君が望む世界
(君と見る世界の続きみたいな)
花が枯れた。
当たり前だと笑われればそうなのだけど。
植えてから、まだ三日足らずの事だった。
(やる気出ないッス・・・)
眼前では目が痛くなるような激闘が。
今日はコスモスの戦士達が聖域に戻る為に使っているルートの一つで待ち伏せ、奇襲をかけた。
月の渓谷を抜けた先にある狭く足場の悪い森林だ。
皇帝様が遊び過ぎた所為か、覆い茂って視界を遮っていた木々は見るも無残な姿に成り果てている。
それにしても上手く誘導して皇帝様のトラップに引っ掛かってもらおうという寸法だったが、愚策な気がしなくもない。
初めて使用する策でもないのだから、コスモス側に警戒されていたっておかしくないだろうに。
頭は良いのだろうけど、知識や力をひけらかすのが趣味のような皇帝様は、時々抜けているんじゃないかと思う。
(・・・もう帰りたい)
遠くで皇帝様の高笑いが聞こえる。
ずいぶんと機嫌が良さそうだ。
どんどん消沈していく自分とは大違いで。
(帰りたい)
二度、同じ事を心の中で繰り返すとまるでそれを咎める様に、激しい爆発音が響いた。
続いて、爆風と一緒に飛ばされたのか小さな石や砂が飛んでくる。
まるで凶器の様なそれが肌に当たり凄く痛いのだけれど。
「誰か引っ掛かったんスかね」
だとしたら、とんだ間抜けな奴だ。
何度もトラップは体験しているだろうに。
早く満足してくれないかと、飛び回る皇帝様を戦いもせずぼんやり眺めていればスっと音もなく首筋に冷たい感触が伝わった。
「貴様、カオスの人間だな」
どこか伺う様な強張った声に、首を捻り後ろを見遣れば何度か目にした事のあるコスモスの戦士が俺の首に剣を当てていた。
「・・・そうだけど、俺今そんな気分じゃないからさ」
あぁ、帰りたい。
帰って、あの花を植えた場所に行きたい。
「ふざけるな」
「ふざけてないッスよ。
本当に、今そんな気分じゃないからさ。
どうしても戦いたいんだったら向こうで暴れ回ってる皇帝様に相手してもらってよ。
俺もう見学するって決めたから」
二度目の爆発音に、首筋に当てられていた剣先を握り下ろした。
「ほら、あっち行けって」
「・・・・そう易々と見逃すと思っているのか」
ゆっくりと振り返れば、額に傷を持った男が鬼のような顔をしていた。
挑発されたとでも思っているんだったらそれは勘違いだ。
本当に今は戦う気分じゃないのに。
「・・・しつこいね、アンタも」
どうやら、見逃す気はないらしい。
こちとら花が気になってそれどころじゃないのに。
(セフィロスに、なんて言おうか)
手の中からフラタニティを呼び出すと、構えるより先に言い訳を考えていた。
***
花が枯れた。
たったの三日で。
枯れるかもしれないというのは、勿論自分の中で想定していた事でもある。
でも、実際に見ると、それはもうショックだった。
カオスの塒として使っている大きな屋敷の外に植えたあの花は、花弁の一枚も残さず枯れていたんだ。
萎れ変色した茎だけが、虚しく地に刺さっていて。
前日の夜に見た時は、まだ花も残っていて茎もしっかりと健康そうな色をしてたのに。
あんなに一生懸命穴掘って、毎日水やりも欠かさなかったのに枯れてしまった。
わかっていたけど、言い様のない挫折感の様なものを味わった気分だ。
一緒に見ようって、約束したのに。
こんなに早くなくなってしまうなんて。
義士が持っていても枯れなかった癖に。
俺がカオスの人間だから、駄目なのか。
それとも、あの義士だったから枯れなかったのか。
考えたところで、もう手元には残っちゃいなんだけれど。
温い風が頬を攫って行くのと同時に、瞼の裏側で緩やかな銀白色が揺れた。
「っ・・・・ぅ」
さわさわと、頬に当たっていた風が何だか痒い。
いや、頬だけかと思ったら額も痒い。
深いところに沈み込んでいた意識が、その感触にぐいぐいと引っ張られる。
それから逃げる為に身動ぎをすれば、腕や足に硬いものが当たった。
「起きたか」
完全な覚醒を促したのは、低く耳に心地良い声だった。
薄らと目を開ければ、焦点の定まらない視界は濁った空いっぱいに埋め尽くされている。
数度、瞬きを繰り返しゴシゴシと目を擦った。
「・・・気持ち悪い・・・」
ぐわんぐわんと後頭部辺りで響く鈍痛。
まるで乗り物酔いにでもなったかのような気持ち悪さだ。
「直、治る」
声と共に濁った空が消え去り、銀白色の髪と共に端正な顔が現れた。
「ぁ・・・・セフィ・・ロス?」
覗きこむ様に俺を見下ろしているセフィロスの髪が揺れる。
痒みの正体は、この髪だったのか。
長い髪が揺れる度、皮膚を刺激しそのむず痒さに堪らず払った。
「何で、アンタが・・・」
「お前の介抱をしていた」
髪を鬱陶しがったのがわかったのか、セフィロスは顔を上げるともう下を向く事はしなかった。
「探し物をしていてな。
道すがら、暴れ回る男とお前を見付けた」
「あ、皇帝様」
「あの男ならとっくに戻った。
お前は・・・・獅子に介抱されていたところを私が引き取った」
「え?」
そういえば、俺どうしたんだったか。
はしゃぐ皇帝様を見ていて、それから・・・何だっけ。
「あの男の壊した瓦礫が後頭部に当たってお前は失神したそうだ。
手に掛ける千載一遇の好機をみすみす逃すとは、コスモスの人間はどこまでも甘いらしい」
「・・・あ、」
思い出した。
そうだ、俺コスモスの戦士に戦えって催促されて。
それでフラタニティ出して―・・・・。
頭に凄い衝撃がして目がチカチカしたかと思ったら、なるほど皇帝様の所為か。
全く、どんだけはしゃいでたんだっつーの。
しかし瓦礫が頭に当たって失神した挙げ句、コスモスの戦士に世話になるなんて。
皇帝様のトラップにかかった奴より間抜けだ。
「・・・・今度会ったら、お礼言わなくちゃいけないッスね」
「好きにしろ」
「・・・手当ては、」
「それは私がした。
頭の出血はもう治まっている。
脳震盪を起こしていたからな、暫くは起き上がるな」
「そうッスか・・・有難うッス」
何だか、この前からセフィロスに世話を掛けてばかりだ。
まさか、引き取って介抱までしてくれるなんて。
この前の事がなければ、平気で見捨てていける様な人間だと思ったままだったに違いない。
(もしかしたら、気紛れかもしれないけど)
それでもまぁ俺はこうして助けてもらったのだから、感謝だ。
そこら辺に放り投げてても良かっただろうに、頭に当たるのはセフィロスの足で。
わざわざ枕代わりに貸してくれたのだろうか。
夢の膝枕がまさかの男だけど、不思議と悲しくはない。
(硬いけど、悪くないッス)
風に流される長い髪を目で追い、持ち上げた手で掴んでみた。
怒られるんじゃないかって思ったけど、セフィロスは何も言わなかった。
それを良い事に、今度は指に絡めてくるくると回してみる。
何かしてないと、口にする事を躊躇いそうだ。
「あのさ」
「何だ」
「・・・うん、あのさ。
花、あったじゃん・・・一緒に植えたあれ」
「あぁ」
「あれな、あれ・・・枯れちまったんだ」
くるんっと巻き付いていた髪が回り、指先から離れていった。
「・・・知っている」
少しの間の後、変わらない声でセフィロスがそう呟いた。
「ごめん」
「・・・何故、謝る」
あれだけ格好付けて、同じ変化を見ようなんてでっかい事言っちゃったのにさ。
結局変化感じる間もなく花は枯れて。
セフィロスがせっかく、悪くないって言ってくれたのに。
一度だけ、花の様子を見にきたセフィロスが水をあげてくれた事も、とても嬉しかったのに。
「ごめん」
同じものを見てくれて、望んでくれたのに。
枯れてしまったら、もうそこで終わりのような気がした。
また探して植えれば良いなんて言ったけど、一緒に衣服や手まで汚して植えたあの花以上に価値のあるものが見付かるんだろうか。
枯れてしまったから、もうセフィロスは一緒に変化を望んでくれないかもしれない。
そう思ったら、悲しくて仕方なかった。
「・・・でも俺、また植えるから」
だから、もういいとか言わないでくれたら。
「植えるから、ちゃんと」
三日だけだったけど、あの花の世話を間は本当に楽しかった。
戦いばかりの毎日の中で唯一、カオスの戦士でいなくて良い瞬間で。
花なんか、育てた事なかったし愛でる人間の気持も俺にはわからなかったけど、手にしてみて初めて理解出来た気がする。
あの消えた義士も、こんな気持ちであの花を持っていたんだろうか。
あぁ、胸にぽっかりと穴が開いたようだ。
「花の価値など、私にはわからん」
「・・うん」
「価値を見出す前に、あの花は枯れた。
やはり、木になどはなれなかったのだ」
上から降ってきた言葉に、居た堪れなくなり目を伏せた。
期待を裏切ってしまったような罪悪感。
育て方が悪かったのだと責められても、今の俺には何も言い返せない。
「・・・・迎えが、来たようだ」
するりと、前髪を梳かれハッと顔を上げたがセフィロスは何処か遠くを見つめている。
「起きれるか」
そう言って、俺が答えるよりも早く両脇に腕を通すとぐっと膝の上から俺の体を退かした。
もう、最初の時の様な頭の中の揺れも気持ち悪さもない。
「セフィ・・・」
「ティーダ!」
被せられた声の方を向けば、遠くからでもわかる慣れした親しんだ同じ髪色を持つ彼が走って来ていた。
「クラウド・・・」
心配性の彼の事だ。
皇帝様と出掛けた俺が一緒に戻ってきていない事を案じて探しに来てくれたのだろうか。
「ティーダ」
走ってくるクラウドを見つめていると、名前を呼ばれた。
一体誰が呼んでいるのかわからず一瞬思考が止まりかけたが、また前髪を梳かれセフィロスに呼ばれたのだと理解するのに非常に苦労した。
ものの数秒の事なのに。
「変化は突然なのだろう?」
「へ?あ、うん」
「ならば、私はあの花が枯れた事もまた一つの変化だと信じよう。
その変化で、私は動いたのだからな」
どういう事だ。
セフィロスの言っている意味が理解出来ず、尋ねようと口を開き掛けたが強く腕を掴まれる感覚にそれは叶わなかった。
「ティーダ!」
「あ・・・クラウド」
「心配したんだぞ!
あれ程皇帝と行動するなと言っただろう!」
「ごめん」
「クジャが、教えてくれたから・・良かったものを・・・」
大きく胸が上下に動き、息が酷く荒い。
あちこち走り回ったのだろうか。
悪い事をしてしまった、ちゃんと伝言残して行けば良かったかもしれない。
悠長にそんな事を思い、ごめんと小さく呟けばセフィロスから溜息混じりの笑いが零れた。
「ずいぶんと、過保護なことだ」
「っ、セフィロス・・・」
掴まれる腕に更に力が入ったとおもった瞬間、強い力で引っ張られ無理矢理立ち上がらせられた。
覚束ない足取りだったが、ドンっと当たったクラウドの体が支えになり転ばずに済んだ事に僅かにホっとした。
「ティーダに手でも出してみろ、その時は・・・っ」
「案ずるな、お前の思う様な事は何一つない。
・・・・それよりも、先程まで脳震盪を起こしていた。
あまり手荒に扱ってくれるな」
怒気を孕んだクラウドの言葉をさらりと流したセフィロスが腰を上げ、侮蔑を含んだような笑でクラウドを見下ろしている。
二人の間にどんな確執があるのかは知らないが、この空気はきつい。
気にはなるが、詮索するだけ野暮だろう。
「アンタに言われるまでもない!
行くぞ、ティーダ」
「あ、」
「辛かったら言え、おぶってやる」
もうセフィロスなんかその場にいないと決め付けたかのように、ずんずんと歩き出したクラウドに引っ張られ、俺の足もよたよたと動く。
あぁ、どうしよう。
まだセフィロスに聞きたい事があったのに。
頑張って今度はちゃんと枯らさないようにするから、まだ一緒にってそれも言いたかったのに。
後ろ髪を引かれる様に、振り返れば佇んだままだったセフィロスが手をあげた。
「・・・?」
その手を下ろすと、ポンポンと自分の太股辺りを叩く。
「・・・・なに・・・?」
新しい遊びかと思ったが、そんな事をする男ではなかったはずだ。
俺が理解出来ず首を曲げる間も、歩くクラウドの速度に合わせてセフィロスとの距離がどんどん開いていく。
(何なんスか・・?)
もう一度あがった手が、今度は俺を指さしてまた太股の辺りをポンポンと叩いていた。
(俺?)
足が縺れてしまわない様に注意を払い、自分の太股を見遣る。
(ポケット・・・?)
顔を上げると、小さくなるセフィロスが確かに頷いた。
クラウドに引かれていない手を慌ててポケットに突っ込めば、グローブ越しでもわかる不思議な感触が指先を掠める。
「あ・・・・」
取り出せば、そこには小さな種が一つ。
向日葵の種に良く似ているそれは種の大きさも同じくらい小さな物だ。
「っ・・・・!」
『探し物をしていてな』
怒っていると思った。
『ならば、私はあの花が枯れた事もまた一つの変化だと信じよう。
その変化で、私は動いたのだからな』
もう、一緒に見てはくれないのかと思った。
だけど、違ったんだ。
胃の辺りから急速に広がるは言葉に出来ない程の歓喜。
(枯れたから・・・探してきてくれたんスか)
じわじわと侵食していく喜びに堪らず声をあげた。
「俺、約束守るから!!絶対守るから!」
クラウドが不機嫌になるとか、今は考えられなくて。
怒られても良いから兎に角、声を出したかった。
(今度は、絶対)
もう、セフィロスの姿は遠くて表情まではわからなかったけれど。
だけどあの日と同じで、微笑んでいるような気がした。
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器用で不器用な男。
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