかったのか・・」
神妙な顔つきで、さも残念だと言わんばかりの表情をしている俺は結構な役者だ。
本当はそんな事、欠片も思っちゃいないのに。
「・・・頑張ったのにな」
ポンっと、お日様色の頭に手を乗せればぷくりと一層膨らんだ透明な液体が、下瞼という防波堤を破りとうとう決壊した。
事の顛末は、ティーダがたまたま湖で拾った石にある。
寄りによって、それをスコールに贈りたいと相談を持ち掛けられた。
でもね、俺はティーダの前では良い人の皮被りまくってるからちゃんとその相談にも乗ったさ。
本当は適当に相槌でも打って流していたかったけど、大事な大事なティーダの頼みだ。
御座なりにするなんて出来っこない。
結局スコールに渡すピアスの石ころまで選んであげて、やりたくもない後押ししたのに。
あの無愛想な獅子は、どうやらそれ受け取らなかったらしい。
それでティーダは、こんなにも目を真っ赤に染めて泣いているわけだ。
(あぁ、そんなに泣いちゃって)
我慢と理性ってのはどちらも薄っぺらい糸一本でギリギリ繋がってるもんで。
一見頑丈そうに見えて、案外脆い。
一度突いてみればほら、後は只管垂れ流し。
ぼろぼろと落ちる涙が頬から顎を伝い、ぽつぽつと床に染みを作っていた。
「おいで、ティーダ」
ベッドに腰掛ける俺の目の前に突っ立って、声も出さず泣いているティーダに手招きをした。
「ほら」
大丈夫、と言って両手を伸ばせばティーダが覚束ない足取りでよたよたと歩いてくる。
近付いてきたその手を優しく握り、そっと自分の方に引き寄せた。
「スコール、どうして受け取ってくれなかったんだ?」
優しく優しく。
もうこれでもかってくらい声を和らげ、自分の足の間に立たせたティーダを下から見上げた。
目元も鼻の頭も真っ赤にして泣いているティーダを見て、可愛いなんて思う自分を別に不謹慎だと思わない。
元々邪まな感情があるのだ、不謹慎なんてそれこそ今更な話しで。
「っ、ぅ・・・ひ、ひとり・・だけっ、」
「うん?」
しゃくりあげそうになりながらも何とか言葉にしようとするティーダを辛抱強く待ってみる。
「ひ、ぅ・・ひとりだけ・・・こんな、の・・・貰っ、えないって・・・」
何度も何度も激しく息を吸い上げ、空気と共に吐き出されていた声はもう我慢が効かないらしい。
言ってまた悲しくなったのか、今度こそティーダは声をあげてわんわんと泣きだした。
「あぁ、よしよし」
さり気無く握ったままだったティーダの手を引いて腕の中へと抱き締める。
「バッツ、バッツ・・・う・・っ」
うわ言のように繰り返し俺の名前を呼び、ぎゅうぎゅうとしがみ付いてくるティーダに思わず口角が上がった。
「一生懸命作ったのにな」
なんて慰めたらほら、しがみ付く力が一層強くなった。
あぁ、幸せ。
しかしまぁ、あの獅子が受け取らなかったというのには意外だ。
必ず受け取るだろうと踏んでいたんだけど。
本当に自分一人だけが、贈り物を貰うのに気が引けたんだろうか。
(・・・・いや、違うか)
スコールの事だ、きっと意地を張ったに違いない。
その証拠にジタンや俺、他の仲間から手渡される物はちゃんと受け取っている。
もし一人だけ貰う事に抵抗があったなら、先日セシルから手渡された新品のグローブだって突き返してるはずだ。
本当はティーダから、あのピアスを差し出されて嬉しかったはず。
それは間違いない、断言しても良い。
自分一人だけなんてのは、素直に受取れないただの言い訳に過ぎないのだろう。
(スコールにだけって時点で、特別扱いしてる事に何で気付かないかね)
中々素直になれないあの獅子は今頃酷い後悔に襲われ、自室の壁に頭でも打ち付けているに違いない。
ま、自業自得だから同情はしないけど。
「なぁ、ティーダ」
しがみ付いていたティーダの両肩を掴み、少しだけ体を放せば俯いていた顔が上がった。
いろんな体液でぐちゃぐちゃになった顔は結構酷いんだけど、それでも愛しく思うんだから欲目ってやつは凄い。
「スコールもきっと悪気があったんじゃないと思うんだ」
ティーダが落ち着く様に、背を擦りもう片方の手で顔中にへばり付いている涙を拭う。
「本当は嬉しかったと思うぞ。
ただ、ほらお前の作ったピアス凄く出来が良かっただろう?
大金叩いて買った物かもとか、苦労して手に入れたのかもしれないって思ったら自分だけ貰って良いのか心配になったから受け取らなかったんじゃないか?
あぁ見えてスコール、結構気回し過ぎなところもあるし」
よくもまぁ心にもない事を、こうペラペラと言える自分に少々関心する。
でもティーダの為だしね、こんな風に言ってあげればきっと安心するってわかってるから言ってるだけで。
「・・・・うっ・・・・ぅ・・・ん、」
拭っても拭ってもほろほろと落ちてくる涙を丁寧に何度も払う。
いっそ唇を落として拭ってやりたいとも思うが、そんな傷心につけ込む様な事はしないし、出来ない。
慰めついでになんて考えるのは男の性かもしれないけど、ティーダに無理強いをするつもりは端から考えてはいない。
緩やかに、だが確実にティーダから俺の手の中に落ちてくれるようにしたいだけ。
「スコールにはまた別の贈り物考えよう。
ついでに、今度は受け取ってもらえるようにみんなの分も作ってさ。
俺も手伝うから、な?」
だから、良い人の印象は崩さないし、こんな嘘臭い言葉だって軽々言えちゃう。
「っ、う・・ん、うん・・・ありが、とう・・バッツ」
「何言ってんだ、仲間だろう?」
そう言って、またティーダを腕の中へと引き込んだ。
あの時担ぎ出されて良かった、役得役得。
「、でもこれ・・・ピア、ス・・もう渡せ、ない」
「・・・」
カツン、と音立て俺とティーダの体の間から転がった藍鼠が床の上でキラキラと光る。
何度も研磨したのか、最初に見た石ころの面影はない。
(あーあ、勿体無いね本当に)
そうは思うけど寂しく光るピアスを見て、本当は大声で笑いたかった。
(馬鹿だなぁ、スコールは)
チャンスを逃した事に、後で気付いたって遅いのに。
お前が捨てたチャンス、俺が有り難く貰っておくよ。
「ティーダ」
すぐ側にある耳に、ふっと言葉を吹き込む。
きっとティーダは良いよと言うだろう。
言わなくても言うように仕向ければ良いだけだ。
それを出来るだけの言葉を俺はちゃんと知っている。
「あのピアス、良かったら―、」
予定が変わったのだから、作戦も変えないと。
あぁ、どうしよう。
考えるだけで楽しくなってきた。
きっと獅子は酷く絶望するだろう。
でも知ったこっちゃない、お前が悪い。
容易に浮かぶその表情に、くつくつと肩を震わせ愛しい眼差しで床に転がるピアスを見つめた。
(あー、幸せ)
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利口な男。
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