蜜honey・後
















俺は本来、こんなにうだうだと悩む人間じゃない。





テーブルの上に置かれた10本の細い瓶。
甘い香りが部屋中に漂うのは、それの所為だろう。
嗅ぎ慣れない匂いが部屋中に充満していて頭が痛い。

視線の先にあるのは青緑色のそれは甘苦い、ポーション。

それと睨み合いをしていったいどれだけの時間が経ったのか。
渡そうと思っていた期間から含めたら恐ろしい事になる。



先日、クラウドから貰ったポーション。
あれのおかげで俺は無事ジタンに愚痴られる事も、目立った怪我もする事もなく無事に見周りと徘徊していたイミテーションの始末を終えられた。
不本意だけど、本当に。

クラウドはやると言ったが、それではどうにも自分が納得出来ない。
というか、ポーションを返す事であの日の格好悪い自分をなかった事にしたいのが本音。
律儀と言えば聞こえは良いが、要はそう言う訳だ。
なのに、そこまで自分に言い訳をしているのに、行動に移せないままもう何日経ったか。

「・・・あー・・・行きたくねぇ・・・」

これがバッツだったら、これがフリオニールだったら。
何の気兼ねもなく渡しに行けるんだろうに。
あ、いや違う。
そもそもわざわざ返したりしない。
でもそっちの方が良い、断然。

「御主人、早く行くクポ」

面倒臭そうな声が足元から聞こえ下を向けば、声音以上に面倒臭そうな顔をした世話掛りのモーグリが短い前足で俺の太股ベシリと叩いた。














***





「珈琲で良かったか?」



カタン、と小さな音を立てて白いカップが目の前に置かれる。
音と匂いに、トリップしかけていた思考が無理矢理現実へと引き戻された。

「あ、うん。
わざわざ有難うッス」

湯気の上がるその中を覗き込んでみれば、何とも情けない顔をした自分の姿が写りそっと目を逸らした。


結局、痺れを切らしたモーグリに部屋から蹴り出される形でクラウドがいる宿に向かった訳だが、大体居るのか戦闘に出ているのかもわからない状態だった為、俺はどうかどうか家に居ない様にと短い道中そればかり祈っていた。
留守なら部屋の前にでも置いて帰れば良い。
一応書き置きのメモまで持ってきたのは、留守であって欲しいという強い願望。



叩いた扉の先から返ってきた声に、それは儚くも散ってしまったが。




(帰りたい・・・)



シンっと静まり返った室内。
外ではオニオンやジタンの甲高い声が聞こえる。
きっとまたくだらない事でわいわいと楽しんでいるのだろう。
此処に居るくらいなら、俺もそこに混ざって遊びたい。
是非とも。




(だから行きたくなかったんスよ・・・)




慣れない人間の家に初めて行って俺に出来る事と言えば、やれ家具がどうだやれあの本は何だ、この置物は珍しいね、俺の部屋よりずっと綺麗で吃驚した、なんてどうでも良い事で会話を繋げようと必死になる事だけ。
元々人付き合いは下手くそな方ではない。
だけど、今回は相手があまり喋らない人間なせいか、余計に何か話題を探そうとしている自分がいる。


「悪ぃ、スコールと出掛ける予定だったんだろ?」


カップを手に取ると、そっと口を付け慎重に啜る。


「まだ時間じゃない」

「今日は何処まで見周りに行くんスか?」

「パンデモニウム」

「あ、そこなんか最近イミテーション増えてるらしいッスね。
この前もウォル達が結構始末したって言ってたッス」

「そうだな」



ほら見ろ。
話題だって膨らみやしない。



他に、他にと頭の中の引き出しを漁ってみるが、そんなものはそもそも自分には存在してなかったと気付き苦い気持ちになる。
クラウドの家に上がってから、俺はそれなりに喋ったはず。
ネタも気力も尽きたと言わざるを得ない。
こんなことなら扉を開けてくれたあのモーグリに押し付けてさっさと帰れば良かった。

再び口を付けたカップの中に向かって、細く溜息を吐き出せば黒い波がゆらゆらと
柔らかく揺れる。


「ところで、何の用なんだ?」


カップから口を放し顔を上げれば、向かいに座るクラウドがグラスを手にしたまま此方をじっと見詰めている。
その視線の強さに、一瞬だけ心音が上がった。


「あ・・・そ、そうだ!」


いけない、話題探しに必死になり過ぎて当初の目的を忘れていた。
俺は慌ててカップを置きポーチを探ると、中からそれを取り出し割れないよう大切にテーブルの上に置いた。


「これ、返しに」


クラウドが俺に手渡した時と同じ様に、革紐で括られ10本の瓶に収まったポーション。その瓶をクラウドの方へと押し遣る。


「・・・・何?」


グラスを置いたクラウドの目がテーブルに置かれたポーションに注がれる。


「何って、」

「使わなかったのか?」


チラリ、と目を上げたクラウドの眉根が僅かに寄っているのを見て慌てて顔の前で手を振った。


「いや、使ったって!
有り難く全部使わせてもらたッス!
これは、俺が自分で集めたやつ」


不思議そうに小首を傾げるクラウドの姿。
それはいつも自分が見ていたクラウドの姿と違っていて、どこか新鮮に見える。


「何でだ?」

「何でって・・・、やるって言われたけどやっぱ大事なもんだし。
よく使うしさ、温存もしとかなきゃいけないだろ?
だから貰いっ放しは出来ないかなぁって」



格好悪い自分をチャラにしたいのも本当。
だけど、貰いっ放しが嫌なのも本当の話し。



暫くテーブルの上に置かれていたポーションを見つめていたクラウドが、漸くそれを手に取った。

これで用事はお終い。
ホッとしている自分に少々笑ってしまいたくなる。


「有難うな、マジで助かったッス。
じゃあー・・・・それ返しに来ただけだし、そろそろ戻るかな」


これ以上此処に居る意味もない。
やっとこの空間から出れると思ったら、体も気持ちも軽くなる。


「珈琲、ごちそーさん」


正直、話題作りに必死で味なんて覚えちゃいないけど。
椅子から立ち上がると、開きっ放しだったポーチを閉め部屋の扉へと向かった。

窮屈な空間というのは、やはり自分には性に合わない。
その証拠に出口に向かう足取りは行きに比べてなんて軽やかなんだろうか。
鼻唄でも歌ってしまいそうだ。




「ティーダ」



そう長くない廊下を抜け扉に手をつこうとした時、背中に投げつけられた声。


「何スか?」


最後、これで最後と言い聞かせ振り向けば、先程渡したポーションの内一本だけを持ったままのクラウドがゆっくりと此方へ向かって歩いてきた。


「ポーション、美味かったか?」

「へ?」

「俺があげたポーション」


ふらりと俺の目の前で足を止めたクラウドがポーションの瓶を持ち上げ、ゆらゆらと軽く振る。


「えー・・・と、まぁ・・美味しかったんじゃないの?」


ポーションなんてどれも同じじゃないのか。
別に誰かのポーションが特別美味いとかそんな事は思った事も感じた事もない。
それに、敵と対峙している時に一々味なんか確認していられない。


こちとら、毎回毎回死にかけているのだから。



「そうか」

「うん・・・まぁ・・」


何だろうか、この距離感は。

一歩、また一歩。
クラウドが歩みを進める度に、自然と自分の足も後ろへ下がる。


「ティーダに」


不意に、クラウドが手に持っていた瓶の蓋を器用に口で開けると逆さまに向けた。


「あっ!ちょ・・・」


止める間もなく、重力に従って中身がとろりと落下した。


「後いくつ、ポーションあげたら良い?」

「何、言って・・」


ダラダラと落ちるポーションはクラウドの手の平に落ち、その手を汚していく。
ポーションまみれになった手でその感触を確かめる様に、クラウドがその手に軽く舌を這わせた。


手首まで滴るそれを赤い舌が舐め取る様に、ぞわりと背中が粟立つ。



「甘い」



ずりずりと後ずさるも、もう背中はぴったりと扉に張り付いており、これ以上は下がれない。
まるで見てはいけないものを見た気分だ。
頭の中でしこたま警鐘が聞こえる。



「クラウド、」

「後いくつあげたら、」



ベタリと嫌な音を立てて、クラウドの手が頬に当てられた。



「俺を好きになる?」



封をしていた時よりも、より強く感じる甘い香り。
ぬるりとした親指が頬を撫で、滑り、俺の唇の上を這って行く。
まるで、紅でもさす様に。


「ティーダ」


低い声が、甘い匂いに溶けて聞こえる。


「いくつ、欲しい?」


足元で何か割れる音がし、ハッと我に返った。
視界いっぱいに広がるクラウドの端正な顔。



一瞬にして、体中を熱が走り抜けた。


「っ、」


パァンと乾いた音を立てて、勢いよくクラウドの手を弾くと手探りで見付けた取っ手を掴み外へ向かって力の限り押した。
転がる様に外に飛び出せば、少し冷たい空気が皮膚の上を通って行く。

右頬の違和感だけを除いて。


「何すんだよ!!」


振り返り様にそう怒鳴りつけてみたが、声が裏返って迫力もクソもない。
開きっ放しの扉の先で、クラウドの足元に落ちているのは俺が渡したポーション。
あんなに苦労して集めたのに、なんともまぁ無残な姿になっている。


「・・・勿体無い事したな。
まぁティーダだから、仕方ないか」


なのにやらかした本人と言えばこれだ。
何が勿体無いだ、お前がやったんだぞ。
必死な思いで掻き集めた俺と犠牲になったイミテーションに謝れと罵ってやりたい。
やりたいのに、言葉にならない。


「いくつ欲しいか、ちゃんと考えておけ」

「煩い黙れ!」


じんわりなんてもんじゃない。
風は確かに冷たいのに、発熱でもした様に熱い。


「付き合ってらんねぇっつの!!」


べったりとポーションの付いた頬を乱暴に拭うと、それだけ吐き捨てて走り出した。





走っても走っても、拭っても拭っても甘い匂いもあの手の感触も消えやしない。



(何だよ!何だよ!)




『好きになる?』




ポーションと同じくらい甘ったるいあの声が、鬱陶しい。



「ああもう!!」


行くんじゃなかった。
格好悪いままでいれば良かった。



言い訳なんかしたもんだから、ほら見てみろ。



見ちゃいけない箱の中を、覗いてしまったじゃないか。









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ポーションプレイ。
楽しいのは私だけです。
しかし痒い話しですね。
そしてモーグリがオトモアイルーみたいになってもうた。







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