恋隠し
いつだったか、それは不毛だと言われ苦い顔をされた事がある。
視線の先で仲間と何やら話し込んでいる彼。
顎に手を当て、真剣に悩むあの横顔が好き。
寝癖の取れない頭を掻くのも、困った時に唇を噛む癖も。
でも一番好きなのは、自分に向けられる優しい笑顔。
目尻が少し下がって、ホッとしている様なあの顔が好き。
それを見てるだけで満足なんだ。
他には何も望まないから、変わらずにその顔を俺に向けていて欲しい。
「不毛だ、想うだけなんて」
「それ、前にも言ったのフリオニールだったよなぁ」
久し振りに聞いたその言葉に新鮮味は感じない。
どちらかと言えば「おかえり」とか「ただいま」とか日常的に交わす言葉の一つに近い気もする。
「俺は今のままで良いんだよ」
何を思ってフリオニールがそう言うのかはわからない。
もしかしたら、滑稽だとか哀れだとか思っているのかもしれない。
「お前は馬鹿だジタン」
「うん、それもなんか前に聞いた気がする」
溜息に近い呟きに、薄らと笑みが零れた。
「皆、最初は想うだけから始まるんだぜ?
だったら最後まで想うだけの人間が居たって良いだろ」
何でもかんでも言ってしまえば良いってもんじゃない。
言ったが為に、崩れて消えてしまう事もある。
一度出来た溝は決して消えないんだ。
消えたと思っていても、ふとした瞬間に垣間見る事になる。
それが一生涯、付き纏うんだ。
たった一言、そう一言。
「好きだ」と言ったが為に、あの眩しくて優しい顔が見れなくなるのであれば
想うだけの方がずっとずっと幸せだ。
「焦って勘違いして、取り返しのつかない事言っちまう奴の方が俺からすればよっぽど馬鹿だと思うんだけどなぁ」
大きなリスクを背負う博打をするより、小さな幸せを噛み締めて生きる方が利口。
おかげで俺は、こうして想うだけでも満たされる幸せを手に入れている。
「だからお前は、馬鹿なんだ」
「そう?俺は幸せ」
この会話自体が、俺にとっては非常に馬鹿くさくて不毛だ。
伝える事が必ずしも必要ではないというのに。
(賢く生きないとな)
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9→10
想う故に。
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