ンタって奴は











「うわぁ・・・・」


漏れた声は、恐らく無意識だったと思う。







両手をいっぱいに広げると、自分の視界を埋め尽くすそれに顔が引き攣った。
どうしてもうちょっと薄い色にしなかったんだとか、むしろ違う色にしたら良かったじゃないかとか。
いやそもそも、持ってる事自体が男としてちょっとどうかと思うとか、まぁ思うところは色々あるのだけれど、とりあえずそう言った言葉が引っ込んでしまうくらいには
自分にとって衝撃的だった。

「これ、着てたんスか?」

「あぁ」

換気にと少し開けていた窓から緩い風が流れ込んでいる所為か、両手で広げていたそれの裾がふわふわと揺れる。



ちょっとした興味本位からだったんだ。

今、自分の目の前で暢気に着替えをしているクラウドが女装をする。
なんて、そんな話を先日聞いた。
何でそんな話しになったのか、あまりにもどうでも良い話しから流れついた為もう覚えてはいないけど。
ただ、それを教えてくれたのが意外にもフリオニールだった事はしっかり脳裏に焼き付いている。
何がそんなに照れ臭いのか、もじもじと顔を赤らめついには上目使いで「実は・・・・」とまるで初めて思いを告げる少女の様なその反応に痒くなった。
性的な話しは勿論、女の話しになるとフリオニールはいつもあぁだ。
でもまさか、クラウドの女装話しであんなに顔を赤らめるなんて。
耐性がない以前に、危ない道へと進んでしまうんじゃないかと時々心配になる。

年上の、普段は良い兄貴面した彼のあの反応を思い出してしまい、一瞬ぶるりと足の爪先から髪の毛の先まで寒気の様な震えが走り抜けていった。



でもそういう話しを聞くと、やっぱり人間気になるもんで。


俺から見てクラウドは、それはそれは良い男なのだ。

なんたって強い。
兎に角強い。

スポーツ一筋だった俺には、此処にいる全員が人間離れして見えるけれど
その中でもクラウドは兎に角抜きん出て強く感じた。
少なからず、同じ男として憧れていたそのクラウドが女装なんて。


気になる、けど知りたくない、あぁ・・でもやっぱり気になる。


そんな葛藤にも欲求にはすんなり負けてしまって、結局おずおずと尋ねに来た訳だけども。
まさかこんなに呆気なく、了承してくれるとは思わなかった。

むしろ俺は否定して欲しかったね、本当に。



「・・・何で、女装なんかし始めたんスか」

手の中で風に揺られる毒々しいまでの色をしたドレスに顔を顰め、ぽつりとそんな事を呟いた。
茄子紺とか菖蒲色とかそんな上品なものじゃない。
もう一体どこに行けば買えるんだこんなの。
目に痛い派手な紫に真っ赤なリボン。
こんなの今時、如何わしい店だって取り扱ってなさそうなのに。

「そう言われると語弊がある。
別に趣味でやってる訳じゃないしな」

語弊もクソもこんなの後生大事に持ってる時点でアウトだ。
完全にアウトだ。

「趣味じゃなかったら何なんスか?」

インナーを脱ぐ手を止めたクラウドが、深く溜息を吐きソファーを陣取る俺の方へと向き直った。

「昔、潜入捜査で使ったんだ。
それからもまぁ度々似た様な任務を請け負う事があってな。
仕事なら、割り切ってやらなければならない事もある。
それだけだ」

一通り言い終わると、また着替えを再会したクラウド。
それを横目に、俺は何とも複雑な気持ちになった。

仕事は、まぁ仕方ない。
俺は軍人じゃないし、女装してまでの潜入捜査なんてもっとわからないし出来ればあまり理解もしたくない。
でも、何も元の世界ではないこんな場所にでまで、活用する事ないじゃないか。
これじゃあ完全に趣味だと思われても仕方ないだろうに。

「フリオニールには、意外と好評だったんだけどな。
色気があると、褒められた」

「色・・・・」

腕どころか肩も剥き出しになりそうなこの衣装が?
それともそれを着たクラウドが?

あぁ、考えただけでも嫌だ。
フリオニールも、しっかりしてくれ本当に。


目線の高にあったドレスを少し下げると、惜しげもなく上半身を晒したままのクラウドが引き出しを漁っていた。
よく鍛え上げられ、バランスよくついている筋肉。
一見、着痩せして見えていたクラウドの体付きに目を見張る。


(三角筋に僧帽筋、あぁ・・前鋸筋もすげぇや)


でも、その体でドレスはやっぱり厳しい。
俺的には無理。
いくら顔が中性的というか、美形でも何でも。
その逞しい筋肉晒して女装なんて、目も当てられない。
何か羽織ったって、体付きは誤魔化せないだろうに。

「・・・やっぱさ、クラウドはそのままが良いと思うんスよ、俺」



男は男らしく。
これ大事。


「や、仕事なら仕方ないんスけど。
此処居る間はそういう仕事もないだろ?」

漸く選んだのか、それともたまたま手に取ったものなのか知らないが、クラウドが服を片手に持ったまま、顔だけを此方に向けた。

「クラウド、男なんだし。
女装したって別に色気あるとは俺、思えないんスよね。
素のままつーか、そのままの方が格好良いし色気もあるッスよ」

どうせドレスを着るなら女の人が良いに決まってる。
体付きも丸くて柔らかくて、良い匂いもして。
谷間なんかも見えていたらちょっと嬉しい。

「女装なんかしたら、クラウドの良さがなくなっちまうッスよ」

あぁ、ティナなんか着たらどうだろこれ。
・・・いやでも、ちょっと派手過ぎるかな。
ティナなら桃色とか珊瑚色とか、淡水色とかも良い。
きっと可愛いだろうなぁ。
儚さの垣間見えるあの華奢な子なら、俺も喜んで見たい。
言葉とは裏腹にそんな疚しい事を永遠と頭の中で想像していれば、広げていたドレスに影が落ちた。

「嫌なのか?」

「へ?」

「俺が女装するの」

落ちたその影に誘われる様に顔を上げれば、まだ服を片手に持ったままのクラウドがそこに突っ立っていた。

「嫌・・っていうか・・・。
俺はそのままの方が良いと思ったっつーか」


嫌ではないけど、見たくはない。

筋肉質な男がドレスなんて、嫌とかなんとか以前の問題だと思う。
宴会の出し物や余興じゃあるまいし。
憧れていた人のそんな姿なら余計に。


何とも複雑なこの男心をどう伝えていい物か。


クラウドだって趣味でやってるんじゃないと言っていた訳だけど、また空気の読めない発言をして女装するクラウド馬鹿にしていると思われるんじゃないかと思うと、上を向いていた顔は自然と垂れ、手にしていたドレスは力なく膝に落ちてしまった。

(素顔のままって男相手に言うのはちょっとあれだけど、でもそのままが良いっていうのは本音だし)

何と言って言葉を繋げようか、知恵の足りない頭と脳内で格闘していると、そっと音もなく膝の上に置かれる手が視界に飛び込んだ。
声を挙げるよりも早く目を動かせば、僅かに屈み中腰になったクラウドが嬉しそうに笑っていた。


「あ・・・」


何か、凄いものを見てしまった。
凄いったら、本当に凄い。
笑った顔を見た事がない訳じゃないけど、これは何と言うか別物だ。

「嬉しい」

追撃の様に放たれた言葉に、開きかけた口もそのままで。

「だから、ティーダの前では女装しないでおく」

「い、や・・・ちょ・・ち、違うんスよ!別にするなとは言ってなくって、」

見たくはないけど、するなとは言ってない。
強制もしてないし、クラウドがそんなに女装するのが好きならもう俺は生暖かく見守る事にするくらいの心の広さは持ち合わせているつもりで。
第一、個人の趣味なら他人がぐだぐだ言うのは余計な世話も良いところだ。
あ、いや趣味じゃないって言ってたけどさ。

完全に勘違いさせてしまったと思い「クラウド、違うくて」と声を出そうとした時、またあの凄まじいまでの破壊力を持った笑顔をクラウドが見せた。

「このままの方が色気があると、ティーダは思うんだろう?
だったらティーダの前ではこのままで居る」

何でそんなに嬉しそうに笑っているんだ。
近付いてくる顔は、本当に初めて見る表情で。


(ち、ちけぇ・・・)


半裸の男が笑顔で迫ってくるというのは、非常に怖いシチュエーションなのだが。


「ティーダ」


やめろ、その何かやけに綺麗な造りの顔を近付けるな。
反応に困るからマジで。




「顔真っ赤」




動きを止めたクラウドが、ふっと笑うとそのままドレスで覆われた俺の膝に顔を埋めた。

「っ・・・・」

その肩がぶるぶると震えているのがわかり、熱が一気に顔中に広がった。


(からかわれた!からかわれた!!)


「クラウド!」

「すま、ない・・っ、つい」

色気があるって、そりゃあ言ったけどさ!
言ったけど、言ったけど!

これじゃあ女装の話し聞いて照れていたフリオニールの事馬鹿に出来ないじゃないか。
むしろ、男の姿のまま寄って来られて顔赤いなんて言われた俺の方がよっぽど痒いし痛い。


「今度は」


俺が心の中で今更フリオニールに謝罪を繰り返していると、一通り笑い倒したクラウドが顔を挙げた。

「女装して、迫ってみようか」

「クラウド!冗談キツいッス!!」

荒げた声はクラウドにちゃんと聞こえたのか。
今度こそ、耐えられないという様に声をあげて笑いだしたクラウドに、俺は両手で顔を覆うと「女装だけは勘弁ッス・・・」と蚊の鳴く様な声で訴える事しか出来なかった。


おかしい、俺は男なら女装なんかしない方が良いってただそれだけ言いたかったのに。



(もう!いつかこのドレス燃やして捨ててやる!)



未だに笑っているクラウドを尻目に、実にくだらない決意をした。












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なんじゃこりゃ。
女装に抵抗があるティーダを書きたかった結果がこれとか。
でも10はきっと漢の中の漢。
後日燃やすと良いですよね。






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