5年後の結末8







片思いが終わった。

長い長い、片思いだった。









腐れ縁、とでも言うべきか。

隣で湯気のあがるおでんを見て顔を綻ばせているクジャとは、何だかんだいって付き合いが長い。
特別、仲が良かった訳でもなければこうして酒の席を共にする事も珍しいと思う。
学生の頃から付かず離れず。
独立して会社を持つ様になってからも、相変わらずこうして腐れ縁は継続中。

「ここのおでんは美味しいんだ」

箸で摘んだ大根にふぅふぅと息を掛けながらそう言うクジャは本当に嬉しそうな顔をしている。

「アンタでも、屋台なんか行くんだな」

「ここ限定だよ。
他は行く気がしない」

クジャに連れて来られたのは、土手沿いにある小さな屋台。
自分の会社の側にこんな屋台があったとは知らなかった。
時々、愛用のバイクを走らせて此処を通る事もあったが一度も見掛けた事はない。

「お世辞にも、外観が良いとは言えないけど味は保証するよ」

店主にも聞えているボリュームだが、気にした様子はない。

目の前でぐつぐつと音を立てて煮られるおでんと、それの仕込みをしている店主が一人。
身動ぎする度に軋む椅子は、大の大人が二人も座れば十分窮屈だ。
とりあえず、先程から身動ぎする度に軋むこの椅子はそろそろ変え時ではなかろうか。

「アンタの嗜好がいまいち理解出来ない」

「奇遇だね、僕もだよ」

卵も頂戴、と言ってクジャが熱燗を手に取った。
真っ白な御猪口に、とぷとぷと透明な液体が注がれる。

「君の嗜好は理解出来ない。
でも、君は案外わかりやすいから。
理解は出来ないけど、納得は出来るよ」

並々と注がれた猪口の側面に、入りきらなかった液体が一滴滑り落ちた。

「言っている意味がわからん」

クジャの手によって注がれた御猪口を手に取ると、一気に流し込んだ。
熱いそれが喉を走り抜け、胸元から腹にかけてじんわりと鈍い暖かさが広がる。

「付き合いが長いと、余計な事まで知ってしまうって話し」

諦めた様な口振りではなく、投げやりでもなく。
クジャは静かにそう言って笑うと、自分の猪口の中身を飲み干しほぅと息を吐いていた。

その横顔に、いつかのティーダが重なる。

そう言えばあの時も、こんな風に狭い店で肩を並べていた。
もっと贅沢を言っても良かったのに、洒落た店は緊張するからと照れ臭そうに耳打ちをしてきた事がまるで昨日の出来事の様に感じる。
それは、そうであって欲しいという俺の願望に過ぎないけれど。


「知りたくもないのに、わかってしまうというのは一種の苦痛に等しいよ」


濡れた唇を親指で拭ったクジャが、チラリと視線を向けてきた。

全く持って、色んな言葉が抜けている。
だけど、クジャの言わんとしていることがわかってしまう自分もやはり年月の長さというものに感化されているのか。
皿に盛られたおでんに手を付ける事なく、スーツのポケットから煙草を取り出した。
箱を軽く上下に振り、飛び出てきた一本を口に銜えるとライターで火を灯し大きく煙を吸う。
風向きはクジャの方へ流れているのに、文句の一つも飛んでこない。
珍しい事だ。

「熱燗、もう一本頂戴」

何時の間に空になったのか、空いた徳利とふらふらと揺らし店主に御代り強請っていた。

クジャは、何も言わない。
昔からそういう奴だった。
知っていても何も言わない、それがクジャなりの世渡りのやり方。
または、労り。
この誘いも、またそうであるように。


だからだと思う。


「好きだったんだ」

極自然に、独り言の様に口から零れ落ちた。

「好きだった。
5年も、ずっと」

誰が、なんて言わない。
言わなくても、きっとわかっている。

「そう」

短い返事の後、また御猪口に酒が注がれた。

「でももう、」

カツン音を立ててと、徳利と御猪口がぶつかる。

あぁまた、零れた。

「終わったんだ」

終わった、そう終わったんだ。
好きだと、口に出してみた時よりずっと現実味のある言葉。

「俺が、終わらせた」

想うだけも一つの形だと、何処かでこじ付け自分を納得させていた時も確かにあった。
だけどそれじゃあやっぱり、満足出来なかった。
言わない事で保たれ、守れるものもあったのに。

「俺が」

俺は、ティーダに何を期待していたんだろうか。
まるで自分が特別扱いでもされていると自惚れて。
初めから黙って見つめているだけにしておけば良かったのだ。
それを、僅かにでも特別であって欲しいという欲から期待をしてしまったが為に、せっかく築きあげたものを自ら手放してしまった。
言って後悔してないなんて思っていられたのは、あの拒絶をされるまでの話しだ。


友人に戻る最後のチャンスまで、俺は捨ててしまったのだから。


夜風に攫われ、紫煙が高く昇る。
慣れた味なのに、肺に沁み込むそれがどこか重く感じた。

「今も好きかい?彼の事」

声と共に伸びてきた手が、指に挟んでいた煙草をスっと奪っていく。

「・・・好きだ」

吸いかけのそれに口を付け、クジャが一呼吸の後煙を吐き出した。

「そう」

「あぁ」


煙草は嫌いだと言っていた癖に。


「好きなんだ」


ぐっと、胸が圧迫される感覚に襲われるのと同時に急激に目頭が痛くなり、視界がぶれた。

声を出そうと思っても、詰まって出て来ない。
そっと持ち上げた手で目を覆ってみると、濡れた感触が手の平から伝わった。


「っ・・・、」


好きだった。
ずっとずっと。
俺だけの物にはならない事はわかっていたけれど
それでも好きで仕方なかった。

「・・・・誰かを想って泣けるのは幸せな事だよ、クラウド」


冷えた夜風に溶けるクジャの声が、奇妙な程に優しい。


「雨、降りそうだね。
・・・おじさん、今度は冷でお願い。
うんと冷えたやつね」


トンっと叩かれた背に、溜め込み必死に繋ぎ止めていたものが完全に切れ溢れだした気がした。





初恋は実らないと言う。
だけど初恋に限った話じゃない。
二度目でも三度目でも本当に好きになった人程、手に入らないのだ。


俺の長い恋も、確かに終わりを告げた。


数年振りに泣いて、その事実がより確かなものになった。




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